朝のさみしさには、理由がない
今日は朝から、少しさみしい。
特に何かあったわけではない。
誰かに何か言われたわけでもないし、
困っていることがあるわけでもない。
ただ、なんとなく、胸の奥が静かに空いている感じ。
昨日まで楽しみにしていた舞台も終わった。
無事に行けたこと、ちゃんと楽しめたこと、
ほっとしている気持ちはある。
でも、もしかしたら、
その「ほっとしたあと」に、
少しだけ気持ちが落ち着きすぎたのかもしれない。
心理学では、
大きな楽しみや緊張が終わったあとに感じる空虚感を
**「ポストイベント・ブルー」**のような状態として説明することがあります。
人の心は、
楽しみや期待に向かっているとき、
少し高めのエネルギーで動いています。
それが終わると、
元の位置に戻ろうとして、
静かに、少しだけ下がる。
それは、異常ではなく、
心の自然な調整です。
そして私は、双極症でもある。
精神医学的に見ると、
双極症では、気分の波が
「理由よりも体のリズム」に影響されることが多いと言われています。
出来事が原因で気分が動くというより、
先に気分の波があって、
あとから心がそれに意味をつける。
だから、
「どうしてさみしいんだろう」
「何か悪いことあったかな」
と原因を探しても、
見つからないことがある。
理由がないのではなくて、
気分そのものが、今日の天気のように動いているだけ。
心理学では、こういうとき、
感情を分析するより、
そのままラベリングすることが大切だと言われています。
「さみしいな」
それだけ。
評価もしない。
解決もしない。
元気になろうともしない。
ただ、
今日は少し、さみしい日。
感情は、波です。
波は、止めようとすると苦しくて、
通り過ぎるのを待つと、静かに引いていく。
双極症と付き合うということは、
この波に、
いちいち理由をつけないことなのかもしれません。
朝のさみしさは、
悪いサインではない。
大きな楽しみのあと、
心が静かな場所に戻ってきただけ。
今日は、
少しだけ静かな日。
それでいい。
