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携帯の中に、生きようとした人がいた

今朝、夫の携帯を開いた。

亡くなってから、初めてだった。

携帯料金のことでショップへ行き、 このまま持っていれば、まだ機種代を払わなければならないことを知った。

返却すれば、その支払いはなくなるという。

だから私は、返す前に、 中に残っている写真を自分の携帯へ移しておこうと思った。

ただ、それだけのつもりだった。

夫の携帯を開くのは、少し怖かった。

亡くなってからずっと、 私はあの人の最後の時間を、 私が見ていたものだけで考えていたのかもしれない。

苦しかったこと。 痛かったこと。 できることが少しずつなくなっていったこと。

かわいそうだった、と何度も思った。

けれど、携帯の中に残されていたものを見て、 私は初めて知った。

この人は、最後まで生きようとしていたんだ。

もう無理だと、 どこかで諦めていた人ではなかった。

ぎりぎりまで、 本当にぎりぎりまで、 希望を捨てていなかった。

私はそれを知らなかった。

いちばん近くにいたはずなのに。

胸がいっぱいになった。

悲しい、とは少し違った。

そこにいた夫から、 思いがけず勇気をもらったような気がした。

そして、もう一つ。

私は愛されていたのだと思った。

亡くなってから、もう何か月もたつのに、 携帯の小さな画面の向こうから、 そんなことを教えられるなんて思わなかった。

人がいなくなっても、 その人を知ることは終わらないのかもしれない。

一緒に暮らしていたときには 見えなかったことが、 いなくなってから見えることもある。

夫は最後まで、 生きるほうを向いていた。

そのことを今日、私は知った。

携帯を開かなければ、 ずっと知らないままだった。

返してしまう予定だった一台の携帯。

その中に残っていたのは、 写真やデータだけではなかった。

あの人が最後まで捨てなかった希望と、 生きようとした勇気と、

そして、 私への愛だった。

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