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残っていたもの

昔、彼の家に貼ってあるマスキングテープの文字が気になったことがある。

棚やケースに、
中に何が入っているのかを書いた小さな文字。

これ、誰が書いたんだろう。

もし前の奥さんが書いたものだったら、
ちょっと悲しいな。

そんなことを思っていた。

今思えば、
ほんの小さなこと。

でも、あの頃の私には
小さなことではなかった。

彼には、私と出会う前の人生がある。

結婚していた時間があって、
家族と暮らした時間があって、
その生活の痕跡が残っている。

当たり前のことなのに、
私はそこに自分の知らない誰かを感じると、
少し寂しくなった。

そんなことを、
昔noteにも書いたことがある。

そして今日。

彼から薬箱の写真が送られてきた。

何気なく見ていたら、

「あ」

と思った。

ケースに貼られているマステ。

私の字だった。

まだ、そのままだった。

結婚して、
一緒に暮らして、
離婚して。

くっついたり、
離れたりしながら時間が過ぎて、

それでも、
あの頃に私が貼ったものが
まだ彼の生活の中にあった。

「懐かしいー!そのままだ」

そう送ると、

「だいたい間に合っとる」

と返ってきた。

「マステがそのままでうれしい」

と言ったら、

「ありがたい」
「わかりやすい」

と。

なんだ。

思い出だから大切に残していた、
なんていう話ではないらしい。

便利だから、そのまま。

いかにも彼らしい。

でも、それが私は嬉しかった。

そして、ふと思った。

そういえば彼も、
私の家に来たとき、
嬉しそうにしていた。

彼が作った家具が、
今もそのまま置いてある。

彼と一緒に考えたレイアウトも、
大きく変わらず、そのまま。

私は特別な意味を持たせて
残していたつもりはなかった。

使いやすかったし、
気に入っていたから、
そのまま暮らしていただけ。

でも彼にとっては、
それが嬉しかったらしい。

なんだ。

同じだったんだ。

彼の家には、
私が書いた文字が残っていて。

私の家には、
彼が作った家具が残っている。

離婚したのだから、
全部消してしまうことだってできた。

新しい暮らしに合わせて、
全部変えてしまうことだってできた。

でも二人とも、
そうしなかった。

未練があったからなのか、
ただ便利だったからなのか、
気に入っていたからなのか。

たぶん、そんなに単純に
理由をひとつにはできない。

ただ、
一緒に過ごした時間の中で
相手が自分の暮らしに持ち込んだものが、

いつの間にか、
「相手のもの」ではなく、
自分の暮らしの一部になっていたのだと思う。

だから、
なくす必要がなかった。

昔の私は、
彼の家に残っている
「誰かの痕跡」が悲しかった。

今の私は、
彼の家に残っていた
「自分の痕跡」が嬉しい。

そして彼もまた、
私の家に残っている
自分の痕跡を見て、
嬉しかったらしい。

それを知って、
なんだか可笑しくなった。

私たちは一度、
夫婦ではなくなった。

でも、
二人で暮らした時間まで
なくなったわけではなかった。

彼の暮らしの中に私が少し残り、

私の暮らしの中にも、
彼が少し残っていた。

それぞれ別々に暮らしながら、
知らないところで、
お互いの日常を少しずつ支えていた。

それくらいが、
ちょうどよかったのかもしれない。

そして今、
もう一度お互いの家を行き来するようになって、

「あ、まだある」

と気づく。

昔なら、
誰のものなのかが気になった痕跡。

今はもう、
誰のものでもいいような気がする。

一緒に過ごした時間が、
暮らしの一部になっただけだから。

消さなくてよかった。

変えなくてよかった。

残そうと思って残したわけでもないものが、
六年経って、
こんなふうに答えをくれることもある。

彼の家には、私の文字。
私の家には、彼の家具。

離れていた時間にも、
私たちの暮らしは、
ほんの少しだけつながっていた。

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