安心の正体
安心する人って、優しい人だと思っていた。
でも今日、ふと気づいた。
私が安心する人は、
感情の波が小さい人なのかもしれない。
彼は、声のトーンがほとんど変わらない。
嬉しいときも、驚いたときも、
ちょっと困ったときも、だいたい同じ。
この前、一緒にいるときにムカデが出た。
普通なら、
「うわ!ムカデ!」
くらい言いそうなものなのに、
寝ている私を起こす声は、
「……凪ちゃん。ちょっとムカデが出たかもしんない…」
いつもとほぼ同じだった。
今思い出しても笑ってしまう。
私は昔から、人のちょっとした変化をよく拾う。
声のトーン。
表情。
返事の間。
いつもと違う空気。
だからたぶん、
感情の振れ幅が大きい人と一緒にいると、
知らないうちに相手の機嫌を読んでしまう。
彼には、それがあまりない。
もちろん、余計なことは言う。
むしろ結構言う。
何度それで腹を立てたり、
不安になったりしたかわからない。
でも最近、ようやく分かってきた。
この人の「余計な一言」と、
私への気持ちは、
どうやら別のものらしい。
この前も、ちょっと不安になることがあった。
以前の私なら、
その一言からいろんなことを想像して、
一人で答えを出していたと思う。
でも今回は、聞いた。
そして話した。
そうしたら、ちゃんと腑に落ちた。
そのとき初めて、
「ああ、私はこの人を信じてもいいのかもしれない」
と思った。
出会って6年。
ずいぶん時間がかかった。
結婚して、
離婚して、
くっついたり離れたりして。
それでも彼は、
私を嫌いになったことがないと言う。
私はずっと、
「一人で生きられるもん」
と言っていた。
彼は、それを聞くたびに、
「本当にそう思ってる人は、そんなこと言わない」
と思っていたらしい。
いつか私が本当に自分を必要とする日が来たら、そのときは助けられるんじゃないかと思っていた、と。
なんだ。
ずっと見抜かれていたのか。
最近は、
彼がどこかへ出かけると言っても、
「あー、行っといで」
と言える気がする。
好きじゃなくなったからじゃない。
たぶん逆だ。
どこへ行っても、
この人との関係までなくなるわけじゃない。
ようやく、そう思えるようになった。
安心するって、
何も起こらないことじゃないのかもしれない。
何かあっても話せること。
離れても、また戻ってこられると思えること。
そして、
「この人はたぶん変わらないな」
と笑えること。
6年かかって、
私はようやくこの人の声を、
ちゃんと聞けるようになったのかもしれない。
相変わらず、
その声のトーンはほとんど変わらない。
