ピアノ
父を許したかったわけではない。
ただ、父があの時見ていたものを
知りたかったのだと思う。
あの人のピアノは、ただ美しかった。
『ピアノ』
昼休み廊下を歩いているとまたあのピアノの音が小さく聞えてきた。
音楽室は階段を上がり左に折れた突き当たりにある。
まだ場所は覚えていた。
ここは私の母校であり、この春から私の職場となった。
弾いているのは誰なのか?
不思議な予感がする。
引き寄せられるように階段を上がり音楽室の前まで来た。
この曲…。
そっと扉を開けた
女の人だ…。
気配を感じたのかピアノの音色が止まった。
「誰?」
「ああ、吉川先生。」
校長先生…。
「どうしました?」
「なにかご用?」
「いえ、ピアノの音がしていたので…」
「ああ、そうなの…ふふ」
「まあ、座ったら?」
椅子を勧められ浅く腰かけた。
「何て言う曲なんですか?」
「ああ、ノクターン第2番」
「あなた、本校の教師だった吉川先生の息子さんだよね…?」
「えっ!…はい」
「父のこと覚えてるんですか?」
「うん…、あなた面影あるわね」
「もう一度さっきの曲聴かせてもらえませんか?」
「ええ、構わないけど」
音楽室にまたあの曲が響いた。
私はあることを思い出していた。
「じゃあ、そろそろ私戻るわね。」
二人で音楽室を出た。
廊下を歩いていく校長の後ろ姿を見て、さっきの予感が形を持った。
何であの曲が気になったのか。
私が小学生の頃、
音楽室で父と音楽教師が二人きりでいるのを見たことがある。
父はその人が弾くピアノに寄り添い黙って聴いていた。
あの時は、母への裏切りだと思いながら、そっとその場を後にした。
そう思ったとき、校長が私の方を振り返った。
静かに目が合った。
あの時、父が見ていたものが分かった気がした。
あのピアノの音色は、ただ美しかった。
授業開始前のチャイムが廊下に響いていた。
あとがき
このお話の主人公の父親は既に亡くなっています。
元音楽教師のこの校長は、主人公の姿に亡くなった父親の姿を重ねています。
廊下で校長が振り返った時に見ていたものは、主人公の父だったのかも知れませんね。
■動画音声
VOICEVOX Nemo :透川ナナ
■作者
なごみ堂
