友人のカミングアウト──〝私は受け入れる、でもみんなは?〟
日本では、性的マイノリティの当事者がカミングアウトをためらう傾向があるといわれています。
その背景には、慣習や文化的な要因だけでなく、ある「心理」が関わっているかもしれない──心理学の視点でこの問題を捉える孟 憲巍さん(情報学研究科 准教授)に、最近の研究で見えてきたことを聞きました。

孟 憲巍さん(情報学研究科 准教授)
取材は孟さんの研究室で。クラシック音楽が流れるすっきりと整った空間づくりは、仕事への集中しやすさを意識した心理学者視点のこだわり。乳幼児の社会性発達研究で、2026年の名古屋大学石田賞を受賞。
── 乳幼児の研究をされてきた孟さんが、性的マイノリティの方々のカミングアウトの研究とは、どういった経緯で?
実はこの研究は、大学院生の水野 佑佳さん(情報学研究科 博士前期課程)と取り組んできたテーマなんです。水野さんは、性的マイノリティの方々と交流があって、彼らの心理に関心を持っていました。卒業研究を計画するなかで、私たちは「多元的無知」という心理現象に注目しました。
── 「多元的無知」とは?
「裸の王様」で知られるような、思い込みの心理です。王様は服を着ていないのに、「服が見えていないのは自分だけだ」と思い込んで誰も声に出せない、そういう現象です。例えば私も、授業で学生たちに「質問ありますか?」と聞いても、誰も手を挙げないことがよくあります。わからないことがあっても、「わかっていないのは自分だけだ」と思い込んで手を挙げないんですね。これも同じ構造です。

── 裸の王様も、授業中の質問も、そんなふうに読み解けるのですね…!
もちろん、これらの事例には同調圧力など他の心理も関わっています。でも、多くの人が同じ考えや疑問を抱いているにもかかわらず、「そう思っているのは自分だけだ」と思い込み、他の人は違う考えを持っていると誤解してしまう点に、多元的無知の特徴があります。
── 「空気を読む」といわれる日本人は、この傾向が強そうです。今回の性的マイノリティの研究では、どんな「思い込み」に着目しましたか?
性的マイノリティではない方々の思い込みです。「自分は性的マイノリティを受け入れる、でもみんなは受け入れないだろう」という思い込みはないかに着目しました。
── 当事者の方々の思い込みには着目せずに…?
そうなんです。それがこの研究の特徴です。カミングアウトするかどうかは、周囲の反応に大きく影響されます。そして社会全体で見ると、非当事者のほうが圧倒的に多いですよね。その人たちの心理が重要だと考えました。

── そもそも、カミングアウトは必ずしなければいけないものですか?
「する必要がない」と思う方も、もちろんいます。でも、「したいのにできない」のは問題です。精神健康の悪化につながることもわかっています。そこで、カミングアウトしたいのにできない方々にとっての「障壁」を知る必要があると思ったんです。
── どのように調べましたか?
からだの性とこころの性が一致するシスジェンダーかつ異性愛者、いわゆる「ストレート」の日本人の方々に、オンラインでアンケートに答えてもらいました。

アンケートでは、「私は性的マイノリティをどの程度受け入れているか」と「日本社会はどの程度受け入れていると思うか」をそれぞれ尋ねました。

── 結果はどうでしたか?
予想通り、多くの方が「自分は受け入れているが、日本社会はそうではない」と考えていました。しかも、この認識を持つ人ほど、カミングアウトを相談されたときに、支援する意欲が低い傾向もありました。

自分は受け入れるが社会は受け入れないと考える人(自他不一致群)は、自分も社会も受け入れると考える人(自他ポジティブ群)より、カミングアウトを後押ししにくい傾向が見られました。
── その結果は、カミングアウト支援とどうつながりますか?
カミングアウトを考えている人は、まず身近な人に相談することが多いと思います。そのとき相談された側が、「自分は受け入れたいけれど、社会はまだ難しいかもしれない」と考えて、「今は待った方がいいのでは」と慎重な助言をしてしまうかもしれません。
── 本人を守ろうとして、ですね。
はい。でももしその「社会はまだ難しいかも」という前提が間違っていたらどうでしょう?今回の調査では、多くの人が「自分は受け入れる」と答えていました。でも「社会は受け入れないだろう」という思い込みが、支援のブレーキになっている可能性があるんです。カミングアウトに限らず、同性婚や同性どうしの恋愛でも、同じことが起きているかもしれません。
── 認知科学の切り口が、社会課題の解決の糸口になるかもしれないのですね。研究の今後は?
この多元的無知が、どのような場面で生じるのか、当事者からはどう見えているのかも含めて調べていきたいと思っています。そして、「周りはどう思っているのか」を気にする心が、子どもの発達の中でいつ現れるのかも調べていきたいです。
── ご専門の発達心理学につながりますね。
親になってから、みんなに幸せになってほしいという気持ちがより強くなりました。人生は長いようで短いですし、次の世代の子どもたちも一生懸命頑張っています。平和で幸せがいいですよ。認知科学が明らかにしてきた、人が無意識に抱いてしまう思い込みや認知のクセに向き合いながら、社会をより良くできたらと思います。
── データで思い込みを可視化することが、こんなふうに社会課題に切り込めるんだと気づかされました。お話をありがとうございました。
本文中のイラスト・スライド資料:水野佑佳さん提供
取材・文:丸山恵(名古屋大学URA)
◯関連リンク
名古屋大学研究成果発信サイト(2026/3/31)性的マイノリティに「みんなは否定的」は思い込み?―実は多い「肯定派」。可視化でカミングアウトしやすい社会に―
論文:Psychology of Sexual Orientation and Gender Diversity(アメリカ心理学会 (APA) 刊行の国際査読誌)に掲載
社会認知科学研究室(名古屋大学大学院 情報学研究科)
