見出し画像

北陸一の宮旅その7 若狭国 若狭彦神社 イイ・ヤシロ・チvol.128

若狭の国は、春を告げる奈良のお水取りの水(阿加井の水)が出発する地である。以前の参拝では、その儀式が行われる神宮寺鵜の瀬にも訪れた。鵜の瀬は、若狭彦と若狭姫の神々が降臨した地である。

さらに、その時のガイドさんが「大仏建立のための鋳造精錬で水が汚染された奈良の為に、浄化を願った儀式がお水取りのはじまり。面白いことに、地下水脈は本当に若狭と奈良はつながっているとする学術的な調査結果もあるんですよ」と教えてくださった。

それを知った時に「そんなことが知れるとは、密教僧は、超能力者?」とひどく驚き、印象に強く残っている。さらに、遠い水源の清水をもたらすことで、浄化を実現化するマジカルな行事がずうっと続いていることもすごいことだと思う。

つまり、いうなれば、若狭彦若狭姫の両神は、清らかな浄化の水神さまなのだ。

もうすぐ正午となる時分に、ツアーバスは若狭彦神社の社前に到着した。わたくしの前回の参拝は冬の午後だったので、少し暗いイメージの記憶だけれど、秋晴れの今回は打って変わって、とても明るい。

温かな社前の社標

秋祭りが近いのか、立てられた幟が元気よくはためいている。

秋空が天晴な青である

「お久しぶりですね」と話しかけるように言いながら、二人は境内に向かって歩く。

「車椅子で行く神社仏閣・パワースポットの旅」さんから拝借

鳥居の先は、大樹が繁茂する参道が奥へと伸びている。

歓迎の徴?の光

本来の門はこの二本ですよ、と言いたげな巨樹の間を通り抜けてから振り返った。鳥居のそばに、わたくしたちを運んでくれたバスを確認。

この二本は いつから此処に立っていたのだろう?

見上げると、南中に近い太陽がパワフルに輝いていた。

立派な木に「ご苦労様です」と話しかけて

手水舎で浄め、夫婦杉にも出会って、隋神門に到着。其処には、珍しいご神紋の描かれた提灯が吊り下げられていた。

「宝珠に波」の神紋

このご神紋に連なるお話が、真に興味深いものだった。若狭彦こと山幸彦(ヒコホホデミノミコト)は兄の海幸彦の大事な釣り針を無くしたために、それを探しに海神の宮に辿り着く。そうして宮の豊玉姫(つまり若狭姫)と結ばれた。その時に海神から授けられたのが、海の満ち引きを操れる宝物、シオミツタマ(潮満玉)とシオヒルタマ(潮干玉)であり、ご神紋はそれに由来するようである。

隋神門をくぐった先に、拝殿址、そのさらに向こうに社殿が建っていた。

鰹木がたくさん!

天に向かって突き抜けるような元気なパワーが沸き上がっている拝殿前で、まずは御神気をチャージして、右手前の手水に向かう。

湧き水の聖地という風情

イモリの住む池であり、伏水の幸の名を持つ天然の手水舎は厳かでありながら、自然が近しい癒しの空間だった。一人ずつ順番に浄めてから、拝殿に進んだ。

男性的な雰囲気を感じる神前に、畏まってご挨拶をした後は、本殿のご様子をうかがう。

きれいな御帳がおろされている。

斜め左横の手前から本殿をチラ見したのち、右側後方に進む。其処に祀られている御子神のウガヤフキアエズの若宮社(あと数日の、10月10日が祭日となっていた)にご挨拶して、本殿を見上げられる場所に移動した。

男神の堂々とした雰囲気が感じられる本殿

ひとしきり社殿や斎庭の聖地感を堪能した後、ふと「お父さんと息子さんはいるけれど、此処には奥さんがいないのね?」と、わたくしは改めてそのことに気が付いた。調べてみると、興味深いことに「別居がデフォルト」であったことを ↓ の記事で知った。

なんと、つい数日前まで奥さんのいる若狭姫神社に同居されていた珍しいタイミングにわたくしたちは参拝し、修復されたばかりのきれいな本殿にお戻りになった神様にご挨拶が叶ったということである。

マイホームのリフォームが完了して奥さんのおうちから戻られたばかりの山幸彦さんは、どんなお心持ちであろうか?なんて妄想して笑ってしまった。

人の仔のわたくしとしては、御霊が戻られてきれいに修復された本殿にご挨拶出来て、とても嬉しい。そして、修復工事を終えて秋のお祭りがもうすぐ催行されること、大変にお目出度いかぎりである。そのご神事の様子がまことに素晴らしく、伝統の深さと大切さを感じ入る記事がコチラ ↓

このあと、再び別居となられた奥さまの若狭姫神社に向かい、一の宮ツアーは完了となる。誇り高い海神の姫神である豊玉姫が祀られる若狭姫神社。かつての参拝旅の記憶も引っ張り出して、総仕上げの参拝に臨む。

その8につづく。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。神人和楽。


いいなと思ったら応援しよう!