人との関係は絶たれるもの? 努力しないと保てないの?
あたたかいクライアントさんと出会うを実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るし、もっと楽しいを私にさせちゃう。
楽しくすぐに幸せになっていいよって私が私をぎゅってする。
父親と私について考えていて、思い当たったので言葉にしておく。
人との関係ってどんな風に結ばれていくと思いますか?
自然と?必要な時に?自分から作る?
私は「人との関係は絶たれるもの。」
そう思って生きてきた。
だから、関係を保つための努力が必要。
関係が絶たれることをとても恐れていていた。
簡単に切れてしまうって思っていた。
今客観的に見ると、歪んでいるように思う。
人とのご縁がつながること、それが今の私にとってはありがたいしそれが起きているとは思うけれど、それと同時に絶たれるも厳然と存在していた。
努力しないと保てない関係は健康的じゃない。
依存に向かっていると教えてもらったこともある。
そうじゃないよ、そもそも関係は絶たれるものではなくて、自然とタイミングがめぐってきたらまた濃くなる。
ただ、つながりたいと思う意識は必要だよって教えてもらったりもした。
関係は濃淡があるだけで、切れたりしないんだ。
一応、それについては考えた。
人と自分からあたたかい関係を作りたいって思っているから。
今回、私は自分が出した手紙に父親から返事が返ってきて、1ヶ月以上それについて考えることをしない選択をとった。
コーチングの力、コーチの力を借りて手紙を書けるよねってなったので、それに対して返事を書いた。
相手の反応によって関係が絶たれることはない。私が灯を灯し続けたいって思っている限り、「ある」。
過去の私にとっては保つために努力するは、人との関係を大事にする形だった。
今からはもっと力を抜いてもいい。
返事が来なかったら、「また」関係は絶たれるのか
返事が欲しいとはあまり思っていない。
けれど、返事が来なかったら、
「関係が絶たれるのでは?」という思いにまたぶち当たった。
完全に関係が絶たれることは望んでいない。
会うことも電話をすることも怖過ぎて出来ない。
私は私のためにそれは選ばない。
だけど、関係を絶ちたい訳ではない。
揺れているけれど、それが私にとってはどちらも本当のこと。
絶たれるのか?
返事が来ないことは、関係がまた絶たれることなのか?
「また」という感じだった。
一度絶たれていると思った。
私と父親の関係は望んでいなかったのに、急に絶たれた。
絶つと決めてそうしたのではなくて、「絶たれた」と感じていた。
親子関係にすべての原因を求めるのは違うと思う。
けれど一因ではあると思うから整理する。
両親が離婚した当時、私は大学生だった。
自分で判断のできる大人だったと思っている。だから、離婚そのものによって傷つきはしたけれど、そんなに大したことではないんだって思っている。
多分、思いたかっただけで、本当は思っているより深いんだと思う。
離婚した方が良いということは分かっていたけれど、私は離婚して欲しくなかった。
だから、母親に頼んだのだけどそれは叶わなかった。
どんな父親でもいいからいて欲しくて、私にとっては父親なのだ、ということを母親には言った。
離婚した時に、私はちゃんと父親と言葉をかわしていなくて、別れをちゃんと伝えたり、伝えてもらったりしなかった。
しかもその時点で蓋をしてしまっていたから、完全にないものとして扱われた。
母親との生活において、父親についてふれることは一切なかった。
人との関係は、私が努力したとしても急に絶たれてしまうことがある。
ここで私はそれを学んだのではないか。
努力しても急に失うことがあるなら、もう努力しないという選択はないし、努力しなければ簡単に失われる。
少なくとも1つの要因ではありそうだ、と思う。
今日に至るまで一度も父親とは会っていない。
それは父親のせいではなくて、私だってもうないものとして扱って関係をつなぎ直そうとはしてこなかった。
返事が来ないことは、灯が消えることなのではないか。
けど、消えないらしい。
父親から返事がきてもこなくても、私が私のために「手紙であれば読めます」と伝えている時点で、反応は関係ない。
私が私のために灯した灯は、灯し続けられる。
関係は1人じゃなくて相手がいてこそ成立する。
ただ、何かが返ってこなくてもそこに灯しておくこと、あるよって残しておくこともできる。
そう教えてもらった。
直感的に、この相手の反応に左右されずに私のためにちゃんと関係を築くことの出来る灯を灯しておくことは可能、私にとって大事だと思うから残す。
相手の行動によって、関係がある、続いているが決められるのではなく、
私があるんだって思っている限り、灯は消えない。
そう簡単にはこの「絶たれるかもしれない恐い」って気持ちは小さくならないとも思うからここに置いておく。
恐れてもいい。
つながりを持ちたいっていう願いは、持ってはいけないではなくて、持ってもいい。これを持ってもいいも最近分かるになった感がある。
それすらも、望んではいけない、言ってはいけないって思っていたから。
けど、大事にされたかったり、人とつながりたいは持っていいんだ。
過去と今を切り分けて未来を明るくする
過去と今を切り分ける。
過去の私は、人との関係は絶たれてしまうものだから、努力することが必要だと思っていたし、それをとても恐れていた。
けれど、今の私はどうか。
確かに灯は消えるのでは?相手の反応次第では、消えてしまうって思った。
けれど、それは左右されない。反応があってもなくても私がここに灯を灯しておくことは出来る。ちゃんと伝えたから。
そして、私は選択できている。
どんな関係を作りたいのかを考えた。
ただただ努力しなくては、保つにはどうすればいいのか?そう思って自分を犠牲にして相手の要求にこたえようとはしていない。
もっと力を抜ていもいいんだって気づけた。
人との関係は私が力いっぱい守らなくても続いていい。
まとめ
関係が絶たれるのでは?拒否されるのでは?は持ってもいい。
それは、大事だって思っているから感じることは自然なこと。
けど、それはまだ起きていない。
仮に起きたとしても相性が悪かっただけで、万人に好かれる人はいない。
急に関係が絶たれる、これも起きるかもしれない可能性はあるけれど、私が灯を灯しておくことは出来るから、そんなに心配しなくていい。
父親との関係だけが、すべてではなくて私には他にも関わってくれる人がいる。
父親との関係、それが大事なものではあるのはそうだけど、あまりにもそこに強いエネルギーをかけることはしなくていい。
俯瞰して見られるようになったこと、私が望むような関係も受け容れられるも起きないんだなって分かったから。
諦観に近いけれど、それを手放したから明るく私は私を大事にして生きていく。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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