見出し画像

「お返事ありがとうございます」

日常的に使っている言葉だけど、ちょっと影を感じた。

春の日差しでありたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、ころん、と生きる。
きらきらしたら、ぷかぷかに戻るリズムの中で、私のままで、もうすべてそろってる。

最近、誰かからの返信が返ってきて嬉しかったことはある?

LINEにかわいいスタンプが返ってきた。
noteに「スキ」を押してもらった。
直接、「ありがとう、助かりました」って声をかけてもらった。

私は、「好きだよ」ってまっすぐに返してもらったのが印象に残っている。人間的にあなたが好きと伝えて、それに相手から私も好いてもらっている、応えてもらえるなんて、幸せだ。

私の気持ちが届くこと、それに応答してもらえること。それは当たり前ではなくて、特別なこと。
また、人とのつながりをあたたかいものにしたいと思っている。
私が愛されていいって分からない世界にいたから、応えてもらえて受け容れてもらっていると分かることは、私にとって特別。


みんながお返事くれた

私は、日常的に「お返事ありがとうございます。」と書いていることが多い。

今回、メンションして、みんなに近況を尋ねることをしました。
大好きな仲間と呼べる人たちに、「どんな感じー?」ってきいてみた。

メンションしているけど、答えるも答えないも自由だし、それぞれの今があるから、ただ健やかに過ごせていたらいいなって思います、と添えた。

すると、みんながそれぞれの場所から、それぞれの言葉でお返事をくれた。

嬉しかった。

特に用があった訳ではなくて、そういえばみんなどうしてるかな?の感じだったから。

お返事ありがとうって思ったし、幸せで感謝だ、と思った。

それと同時に、みんなから返ってきたことは本当に嬉しかったけれど、私は1対1のやりとりでも、日常的に「お返事ありがとうございます」という言葉を使っている。

他の人はあんまり使わないかも?と思ったので少し掘り下げてみた。

 小さな違和感

私はわりと日常的に使っている。

けれど、他の人から返事をしたことそのものに感謝されたことはあまりない気がした。

私に固有のふるまい、というか言葉のような気がした。

「お返事ありがとうございます」

明るい面を見ると

礼儀としての、ふるまい。
返事の内容ではなくて、まず返してもらったこと、そこに時間を割いてもらったことへの感謝を示すこと。

私は、相手と双方向であたたかい関係を築きたい、そういう意志があって、自分から作ろうとしている。だから、その現れとしての「ありがとう」。
人とのつながりを大事にしたいんだ、という私がそうさせている。

安心するためのおまじない。
相手のためというよりも、自分が安心してやりとりしたい。
だから、はじめに「ありがとう」をそっと置くことで安心をそこにまとわせている。

誠実にいたいという私、相手への敬意を示す「ありがとう」。

私は価値観の1つに正直さ、相手への誠実さというのを持っている。
だから、人と接する時に丁寧に接したい、ということが言葉になる時、「お返事ありがとうございます」となるのだと思った。

その奥にある影っぽい面

返事が返ってくることは当たり前じゃない、という感覚を私は持っている。

返事をするかしないかは、相手の自由。
私は、双方向のあたたかい関係を築きたい。
けれど、必ずしもそうだと思っている人ばかりじゃないし、返事がないこともあるよね、って見ている。

だからこそ、返事が返ってくることは尊いことでありがたいことだ、と感じている。

「そのままの私は拒否される」の世界の名残

だいぶ離れてきていると思うけど、やっぱり振り子が振れるはあるって思った。

受け容れてもらえない私に、返事を返してもらえるのは、相手に受け容れてもらっている、ということのサインとみなしているのだと思う。

何かが出来る私、優等生の私なら輪に入れてもらえるけれど、そのままの私は受け容れてもらえないの世界。

その世界に生きていた私からすると、返事をしてもらえるなんてことは奇跡だから。

今は、そのままの私で愛されているが分かるようになった。
ただ息をして生きているだけで私には価値がある。

相手に受け容れてもらうという受け身じゃなくて自分から作ること。
そして、たとえ拒否されても、万人に好かれる人はいないから、気にしなくていい。

私には価値がない、届かないかもしれない

そのままの私は拒否される、つまりは、何も出来ない私には価値がない。
そこにつながっています。

だから、何かが出来る私に必死になろうとしていて、肩書き依存で、仕事依存でした。

そして、私の言葉は届かないかもしれない。
そんな気持ちを抱えていたと思います。

これは、「透明な私」とも関連があると思っていて、自己主張しても意味がない、と学習していたから、意思表示するということを諦めていて、そもそも自分の意思が聞かれたり、伝えたりしていいが、薄かった。

だから、伝えた先に届くこと、それが尊重されたり、お返事をもらえることは私にとって非日常のカテゴリーで特別なこと、と認識されていそうだ。

看護師としての経験

返事が返ってこないことが日常的にありました。
聞こえてるよね?どういうこと?

呼びかけているのに、反応がない。
集中していて、聞こえていない可能性もあるけれど、返事がないのは困る。

無視されている、という感じとも違っていて、必要があって尋ねていることに対して、返事がない。主に医師。

チームで働いているから、単にコミュニケーションがとりにくいなぁではなく、その先に安全がかかっている

しかも、自分は返事をしないのに、こちらがすぐに返事できないと怒り出したりすることあったよね…。

だから、分からない場合は秒で返事するを身に付けた笑
「もう一度お願いします」と、聞き取れなかったり、分からなかったら秒で返す。

会話のキャッチボールが出来ること、返事があることは、とても重要でした。

返事がないから、そのままスルーして先に進めることは出来なくて、確認する必要のあることも多い。
ダブルチェック、復唱して確認するのは基本だ。

安全のためでもあるし、適切な指示をもらうためでもあるし、大事なことだった。

もちろん、返事がない時もあるだけで、ちゃんと返事をしてもらうこともあった。
それらが混在しているのが医療の場でした。

応答してもらえることは、当たり前ではない。

紙ヒコーキのような「好き」

お空に飛ばす紙ヒコーキのようなもの。
そう思って、私は自分の気持ち、特に好きだという気持ちを書いている。

届いたら嬉しいけど、どこに着地するかは分からない。

届くこと、そこにお返事が返ってくることは、もう奇跡の領域だと思っていて、ただお空に放つことそのもので自己完結していて、私への愛です。

けれど、直接渡さずにお空に放っていたのは、そのままの私は拒否されるの気持ちがあったことも影響していると思います。

直接渡すことが、重いと思われたらどうしよう、受けとってもらえなかったら傷つく。
だから、自己完結できる方法で私を守っていた。

 渡し方の再発見

ときどき、直接手渡すということもやっていて、最近は特にまっすぐに届けるということが出来るようになった。

私は、あなたが好きだ。
あなたのこんな所が素敵だと感じている、
とまっすぐに伝えた。

私にとっては踏み込む行為で、勇気がある種必要だったけど、やってみた。
無理やりではなくて、出来ると感じたから、そうしてみた。

やってみたら、やっぱり拒否されるは起きなくて、あたたかいなって思った。
「ねえねえ」って話しかけた先で、無視されるは起きなかった。

それどころか、好きだよって返してもらったことも、ありがとうが返ってきたこともあって、たくさんの愛をもらった。

直接手渡してみる。
前からちょっとずつはやり始めていて、まっすぐに伝えたらいいんだよ、自分を貫いていいんだよって言葉は私の支えだ。

それをときどきしていたのが、だいぶ日常的にできるに近づいてきたと思う。

直接渡すが出来るようになってきたなら、そちらにシフトしたらいいの?って考えたけど、そうではない、という気づきも大事でした。

選んでいい。

私が心地よいと思う距離で伝えるを選んでいい。
そして、相手が受けとりやすいか?もあわせて考えてみる。

常に直接渡すではなくて、これからも紙ヒコーキの距離も直接手渡すも両方やっていい。

今の私の感覚

純粋にあたたかい関係を築いていきたいと思う光の私。

残像のように残る恐れ。

それでも「そのままで愛されている」と分かる今。

私のために時間を割いたり、私の言葉が届いて返してくれるなんて、申し訳ないかもって思う気持ち。
振り子が振れている。

だから、そのままの私で相手に応えてもらえるんだよってことをもっと信じる。そうしなければいけない、みたいにも思っていた。

けれど、どの私もいていい。

残像みたいに感じる、相手にちゃんと私の気持ちが受けとめてもらえるか恐いと思うことも、けど愛されているが分かっている私も、人とまっすぐに向き合いたい私も。

無理に影と思えるような部分を振り払うことはしなくていい。

現在地は、こんな感じなんですね。
それが分かっているだけで自然と大丈夫と思える日はくる。

 おわりに

「ありがとう」は、私のやさしさのかたち。
相手への敬意。
私の人との関わり方の道しるべ。

そして、当たり前に返事があるのではない、返事があることの重みを知っているからこその私なりの扱い方。

人に応えてもらえることが、私にとっては尊いことだというのは変わりない。
だから、そう感じるなら「お返事ありがとうございます。」と素直に伝えたら良い。

今日もここまで読んでくださり、ありがとうございます。

この場所に、その日の気づきを静かに置いています。

また、書きにきます。

もし、この文章を読んで人との関わり方について、少し話してみたいな、と感じたらはじめての対話のご案内を、こちらにそっと置いています。

軽くおしゃべりするような時間で大丈夫です。

よかったらこちらのnoteもどうぞ

▽昨年末に飛ばした紙ヒコーキ

▽紙ヒコーキは届いて、お返事が届くこともある



いいなと思ったら応援しよう!

なほ|照らし、照らされるライフコーチ あなたと私の間に愛が循環していきますように。いただいたチップは、私が健やかに生きられるようにチョコ次郎を買うために使わせて頂きます。

この記事が参加している募集