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何が世界を怖いものだと思わせてるの?傷つけているのは何? セルフコーチング

私の世界の見え方について

①ありのままの私は受け容れてもらえない
②外の世界は怖いもので私を傷つけてくる

が表裏一体で存在しています。

ただ、「本当は世界は怖い所じゃないよね?」と思うこともあります。
実際に拒否されるという場面はそうそう起きないので、受け容れてもらえないの思い込みは違ったとなります。
たまに拒否されるけどね。

そういことが起こる度に、「違うかも?もっと優しい所かも」って考えます。頭が理解しようとしていることと、心が感じていることがつながらない。

①の受け容れてもらえないの向こうには、「ありのままの私には価値がない」につながっていて、それは幼少期の親との関係だという所まで見えました。

セルフコーチング:1人2役で話しながらやりました。初めて声に出しながらやったかも。自問自答です。1人でしゃべりながらパソコン打って記録しながらやりました。わりとシュールかもしれません。表情までは意識していなかったけど、声に出してるので、声のトーンは自分で客観的に拾えました。この問いどうかな?と考えながら次の問いが浮かぶこともあったし、考えてて先に思考が進んで、それを導き出す問いを立てたりしました。
書いてて、鏡見ながらセルフコーチングしたら表情も気づける?とちょっと思いました。

※セルフコーチングの方法を習ってやっているのではなく、コーチングを1人でやったものです。


本能:外の世界は危険

狩猟採集時代は、命の危険が今より高かったから外の世界は危険だというのが私たちの本能には備わっています。
現代においては、外の世界はずっと安全で、いつ命を落とす危険に合うかもと思いながら生活する必要はありません。しかし、脳はほとんど変わっていないので、外の世界は危険というのが残っています。

外の世界は怖いという決めつけ・思い込み

どんな人がいるのか分かっていない、知らない状態なのに、「怖い」って思っています。ということは、どんな人がいるのかきちんと理解してからどんな場所か判断しても遅くないのでは?と思います。
または、情報をしっかり手に入れる、取りに行きさえすればそれを打ち消せるのでは?と思います。←これは頭で考えた解決策なので一旦スルー。
怖いの先には、攻撃されるがありました。

会ってもいない、よく知らない人達を、私のことを攻撃してくるって決めつけているなと気づきました。

どうして攻撃してくるって思うの?

(外の世界が怖い、攻撃されるって以前のコーチングセッションで話した時は、「人が」とは思っていなくて、漠然と視覚的に何も見えないけど、邪悪な雰囲気を放ってくる外側の世界から攻撃されると感じていて、まったく実体を伴ったものとは感じていませんでした。)

「攻撃」って言っているけれど、私のイメージでは仲間外れ、輪の中に入れてもらえないっていうイメージで、具体的に何かを言われるとか身体的に傷つけられるという感じではありません。
攻撃=受け容れてもらえないにここでつながった。そうなんだね。

どうして皆の輪に入れてもらえないって思うの?
輪に入れてもらえる資格が私にない。その場にいる人たちは怖い人だから。

どんな私だったらその輪に入れてもらえる資格があるの?
皆の役に立つ、優れている私。
(期待される私、こうあるべき私…以前の私です サブパだとお静さん)

じゃあ、皆の役に立つ、優れている私になりたいの?

それは理想としてなれたら良いなとは感じるけれど、そこを目指したいとは思っていなくて、あくまで私のままで、ありのままの私でいること、そして、成長とかやりたいことをやる私の延長線上に人の役に立つがあると良いなと思う。
(自分のやりたいように、心の声に従って生きようとしています。他者ではなくて私を優先しようとしているのが私の現在地)

ありのままの私が輪に入れてもらえるにはどうしたら良い?それとも輪に入れてもらえなくても良い?
輪に入れてもらえないのはしんどくて、やっぱり私は皆と一緒に生きていきたいし、仲間が欲しいし、分かり合いたい。1人では生きていけないって思います。

じゃあ、どうしたいと思ってる?
ありのままの私を受け容れてくれそうな場所を探す。

探すの?探さないと見つからない?
今は、探さないと見つからないって思います。

テンション下がってるように見えるけどそれ、本当に探したい?
あんまり探したくないかも。見つかるかな?って思います。

じゃあ、何か他に浮かぶことはありますか?
自分で作る。仲間を作る。

すごく良いアイデアだと感じます。
どうやって作りますか?
私の興味がある所、好奇心があることなど何かしらの共通点のある人と自分から関わっていけたら、仲間が作れるって思います。

良いですね。具体的にどんな人に関わりたいな、と思い浮かぶ人はいますか?
はい、今入っているコミュニティで自分から積極的に素敵だなと思う人と関わっていきたいと思います。


必ずしも自分の興味のある人と関われるという場面だけでなく、仕事だとそうじゃない場面もありそうだなと思います。そういう時も、私と何か似ている所や共通項のある人はいないか?をまず探して、受け容れてもらうという受け身の姿勢ではなく主体的に輪に加わる努力をしたら良いんだと、書きながら思いました。

私の恐れの正体は、人との関係が絶たれること

一人ぼっち、孤独になることを怖れているの?

一人ぼっち、というか正確にはそこに人がいるのに関係が築けないということの方に恐怖を感じていると思います。最初から周りに人がいない一人ではなく、周りに人がいるのに孤立することが怖い。

そして、傷つけているのは何?
に対する返答は、人とのつながりを作れないこと。
相手にその原因を押しつけるのは簡単だけど、自責で考えると、人との関係を大事にしたい作りたいなら私が全力で働きかけて作ろうとしていないこと。となる。
そこが大事だって、双方向の関係を築いてお互いに信頼できるようになりたいなら、自分が一番そこに本気にならないと始まらない。そこに手を抜くことが、私を傷つける、傷つくになる。
全力で自分が大事にしたいことを実現するために行動しろよってことだと思う。
これ、視点を変えると、今までも大事な価値観のベースだと思っていた人との関係性について私は満たすために何かする努力をサボっていたと言えると思います。
誰かが与えてくれると思っていたのか、そういう安心できる関係を作れないのは相手のせいにしていたのか。相手のせいにしていたと思います。

めっちゃスッキリ。
「相手が何とかしてくれる、仲間に入れてくれるのを期待して待つ」んじゃなくて、自分から動く。
初対面苦手とか、話すの苦手、自分から関わるのが苦手っていうのを言い訳にしないで、欲しい世界を作るために私が私のために、ふわふわさん(サブパ:価値観でありコンパスであり私の核)を大事にして掴みに行く姿勢
それが出来たら、私は優しい世界につながれる。優しい世界はユートピアで同じ世界線には存在していないと思ってたけど、それを作れる。
もはや距離が遠すぎてたどり着けないと思っていたユートピアに行けるのではなく自分で作れる。すごい、革命起きてる。

分からないことが怖い

外側の世界と内側の世界が私の中では線引きがあって、その境界は、自分が知っているか知らないかということにあると思います。
だとしたら、やっぱり「分からない」ということが怖いにつながっているのかなと思います。

どうして分からないことを怖れるの?
だって分からないって怖くないですか?私は怖いって思います。

分からないことの方が生きていく上では多いように思うのですが、どう感じますか?
確かに圧倒的に分からないことの方が多いと思います、そう言われたら、分からないことは怖いのではなく、これから知ることのできるわくわくしたり楽しいことも含まれていると思います。分からないこと=怖いにはならないと思います。

分からないの中にはいろんなこれから感じる感情があるんだなと聞こえました。
そうだと思います。いろんな可能性があるのに、怖いでまとめてしまっていた、それ以外の部分が見えていなかったと思います。

ここまで話してみてどうですか?
分からないを雑に扱って、「分からないんだから」でもうそこで思考停止していたなと思います。分からないの先には、じゃあ調べるとか人に聞くとか知ろうとする過程、実際に知るということがあるので、そこが見えると実際に何か分かることもあるし、怖いものではないと分かりました。

人に対する捉え方

分からないから怖いってなっていたけれど、今は分からないことは怖いことではない、知ろうとすること、実際に知ることでそこから感じることはいろんなものがある。
だから、「知らない人は怖い」は違うよって、改めて私に言っておきたいです。
知らないのだから、そもそも何も判断材料がない。
それなのに怖いって思うのは思い込みで正しい判断ではない。

まとめ

やってみるまで、全然どうなるのか分からなかったけど、世界が反転しました。内省するのが好きなので、今までも自問自答って感じて書いたことはありました。
けれどここまではっきり、問いとそれに対する答というコーチングの形式をしっかり守りながら考えたことはなかったので、意外とふわふわさんに辿り着いたのって驚きです。

セルフコーチングだけど、完全に1人でここまでたどり着いた訳ではありません。
ベースにマイコーチとセッションしてきた時間があります。マイコーチに感謝と私やれましたーって伝えたいです。

見た目が怖くて人から怖そうと見られている方のことを、私は怖いとは思ってなくて、その方に自分を見るように世の中を見たら?ってアドバイスをもらいました。
→なぜ怖くなかったかというと、話してみてこんな人なんだなと分かっていたからという気づきを転用しています。その方の中身を知らない人は怖いと思っていて、私は知っているから怖くない。

自分に原因があると考えてみたら?
というアドバイスも踏まえています。それによって、私は受け身だったと気づきました。

私の世界を捉えている目、「ありのままの私は受け容れてもらえない。」は、けっこう長いこと私がつき合ってきた見方だったけど、もうそうじゃないって言える。

ありのままの私でOKです。
受け容れてもらう(受け身の姿勢)ではなく、双方向の関係は作るものです。
自分が心から大事にしているなら、全力でそれを掴みに行け!
世界は私を傷つけてくる怖いものではなく、ただ私がまだ知らない世界が広がっているだけ。知ろうとする、知ることでどんな世界かが初めて分かるし判断できる。
分からない=怖いではない。


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