母親との距離感、孫の写真、そして「ケア」の呪いからの解放
「孫の写真ばっかり送ってこないで。」
LINEを開いてそう思いました。
春の日差しになりたいライフコーチのなほです。
私は私に還るだけ。ちゃんとあるから感覚を研ぎ澄ませて。
ぷかぷかの私が一番自然で健やか、今日も光を放ちます。
母親との距離感に悩んだことはありますか?
仲良いし、一緒に旅行に行ったり何でも話せる。
大人だから、互いに生活を尊重して程よい距離を保っている。
同居していないし、そこまで関係がどうとか考えたことない。
親子といってもいろんな距離感があります。
「子どもは親を愛するもの」という考えから距離をとっている私のもやもや。
ずいぶん自分勝手な気もするけど、もやもやしたので、整理する。
「孫の写真つきの連絡がしんどい」と感じたことから考えました。
母親との距離感がまだ不安定で、親戚のおばさん位の距離でいたいと思っている。
そんな私の不調のタイミングで一方的な近況、孫の写真感想つきはしんどいを引き起こした。
しんどさの元凶は、「ケアする役割」を求められていると感じたから。
ひとり暮らしで物理的に離れた
私は母親と離れたくて、物理的な距離をとるのが最もいいと判断したので、2023年11月にひとり暮らしを始めた。
それまでにもひとり暮らしをしたことはあったけれど、それから10年以上実家で暮らしていて、息苦しさがあった。
鳥かごの扉は開いているのに出ようとしない私から、鳥かごを出ることをした。
最近では、ほとんど私から連絡することはなく、基本的に何か荷物を実家で受けとってほしい場合など、連絡が必要な時に連絡する感じで、他愛もない連絡はしなくなっていた。
妹が実家に仮暮らし
実際、妹が妊娠して里帰りしており、ここ半年以上は妹と2人暮らしになっていたので私にかまう余裕はなかったのだと思う。
5月に出産してからも双子の育児に母親も協力していたので、本当に時間的にも体力的にも私に連絡するような余裕はなかったのだろう。
しかし、妹が8月に自宅へ帰った。
妹と孫2人がいなくなったのは、さみしさもあったのかもしれない。
妹たちが去って
たびたび連絡がくるようになった。
8月、私は誰とも会いたいくない、閉じたいとなっていたので、あまり余裕がなかった。
人に構う余裕はなくて、特に母親にかまう余裕はなかった。
私にとって母親は「ケアする対象」といった方が近くて、ケアする役を降りようと決めて降りた。
私が支えてあげなくちゃって長いことやっていた。
「母親の母親をやっていた」、と教えてもらったことで、私は意識的にそこから離れた。
そっか、書いて分かるのは、何となくケアする、しなきゃって思わされたがあるのが大きいんだ!!
いつもならすぐに返信していたが、「読むのが無理っぽい」と思ったので翌日に返したりしていた。
孫の写真と感想の共有
たびたび届くLINEに、孫の写真が何枚も送られてくるのがもやもやの原因。
私にとっては甥っ子で、甥っ子たちのことはかわいいけれど、何枚も送られてきたその写真に対する母親のコメント。
それを共有されるのが、しんどいと思った。
かわいいけど、しんどい。
写真の共有だけを見ると、家族で子ども(主に孫の写真を両家の祖父母と共有がメイン)の写真を共有するアプリに私は入らされているというか招待されたので、入っている。
そこで、甥っ子たちの写真は見れる。
見放題である。
「おばさん」というレッテルのもとに、私の名前が表示されているのは、これまた別のもやっとはあるけれど、置いておく。
「おば」だけど、私は「おば」としてこの子たちと関係は作らないってアプリに招待された時の「おばさん」表示を見て、かたく誓った。

ひとりの人間として接する。
だから、「なほちゃんだよ~」って言って甥っ子たちに話しかけたよね笑
家族役割としての「おば」にはまりたくない。
写真はアプリで見放題。
それをあえて共有してくる。「アプリでも見れるけど」と母親も書いてくる。
友だちに見せれば、と思うけれど、他人の孫をそう何枚も見せられても相手も微妙かもしれない。
写真を共有されることも、そのコメントを読むことも面倒に感じていて、冷たい私は、「ふーん」って思う。イライラするが近い。
かわいいと思う気持ちとは別に自分の感想を返す、母親の感想に返事を書く気になれない。
とにかく、返事を書きたくないのでスタンプで返した。
写真を共有される、そこに母親のコメントがある。イライラ~。

親戚のおばさん位の距離感
写真+感想にイライラの前に、私は母親との距離感を親戚のおばさん位の距離でいたいと思っている。
ひとりの人間として家族として付き合っていこうと思っている。
ほぼ頼ったり甘えたりするお母さんみたいな存在としては求めていない。
その辺りも影響していると思います。
さらに、一方的な感じを受けるのがしんどいんだと思います。
近況を一方的に並べられたメッセージの後に写真と感想は、しんどかった。
元気にしているなら、それでいい。
この一方的に書かれた、こんなことがあって、こんなことをしましたの近況を伝えてくるメッセージから、私は母親がさみしさを感じていて、ケアしなきゃを感じたんだと思う。
それがしんどかったんだ。
一番しんどいのは孫の写真じゃなくて、それだ。
一言もそんなことは書いていなかったけれど、一方的に書かれた近況から私は母親をケアしなければって読み取っていた。
自分がしんどいのに、それは無理で、そしてケアする立場は離れるって決めているから、さらにしんどかったんだ。
また、私のことを聞いてからでもよくない?と思っていた。
双方向じゃなくて、一方的。
とはいえ、あまり私は自分の近況を話していないし、話したくない。
だから、自分勝手だなと思う。
自分の近況はそんなに話したくないのに、尋ねられたり聞かれなかったら、もやもやイライラしちゃう。
コミュニケーションのバランスが崩れていて、一方的に浴びせられた感がしんどいんだと思った。
けれど、「写真を送らないで」とは言えないし、それはカロリーの高い行動だから選ばない。
母親は、単にかわいいよね?を共有したいだけなんだろうと思うしね。
これからはそっと喜んでいる風のスタンプだけで対応していく。
そう決めただけで、軽くなった。
今までなら、何がしかのメッセージを送って返すことをしていたから、
「そうしなくていいや。」って思えたのは、私にとっては楽に生きるに近づけた。

まとめ
ひとり暮らしに母親が戻って、忙しさが減って急にさみしさを感じているのであろうことは予想出来る。
家族ならそれに付き合ったらいいのかもしれない。付き合ってあげるのがやさしさだとも思う。
けれど、そうできる状態になかったし、私が健やかであったとしても、そうすることを選びたくない私がいる。
まだ親戚のおばさん位の距離でいたいのが私の現在地だから。
そして、孫の写真を共有されて感想もついていて、うざいって思う私と、かわいいと思う私。
何より、私はケアをしなきゃって感じたことがしんどさの元凶だったことが分かった。
書いてみるまで言語化できていなかった。
てっきり、甥っ子の写真を共有されて面白くないって思う私がいるからだと思ってたけど、おそらくそれよりも、一方的に近況からの写真に感想のトリプルパンチだったから、しんどいってなった。
親の支えになるは、地雷。
支えというほど大きなことじゃないけれど、「さみしいんだな」を察してやさしくすること、ケアすることもちょっと難しいと感じている。
私が勝手にそう感じただけだから、ケアして欲しいじゃないのかもしれない。
私は、私の気持ちや状態を優先する。
無理にコメントは返さないし、スタンプでいこう。

ちょうどいい関係性や距離感って見つかる日、くるのかなあと思う。
母親は、私の母親として心配したり、気にかけてくれていることも分かるけど、うっとうしく感じている方が大きいように思う。
感謝もあるけど、もっと離れたい。
時間がかかるんだろうし、どうこうしようとしないで流れに任せる。

この記事が少しでも役に立った!面白かった!と思ったら、ぜひ『スキ』ボタンで応援してください(ログインなしでOK)。あなたの意見や体験もコメントで教えてもらえると、とても嬉しいです!
これからも私の「親との関係」について書いていくので、フォローして楽しみにしていて下さいね。
読んで頂き、ありがとうございました!
あわせて以下のnoteも読んでみてね!
9/18追記
近況を知らせるLINE+孫の写真とコメントつきが届いたけど、私は揺らがないし、なほスタンプで返すって決めてたから、「パァ」で返せました!よっしゃ!
行動決めとくのとても楽だ~。
👇母親の母親を降りる方法について気づきがあった時のnoteです。
親子関係をテーマにしたnoteは、こちらにまとめています。
いいなと思ったら応援しよう!
あなたと私の間に愛が循環していきますように。いただいたチップは、私が健やかに生きられるようにチョコ次郎を買うために使わせて頂きます。