手紙を書かなきゃだけど(クライアント) コーチング🍒
コーチングの学びとクライアントさんと出会うの両立を実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るし、楽しいをもっと私にさせちゃおうと思います!
コーチには守秘義務があり、コーチングセッション(コーチと2人で対話する時間をこう呼びます)で話したことが外に出されることはありません。
このnoteは、私がクライアントとしてコーチングセッション(練習でした)を受けた記録、それを補足した内容です。
※noteをご覧になったコーチからのコーチング相互セッションはお受けしていません。
重いか軽いかでいくと、まあまあ重いので、暗いのパスだわと思う人は、このnoteはスキップして下さいね。
住所が分かった。
それによって、私はかなりぐらぐらした。
役所づたいに住所を調べていて、市役所から書類が届いた。
「該当なし」で返ってくる可能性もあったけれど、封筒にちょっと厚みがあったので、これはちゃんと書類が返ってきたと思った。
死んでなかったんだ。
という感じで、生きていて良かったではなかった。あまり嬉しいという感情は湧いてこなかった。
亡くなっている可能性はそう高くはなかったけれど、ゼロではないと思っていた。
そうめんを食べながら、私の手紙が届いて読もうとする相手の姿を想像すると、涙が滲んできて何の感情なのか分からなかった。
悲しいの?って自分に問いかけたけれど、分からなかった。
手も震えてきて、これ考えたらダメなやつだ。って思った。
すぐ後に、私はコーチングを受ける予定があった(練習)。
この感情に留まって何なのかを確認したら良かったけれど、それをしちゃうとコーチングを受けるのは無理だ、と思いました。
そして、1人で留まるのも厳しい感じがしました。
何の感情なのか分からない。
これは危ない感じがした、直感だけど。
おそらくは、とんでもなく怖いと思っている感情に紐づいているのだと思いますが、入口に立った所で私は引き返しました。
自分の安心のために私は妹に私の心を預かってもらう選択肢をちゃんと作っている。
けれど、帝王切開を受けて退院した心身ともに回復が必要な時期の妹に、この住所が分かっただけで涙が滲むような私を話せない。
コーチに話してみることにした。
すぐ後にあったコーチングで話すことは出来なくて、その夜にあった練習で話した。
ただ、この「怖い」を扱うことが出来るような状態でもなく、手紙を書きたいけど、書けない私について扱った。
書く準備が整ってしまった。
準備が整ってしまった。住所が分からなければ書くことは出来ない。
けど、住所が分かってしまった。
自分が住所を知ろうと動いた結果、分かったのに、それは「よし住所分かって良かった」ではなかった。
「手紙を書きたいと思っていて、書く準備が整ってしまいました。」と話し出した。
コーチにそのまま「準備が整ってしまったんですね」って返されたことで、分かった。
じゃあ書くことは出来る。出来てしまう。
「書くのが怖い」って思っている私と、「書いたら良いじゃん」って言う私。
コーチが、私が話した手紙を書くについての今の状況を聞いて、怖いと思う私と書いたら良いじゃんの私、どちらを話していくかを提案して選ばせてくれた。
「怖い」がお昼の私の感じだと近づいたり感じるのは無理だって思ったので(時間的にも)、「書いたら良いじゃん」の私を見た。
私にとって今が向き合うタイミングだということは理解していて、この怖いがなくなることはない。
対処する方法も持っている。
そういうことを話した。
そして、「書いたら良いじゃんの私」は、スピードが多分大事。
(やるっていう意志は私にはあって、だから怖いはありながらも住所を知るための行動を、私はとても早くやった。ゴールデンウィークを挟まなければもっと早かったはず。)
サクサクやってきているのに、ここにきて、スピードが落ちた感じがする。
それを私はどう思うの?
今までサクサクやってきたからそのスピードに戻りたい、そのまま行きたかった。と思う。
けれど、時間的な猶予がどの位あるのか今までは見えてなかったけれど、少しはあるように思うので、ちょっと休みたいと言っていた。
(早くすることに価値を置くというか、焦っていたのはあったのだと思う。
早くやらないとというのは、おそらく人の命が有限で、そもそも死んじゃうと伝えられない。
そういう気持ちがあるからだと思う。
伝えられないままだと後悔すると過去の私は思っていて、その気持ちが私を動かしているのもある。)
また、頭では分かるけれど、心が追いついていない。とも話したような気がする。
(早くやる方が良い。それが私の未来にとって良いことだから。)
「落ち着かない感じがする。」
の言葉をコーチがすくいとって、私に戻してくれた。
それはどんな感じなの?
湖に石が投げ込まれて、その波紋が広がっている状態。まだ波紋は広がっている状態で、元の静かな湖面には戻っていない。
こんなに波紋が広がるとは私は思っていなくて、予想外のことが起きた。というようなことを話しました。
その石の大きさは?とコーチが尋ねてくれました。
小さい石だと思う。と一旦答えたけれど、思っていたよりも大きい石だったのだと思います。と言い直した。
(住所が分かることに私はこんなに動揺するなんて予想していなくて、怖いに振れている私を、怖いって思っているか…。と、どうしようという感じでした。)
けど、書きなよって思っている私もいる。
どのタイミングかは不確かだけど、
コーチが「書きなよ」っていう私に、「ちょっと時間が欲しい」って言ってみてはどうですか?
と提案してもらった。
「ちょっと時間が欲しいんだけど」、って言うと、それは待ってもらえるというか、全然かまわないって感じだった。
それを通して、私は前述したようなかなり早めのスピードで進めないとって思っていたことに気づいた。
そして、元のスピードから落ちたことを気にしていたけれど、私の気持ちが整うまで待っても良いと思えた。
「怖い」を見る勇気がなかったけれど、ずっと「怖い」の気持ちは話している間出てきていてどうしたら良いのかな、と思う。
準備が整ってしまったことによって、「怖い」に近づいたということも話して、気づいたことでした。
一定の距離を保っていられたのが、私から近づくようなことが起きた。
それは、揺らいでも仕方ないかも。
私の心を預かって欲しい。
それは、丸ごと預かるではなくて、私のコップに入っている水をあなたのコップに少し注がせて欲しい。
分けて持って欲しい。
相手のことを全部は分からない。だけど、持てる分だけほんの少し預かって欲しい。
そういうことを、このセッションを通してしてもらったと私は感じている。
コーチに引き受けてもらったに近い。
手紙を書くとなると、私のために書く。
子どもの頃の私は大好きだったを伝えるは決まっているけれど、あとは何て書いたら良いの?と思う。
やっぱり私はどこにも行けない。
そう思う私が戻ってきている感じもする。
まとめ
「怖い」をまたちゃんと見ないといけないのか?
その疑問は湧いてくる。
けれど、湖面に波紋が広がっていて、元の凪いでいる状態には戻っていない。
なら、まずはその波紋が収まるまで私は待ったら良いのではないか。
少なくとも今の私が冷静に物事を見つめることは出来ない。
「怖い」は見たくないんです。それと向き合うことは今は出来ません。
その私をコーチがやさしく受けとめてくれました。
私がそれを見たくないって言ったら、それをコーチは必ず尊重してくれる。その信頼が私にはあって、だからこのテーマを持ってきた。
「怖い」は今は見れないけど、今の私には何よりも大事なテーマでどんなコーチにでも話せるかというと、それは出来ないテーマでした。
直感に近いけれど、パートナーシップ(信頼関係)が築けるかだったり、コーチの人となり。
コーチのリソースでもあるけれど、どんな私も見せて良いって思えました。
「安心して良い」って思える場をコーチが自然と作ってくれた。
だから、私は「怖い」も出したし、困っているも、考えてみるも何でも出来た。
私の心が聞かれていくことによって、一番向き合う必要がある「怖い」を避けても分かる私がいました。
コーチに心から感謝です。あたたかい安心できる空気をまとっているだけでなくて、作ってくれた。そう思います。
ありがとうございました。
「私、人間やってるな」と思うから出しておく。
怖いって思っても良いし、揺れても良いし、何の感情なのって分かんなくても良いよ。
最後までご覧頂きありがとうございました。
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