見出し画像

私の「好きです」は一番嘘のない言葉

本当にその瞬間にそう感じているから、「大好きです」と伝える。

春の日差しでありたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、ころん、と生きる。
私は愛だから、いつでも私に愛を注ぐよ。私は私の手をずっと離さない。

あなたは、誰かに最近「好きです」と伝えたことはありますか?
告白したことは?

あんまり言わない。
子どもに毎日伝えているよ。
好きではなく、「愛してるよ」を使う。

私は、noteにも基本的に「大好きです」、「好きです」と書いているし、直接伝えることもよくあります。


私はよく「大好き」と伝える

今の私の世界には、好きか大好きと感じる人しかいなくて、本当にあたたかい世界に生きています。

日常的に私は、相手に「好きです」「大好きです」を伝えています。
noteにもよく書いているし、直接「大好きです」と伝えることもあります。

最初、伝えていいんだ!となった時に、「大好きです」と伝えたら、相手が照れているのかしら?と感じたことがありました。

だけど、「嬉しいよ」ってまっすぐに返してもらったこともある。
「好き」に「好き」を返せることは才能で、最近もその才能がある人と出会えて、好きが大好きになりました!

相手が異性だと、「大好きです」と伝えるのは良くないのかな?みたいに感じたこともあったけど、人間的に大好きだ!は本当だから、そのままだ。

相手にどう思われるか、とても気にして生きてきた。

だから、好きという気持ちくらいは、私を優先していいんだ。
私が私の気持ちと言葉に正直にいること。

「好きだ」と感じたら、ちゃんと「好きだ」と言う。

ちがう言葉にしてみたけど、しっくりこなくて、やっぱり「大好きです」が一番私の気持ちを表現してくれている。

大事に思っています、
特別です、
尊敬しています、
感謝しています、
少しずつちょっと違う。

それらを含んでもやっぱり一番「大好き」が近い。
だから、他の言葉では代わりにならない。

その気持ちには嘘がない。
その瞬間に感じた純度100の気持ち。
どこかが共鳴しているんだ。

だから、伝える。
それだけ。

好き、大好きの中身はたくさんあるし、説明してって言われたら説明できることもある。

あなたのどんな所が好きなのか。
ちゃんと伝えようとしたら言葉にして一応は説明できる。

言葉に変換できない感覚で好きって感じていることもあるけれど、大好きって気持ちは本当だから、伝える。

私の中の「子どもらしさ」

そんな風に捉えていました。
感情を抑えずにそのまま出すことにしていることも、影響している。

好き、大好きだということを、相手にまっすぐに伝えること。

好きだ、嫌いだという感情をそのまま出すのは子どもっぽい行いでもあると感じていました。

「自分の気持ちを抑えずに伝えていいんだよ」って背中を押してもらってから、私はまっすぐに伝え始めた。

それが私の本当の気持ちだったから、「大好きです」と伝えることをやめなかった。

一番ほしい愛だから

あんまりよく分かっていなかったけど、分かった気がするので書いておく。

ただそのままの私で愛されたい。
何かが出来る私じゃなくても、ただ存在そのものを認めてほしい。

かつては、優等生である私、しっかり者の長女である私、看護師という仕事の肩書きに寄りかかって、何かが出来る私でいるから、周りに受け容れられて、安心していた。

条件を満たすからこそ、そこにいていい、と思っていた。

そのままの私が私であることだけで愛されたいは、私がお父さんからもらいたいと思っていた愛でした。
娘として存在している私を愛してほしかった。

何もいらないと思っていて、それは本当にただ私がいることそのものを受け容れてもらえたら、何も他にはいらなかった。

「元気にしているか?気にかけていたよ」って。
それだけで良かった。

両親が離婚して以来、一度もお父さんと会っていなくて、手紙を出すまで生きているのかどうかも分からなかった。

今の所、私が一番ほしかった愛のかたちは、永遠にもらえないで決着している。

けど、欠けているではなくて、その部分はないけど、他の部分はあって、私が私を愛しているんだよって地点までは歩いてきました。

存在そのものへのシンプルで一番深い愛。

ちがうかたちでは愛は存在していると思います。
お父さんから私への愛はある。
ただ、私がほしいと思ったかたちではなかった、という話です。

まだうまくそこにいる小さな私といることができなくて、一緒に雨に濡れています。

だから、私は今、愛を言葉にして手渡すことをしているのかもしれない。

意識的にそのまなざしを甥っ子たちへ渡す

最近、私は甥っ子たちに子どもの日のメッセージカードを贈りました。
昨年の5月に生まれたもうすぐ1歳になる初めての双子の甥っ子たち。

「私もあなたたちが大好きだよ」、と。

それはね、私のかわいい妹がまっすぐに彼らに愛を向けているのを目の当たりにしたことも影響している。
「愛しているよ」が態度だけじゃなくて、まだ彼らには分からないけれど、言葉でたくさん愛を伝えていた。

両親から愛されている。

愛されているって感じられる人が多い方がいいって思った。

私は甥っ子たちが大好きで、かわいいって思っているし、愛している。

だから、字はまだ読めないけど、あなたたちを両親以外にも、私も愛しているよって伝えたかった。

言葉にしておけば、いつか読めるようになるし、こんなに小さい頃から愛されてたって分かる日が来るかもしれないから。

小さな光になれる可能性があるなら、それを伝えておきたいと思った。

周りの人にも、「大好きです」と伝えるのは、ただあなたがいてくれることだけで私は嬉しいです、という気持ちを伝えたいからなのかもしれない。

好いているという好意はもちろんあるけど、あなたという存在にふれて感じていること、理屈で説明しない、できない部分であなたがいてくれて嬉しいを伝えたいからなのかもしれない。

小さな私にも伝え直しているのかもしれない

その視点ってなかった。

どちらかというと、私にとって欠乏している、飢えている種類の愛だと思った。
だから、自分がそうしてほしかったけれど叶わなかったからこそ、それを人にしてあげたい、という気持ちがそうさせているんだと思っていた。

甥っ子たちは、かわいい妹が私に連れてきてくれた新しい家族だ。
私には子どもがいないから、未知なる小さないのちと出会わせてもらって感謝だし、妹にそっくりなの。

私のかわいい妹の小さな頃を彼らにみる。

「大好きだよ」と伝える時、それは小さな私にも伝え直しているのかもしれない。

大人の私は、あなたを愛している。それは揺るぎない。

お父さんからほしいと思ったかたちではもらえなかったし、もらえないどころか、真逆のことを受けとっちゃったから。
小さな私、子どもの私はいらない、と言われたって受けとった。

だけど、私はあなたがいることを知っているし、なかったことにしないよ。大好きだよって、愛しているよって、まっすぐに伝えるから。

私の中に愛を感じる力があるから

愛に気づけるのは、それが私の中にもあるからだよって教えてもらったことがある。

あなたという存在そのものの尊さや魅力、私が好きだと感じるあたたかさを持っている。
それに気づける愛が私にはある。

だから、それに気づいちゃったら伝えずにはいられない。

大好きは、世界に叫びたくなるくらいの時がある。

私にとって言葉は「愛の通貨」だから

好きの気持ちは、そのまなざしに、表情に仕草に、一緒に過ごす時間にもあって、にじんでいて、相手に伝わっていく。

だけど、私にとって一番受けとりやすい愛のかたちは、言葉です。
言葉は私にとって友だちです。

「察してね」でもなく、言葉以外でも表現しているでもなく、言葉というかたちをとってはっきり伝えることの重さを私は分かっているんだと思います。

だから、恥ずかしいという感情を通らずに、言葉にして何度でも伝えるんだと思った。

「正直に感じたことは伝えるようにしている」、と教えてくれた人がいる。あえて言葉にして伝えてもらった、と感じた瞬間があった。

その感覚があるから、私はもっと言葉で伝えることを惜しまないようにしようと思った。
言葉を飲み込むことがあるけれど、そうではなくちゃんと自分の言葉で伝えること。

言葉だからこそ、伝わるものがある。


だから、私は好き、を惜しまない。


私が「大好きです」と伝える時、そこには愛があります。

まっすぐな私の愛を受けとってもらえたら嬉しいです。
あなたへの愛でもあり、私への愛でもあるから。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

言葉はいのちを抽出しているものだよ、正直に感じたことを伝えるようにしている、実際に私に伝えてくれた、魂のかたわれさんたちに、心から感謝です。

大好きです!


いいなと思ったら応援しよう!

なほ|照らし、照らされるライフコーチ あなたと私の間に愛が循環していきますように。いただいたチップは、私が健やかに生きられるようにチョコ次郎を買うために使わせて頂きます。