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「誠実に脅迫する」

春の日差しでありたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、ころん、と生きる。
きらきらしたら、ぷかぷかに戻るリズムの中で、私のままで、もうすべてそろってる。

「誠実に」と「脅迫」。
この言葉の組み合わせ、最高に美しくないですか?

この感覚ってどのくらい共感してもらえるのか分からないけれど、「誠実」と「脅迫」のこの2つを出会わせられるの、もう狂気的に美しい。

また一目惚れした言葉でした。

この言葉に惹かれるあなた、私は話したいです!
仲間かもしれない。

その瞬間、瞬間に決めるを起こすのが、誠実に脅迫すること。
今を生きる、自分と相手のいのちを誠実に生きるために必要なこと。
「誠実に脅迫されたい私」が思っていたより大きいのと、私も誠実に脅迫できるようになりたい。
「別れ」を頭ではなく本当の意味で受け容れることと、父性的な境界線の意識が必要。


誠実に脅迫している

とてもそこに起きていることを正確に表現している言葉なのでは?
と感じた。

私は、そう感じたことはないけれど、そして、そうされてはいないのだと思うけれど、そんなことが起きている、というのは想像できた。

ヤクザ的な香りもするよね。
狂気じみていて、そこもとても好きだ。

もうこの言葉に酔いたい私がいる笑

悪魔的な魅力をこの言葉に感じていて、一目惚れ、きゅんって感じではなくて、一目惚れだけど、危険な感じも漂っているのが、いいのよね~。

この感覚、分かってもらえるかしら?

書いてみて、私はそうされたいんだ、と思った。

しびれる、恰好いい、狂気。

そう思うのに、私は誠実に脅迫されたい。

書いてみたら、めちゃくちゃ私は誠実に脅迫されたいんだ。
思ってたよりやばい。この欲、何?

自分でもよく分からないけど、離れられない魅力がこの言葉にはある。

私も誠実に脅迫できるようになることが必要、これは直感でそう書き残している。

けれど、自分がしたい、出来るようになりたいでもあるけど、誠実に脅迫されたいの方が強いなって、書いている今ここでは思います。

けど、これって誰かに頼んでしてもらえるものでもないような気もする。
相手がいて、同じ温度で向き合うからこそ、それが成立する。

話がそれたので、戻します。

選択を相手にさせること、覚悟を決めさせること

私の言葉で表現すると、こうなります。

誠実に脅迫するとは、つまり、相手に迫ることだ。
踏みこむと言ってもいいかもしれない。

どうする?やるの?やらないの?

これだけだと、脅迫になるけど、誠実に脅迫する。
だから、自分のためでもあるし、相手のためでもある選択肢、提案。

真剣勝負だ。

決して自分が優位に立っていて、相手が突きつけられているという状態ではない。

関係を続けたければ、ともに進んで行くことを継続する、その未来を選んでいくためには必要だよ、と置く。

どちらを選ぶかは、相手が決められる。
そして、自分にとっても終わりの可能性を承知している。
フェアだ。

今を生きることを大事にするために、誠実に脅迫する、ということが生まれている、ということだった。

それはお互いに「今」を生きている。
だから、誠実に自分のいのちを生きるために、どうする?を相手に提示している。

選んでいいよ。

ただ、その選んでいいよの先に、脅迫になる理由がある。
こうなるのなら、別れがあるよ、までをも伝える。

「切るけど、切らない」という言葉だった。
分かりやすい。

今を生きるために、そして、未来の今を大事にするために、今どういう生き方をするのかを選んでね。ちなみに、こういう感じになるなら、別れましょう、と「告白する」と。

本当のことを告白する。あいまいにしない。

境界線と受けとった

選択肢を提示する、提案する、ということは私もしていると思う。
ただ、その先に別れがあります、こんな状態の人と生きる、自分のいのちの時間を使いたいので、そこから離れるなら、別れましょう。

そこまでの明解な自分のどう生きたいか、どんな人といのちの時間を過ごしたいかを持っていないし、相手にそれを迫れる程の覚悟もない。

けれど、現実を動かす、もっとかみ砕くと、行動する、人生をより良いものにするためには、相手との間に線を引くことが必要だと思った。

真剣に相手に向き合うからこそ起きていること。

別れましょうは、痛いかもしれないし、寂しさがあるかもしれない。

あなたのタイミングで選んでいいよと、尊重することも大事だけど、現実に接続するために必要なことなのでは?が私に浮かんだことでした。

誠実に脅迫されたいのは、もしかしたらそんな所からきているのかもしれない。

自分で泳いでみようになっているけど、いまいち泳ぎ方はよく分かってなくて、何となく泳いでみてる。

もっと早く進みたいのかもしれない。

別れがあるのは必然

「別れ」を受け容れているのが私と違うと思った。

人生が交わっている。
人との関係をそんな風に感じる。

けれど、それってずっと交わっているでもなくて、すれ違うかもしれないし、道が別れていくこともあると思う。

けれど、今の私は、頭では分かっていても実際にそれが起きることは受け容れていないと思う。

自分の中に安心を持つこと。
それは出来つつあるし、いろんな所に安全基地を持つことも努力してきた。
けれど、それを自分から手放すことは出来ないと思ってもきた。

まだ安心を私に与えてほしいし、愛を与えてほしいから。

手放した方がいいのでは、という問いを何度も考えたことがあって、けれど自分から手放すのは無理だなって思ったことがある。

「欲しいものをとりに行く、自分にあてがってあげる」

という言葉もあって、分かった感は薄いけれど、自分のいのちに正直になり切ることだと思った。

まとめ

この言葉にくらくらしちゃうから、考え始めてみたけれど、本当に離れられない力のある言葉だな、と思った。

私は、私の人生を引き受けているのか?という問いとも関連しそうだけど、私はどんな風にこのいのちを使いたいのか、どんな人といたいのか。

そして、それがあるなら、そうではない人との別れを受け容れること。
人は変化する生き物だから、ずっと一緒にいることはもしかしたら難しいのかもしれない。

お互いに人生の時間を、今を生きることに真剣になるからこそ、誠実に脅迫するという瞬間が生まれるのだと思った。

誠実に脅迫されたいなって思う私と、信じて待つ、相手を尊重して選べるのはいつでもあなただよってすることも大事だけど、今選んでね、と伝えること、線を引く、父性が必要だと感じました。

どれ程あなたが自分のいのちにも、相手のいのちにも誠実なのか、それを感じた時間でした。

心から感謝です。
ありがとうございました。

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