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自分を見せるには?(クライアント) コーチング

2日連続でコーチングを受けている。
練習でした。

あたたかいクライアントさんと出会うを実験中のなほです。

毎日楽しいが向こうからやって来るし、もっと楽しいを私にさせちゃう。

楽しくすぐに幸せになっていいよって私が私をぎゅってする。

コーチには守秘義務があり、コーチングセッション(コーチと2人で対話する時間をこう呼びます)で話したことが外に出されることはありません。
このnoteは、私がクライアントとしてコーチングセッション(練習でした)を受けた記録、それをさらに深めた内容です。
※noteをご覧になったコーチからのコーチング相互セッションはお受けしていません。

人と関係を自分から作りたいが、今の私にとっての課題でその最下層には、自分への自信のなさが原因だっていうことがあります。

それ以外にもいろいろ要因はあって、その一つが「自分を見せるのが怖い」です。
全部を見せられないってずっと思っていて、それは恐いから。
そして、見せたいって思っている。

この見せたいは恐怖側から見ると、「明け渡す」って言葉になっていて、私を明け渡す。

けれど、そうではない私を分かってほしいと思っている、相手と分かり合いたいの私から見ると、全部を見せたい、「開きたい」になります。

この2人、後半でちょっと形を成した。

恐いが減ったら良いな~で話し始めました。

無意識の所で、私は全部を見せなければの思い込みがあったと気づいたんですってコーチに話した。

▶全部を見せなければは、どこからきてる?

これ、考えたことなかったやつでした。
考えた結果、それは分からなかったけれど、それと対になって私は全部を見せたいが存在しているって答えたと思います。

ちょっとニュアンスが違うか、まったく違うことを答えてたかも、対になって存在しているものがある、は答えた。

見せたいは、私を分かって欲しい。見せられることをしたいっていう私がいるんだと思う。

底までいくと、全部を見せても大丈夫って思いたい。安心したいし、そうしても受け容れてもらいたい。

▶どうやったらその恐怖が減ったって分かる?

これ難問でした。
看護的にもだけど、ゴール設定する時は、評価しやすい目標を立てましょうだし、何をもってしてその目標の到達度を測るのか、その尺度がある方がやりやすい。

抽象度が高くて、あいまいな目標、測定しにくい目標はそもそも立てる時点でちょっと失敗感ある。

感情を扱っているので、そこまで測れる、評価できるを追い求めなくても良いけれど、減ったねって実感できるはのは、大事かも。

イメージの世界に飛ぶなら、今の大きさを聞いて、どの位になったら良い?みたいにはきいちゃうかもしれない。

今書いてみたら分かるけれど、かなり「思考の私」に寄っていたから、答えられなかった。

コーチがなかなか答を出せない、見つけられない私に、仮定の話を持ち込んでくれました!

お化け屋敷。

▶お化け屋敷は得意?みたいな問いを、一言ちょっと違う話をするけれど、ってワンクッション入れて聞いてもらいました。

お化け屋敷、苦手。

▶じゃあ、その怖いはどうしたら怖くなくなる?

みたいなことを聞いてもらいました。とても良い問いって思いました。考えられる別の怖いにスライドさせて対処方法を考えてみる。

①正体が分かる
②何回も行く
③誰かと一緒に行く

この1つ1つに対して、コーチが肯定的に言葉を返してくれました。ユーモアも交えて!!

遊び心のある話がお化け屋敷👻

それを踏まえて、じゃあこの自己開示するのが怖いにどう使える?みたいな問いをもらっていて、これ、前日の体験と同じことだって思いました。

前日に私は、自分の過去の成功体験から転用できる抽象的な(普遍性の高い)ことを抽出して言葉にするってことをやりました。

具体から抽象に、かつ自分の過去の成功体験のリソースを活かす。

今日は、私にリソースではないけれど、誰もが共有できる仮定の世界かつ具体的なお化け屋敷で考えてから、そこでの学びを私の直面している恐怖に応用できるかを試みました。
とてもタイムリーにクライアント体験として同じことを違う切り口で体験させてもらったので、学びが深まりました。

これ、スキル的に何か名前があるのかもしれないけれど、具体から抽象を取り出して、転用(応用)するのは、前田裕二さんの著書『メモの魔力』で学んだことと同じです。

私の学んだコーチングに寄せると、過去のリソースから使えるものはないですか?の変形バージョン。

考えちゃうよ~、前日に同じことをしてるからね。抽象と具体を行き来する思考。

①正体が分かるは、心当たりあり過ぎなやつ。

自己開示が怖いのは、その先に見せたら嫌われるかもって思っているから。
「私は人に受け容れられないの世界」、詰まるところ、私には価値がないの最下層につながるやつです。

②何回も行くは、経験を積む

自己開示をする、しても大丈夫の体験を積むこと

③誰かと一緒に行くは、分かち合うこと
あらかじめ、「自分のことを話すことに抵抗があって」とか、苦手でって伝えておけば良い。

▶恐いって思っている私と今までに出会ったことがある?
と違う言葉だけど、そういう意味のことを聞いてもらいました。

出会ったことない。

小さい手のひらサイズ感のある黒いほわほわ系のやつ。

ちゃんと出会いには行ってないので、あいまいだけど、恐いって震えていて、その子が私に教えてくれてるのって、自分を出して、見せたら傷ついちゃうかもしれないよ、って守ってくれている。

ここで私は人との関係を作るにおいて、出会った私のことを思い出していた。

走って行って抱きつくレベルで人と距離を縮めたいという私と、それを引きとめるそんなスピードで近づいちゃいけませんの私は出会ったことあるって、さらっと話したと思います。

そして、もう一人、今日ふんわりいるなって思ったのが、全部を見せたい私。
全部を見せたいは、絶対的に私を受容してくれる存在が欲しいになる

コーチとしての私にとっての自己開示の話にもふれている。

全部を見せるは、そもそもそういうことをしてくれたコーチ(仮)に出会ったからだった。

先に深い所を見せてくれたので、私は信頼されているって感じていて、体感として、人に自分を見せるを学んだ。
「信頼は先に差し出すもの」、という言葉で理解していて、それは自己開示が一端を担っていた。

それが出来たら、コーチとして信頼関係(パートナーシップ)を築く上で、とても強い。

コーチが、「信頼関係を築くことと関係がある?」
って問うてくれたので、ちゃんと考えられました。

コーチとしての私に活きるのは確実にそうだ。

私自身という土台が育まれることが、自己の器を育んで、コーチとしても広がりや深さ、柔らかさを育む。

全部を見せられるにならなくていいのでは?
ということがわりと序盤で出てきていた。

けれど、全部じゃなくても見せられる、見せることへの怖さを減らしたいはあったので、そのまま話しました。

影響を受けているコーチ(仮)は、全部を見せてくれている感があるんだよね~。

今のタイミングで出会っているから、眠っていた私が起こされた感がある。前述したような、全部を見せられて、それを受け容れて欲しいって思っている私。

人は出会いたいタイミングで出会いたい自分と出会う。

安心感とか受容されていると言えて、この起源は親子関係だろうなって思います。

そもそも全部を見せないとの呪いある。

これに対する答ってたどり着いてないけど、全部を見せなくて良いよって私に言ってあげるが必要かもしれない。
見せられない私は、傷つかないようにって自分の安全を守るためにそうしている。

全部を見せられるが、安心なの?この問いは持っておこうかと思う。

全部を見せたいもあるし、見せないともある。
開くのか、明け渡すのか。


全部を見せたいは、飾りなのかもしれないって思ってきた。

全部を見せても大丈夫、そう出来る人が欲しいの視点から見ると、全部を見せられるは1つの試金石で、そうしても大丈夫の保障みたいなもの。

だから、実際に全部を見せられなくても良くて、どんな私でも受け容れてもらえるって確信できたら、見せない部分が存在しても良さそう。

ちょっと解像度上がった感。

私、人間やっている。

まとめ

私を見せるのが怖いから、その怖さが減ったら良いな、だったけれど、1つ深く見てみると、そこには人との関係性において私が何を願っているの?があった。

自分を見せない、開くことをずっと慎重にしてきていてる。
noteにはめちゃくちゃ私を書いているので、これだけ書いていて、今更見せられない、見せるの怖い?ってギャップがあるかもしれない。

けれど、ここは私の「思考の庭」でもあって誰も私を拒否してきたりはしない。

見せること、自己開示への恐怖もあるし、見せたいはどの程度見せたいのか?は、全部を見せたい。

これは、見せなきゃいけないみたいな思い込みあるからなー。
ずっと自分の一部しか開示しないことへの罪悪感みたいなものがあるのかもって書いてて思った。安全を守りたいから、見せない。

見せないは、距離をとること。

正直じゃないって思っているのかも、全部を見せないことは相手に対して誠実ではなくて、見せないは隠しているで、隠しているなら正直でもないし、後ろめたい。

つながった感。

見せないってしている私って、あんまり肯定的に捉えていない私だから、それを隠している感を持ってるんだ!!

私にとっては、見せないは自分の安全を守るだけど、コーチにとっては違うっていう世界を見せてもらった。(セッション終わった後、ひとさじの教えるだ!)

見せない=自己開示をしないのは、その必要がないから。

え~っっ。みんな自分を守るために見せる所と見せない所を決めているって思っていたよ!!

しかも、私は見せたら受け容れてもらえないかも、嫌われるかもって思っているけど、見せても脅かされないよって教えてもらった。

確かに、安全は脅かされないか…と思った。

相手視点になり過ぎ問題?その感じがとてもした。

今ここで、反証してみる。

嫌われるかもは相手の問題で私にはコントロール出来ないよって学んだし、万人に好かれる人はいないし、私を優先するなら伝えたいは伝えるってなっているのだから、見せたい私は見せたら良い

見せることと、私って同じものなのかな。
見せるの1つが自分の気持ちを伝えるだと思っていて、それはすごく出来るようになった。

じゃあ、私は他に何を見せたいのか。
おそらく、自分でもあまり良いと思っていない面の私なんだろうな。

見せたいではないか。
見せても大丈夫って思いたいだから、やっぱ無理がありそう。見せたくないなら見せなくて良い。

見せられる人にだけ見せたら良いよね。

けど、それ(見せたくない私)を見せても安全という点では脅かされないって教えてもらった。

見せても私は損なわれない。

これだ。
おんなじことが起きました。

父親に「娘としての私」がいることをただ認められなくても大丈夫なように、見せたくない私を見せた所で、私は変わらない。

バランスだとも思う。

全部を見せたいなのか?見せなきゃなのか、見せられる人にだけ開くのか、ぐるぐるしてる感もします。

考える力が限界なので、ここで終わります。

あたたかく接してくれるコーチに感謝です。
ありがとうございました~。

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