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他者への気遣い出来てる? セルフイメージとのズレ

コーチングの学びとクライアントさんと出会うの両立を実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来ます。

セルフイメージとの差が激しい。
がまた起こりました。


「周りのことをすごく考えている」。
というフィードバックをもらいました。
嬉しいけれど、私のセルフイメージと真逆だよ…。

気遣いが出来てるねって言われたことはありますか?
意識して周りに気を遣っていますか?
気を遣い過ぎて疲れたりしていませんか?

気を遣えるのは、良い所でもあり、行き過ぎると疲れるのかもしれません。
気を遣えるについて考えます。

今までの育ってきた環境、職業の影響がある。
自分を守る側面が見えてきた。


自分のことしか考えていない劣等感

私、人のことより自分のことで、自分のことしか考えてない人間だと思っています。

看護師としては、人の役に立ちたいは外発的動機が出発点ではあったけれど、そこは本音にもなっていったと思います。
分かりやすく人の役に立つ仕事だと思って選んだけれど、本当に役に立ちたい気持ちもある状態。

けれど、それ以外の所では私は私のことしか考えてない人間だな、
「なぜ周りの人のためにと考えられないのか」と少し劣等感に近いものがありました。

当たり前のように両親に恩返しをしたいから働く、困っている人のために力になるためにやりたい、と言っている人を見て、
私はまず自分のために働きたいと考えていたからです。

基本的にまず自分。自分のことしか考えてないな、私。
が私のセルフイメージ。

なので、すごく意外でした。
そして、周りのことを考え過ぎて、疲れてしまうのでは?
と言われて、
そんなに?
私、そんなに考えてる?
となりました。

無自覚なので、疲れている感覚はありません。

気遣いしてるのかな?分かんない。
けど、「それを言葉にせずに尊重もしてくれる」と声をかけてもらって、私そんなに配慮の出来る人間?

嬉しい。素直に受けとりたい。
ただ、私にそうしている感覚がないから、戸惑います。

褒めてもらって嬉しいし、私の気づいていない所を教えてもらったことは、ありがたい。
けれど、真逆過ぎて見当もつかないや、ってなる今の気持ち。

当たり前になり過ぎて気づいていないのでは、とも言われたので、おそらく私の中では自然だけど、他の人にとってはそうじゃないんだろうな、と思います。

価値観からの行動か

書いてみて、思い当たるのは「誠実」。
私は「正直」であることと(これは私が私に対して)、相手に対して誠実でありたいと思っている。価値観の1つです。
この誠実さが、他者への気遣いとして映っているのでは?

この仮説、意外といけてるのでは?
相手のことを気遣うと言われると、
ん?ってなるけれど、「相手のことを考えている」だと、それはしていると思います。

お互いに尊重できる関係でいたいし、あたたかい関係を作りたい。

つながる気がする!

私にとって大事な人から伝えてもらったフィードバックで、その人だからそう感じた可能性ある。
大事な人だから、私は心を砕くし考えるし、気遣うという印象を与えたのでは?

この仮説、やっぱり当たってそうだよね?

親の期待や世間で良しとされることを大事にしてきた

もう1つ考えられるのが、今まで長く私は周りから期待される私でいるように努力して生きてきたからということです。

この生き方だと、常に相手の意向を考えてそこに自分を寄せていく必要があります。
自分よりも他者を優先して生きてきた時間が長いので、その中で自然と相手が何を望んでいるのか?という期待を読み取ろうとしてきたから、それが気遣いに感じられたのでは?という仮説。

これもあながち間違っていないような感じもする。

私は、場の空気を読むことが得意とは思わないけれど、読んでいることは自覚があります。

誰かリーダーやってくれない?と言われて誰も手を挙げなければ挙げる。
誰でも良いから順番に自己紹介を、と言われて誰もいなければ、じゃあ私からって言って、自己紹介をする。
など、初対面苦手だし、リーダーだってしたい訳じゃないけれど、誰もする人がいないとなれば、その場の空気を読んでやりますと伝える、ということが私の行動パターンにあります。

けれど、反対にあえて空気を読まないをやることもあって、本当は分かっているけれど、あえて分からないふりをして相手に質問したり、痛い所を突いたりしていました。
そうした方が良いという判断があるからです。

これも、結局はその場にとって最良は何?を考えて行動しているという点では空気を読んでいるのかもしれません。
自分のためというよりは人のため。

傷つきたくないから

これありそうだなって思いました。
相手の空気を察するにつながりますが、気を悪くさせてるんじゃないか?みたいなことが私は怖くて、相手が言葉で言った訳ではないのに、私のこと面倒くさいって思っていないかな、迷惑だと思っていないかなって勝手に想像する所があります。

今は、私を傷つけるのは私だけだって思えているけれど、そんなに簡単に相手の顔色を伺って行動するっていうのがナチュラルになっているのだとしたら、変わらないよねって思います。

傷つかないようにするために、自分を守るために相手のことを考えている=気遣いに映る。

職業柄、培ってきたスキル

私は看護師として働いてきた時間が職業人生では一番長いです。
そこでは、観察する力、洞察力が磨かれたと思います。

手術室ではチームで協力して仕事を進めます。一手先、二手先を読んでスムーズに滞らせないようにしていくことが大事です。
指示されてから動くのではなく、すぐに対応できるようにあらかじめ準備したり、指示された時にはもう準備が完了していることが好ましいです。
もちろん察するだけでなく安全のために具体的な指示は必要です。
けれど、いかに先を読んで準備するかはかなり鍛えられたと思います。
指示されていないから準備していない、ではなくて情報収集して、ひょっとするとこれが必要になるかも?に対しての準備をします。

また、対患者さんでも観察したり洞察する力は必要です。
自分の言葉ではっきりと伝えられる患者さんばかりではないので、汲み取ることも必要だし、異常が起きていないか察知する力は必要です。
コミュニケーションという意味でも相手が何を訴えているのかを感じる力は養われたし、物理的な面でも観察する力は磨かれたと思います。

まとめ

どれも本当そうな気がしてきました(笑)
良い風に受けとってもらえると、「気遣いをしている」になるのではないか。
そして、私視点で見るとそれが気遣いだと認識されていないのは、相手のためというよりも私のための行動だから。

相手の期待する私になるために必要だから相手の意向を汲み取ろうとうするし、自分を守りたいから相手がどう思っているのか必死に読み取ろうとする。

疲れるっていう感覚は感じていないけれど、そう感じるよって教えてもらったので、私はもっと私を優先しても良いのかもしれないなと思いました。

「私のやりたいようにする」、「私を生きる」っていう言葉を通して、自分の言葉にはなっていないけれど、自分を優先することを練習しています。
「好奇心がコンパス」で行動することで、毎日楽しいが起こるしカコイチに幸せを感じられる日々を過ごせているけれど、まだ他者優先になっていることがあるのかな、と思いました。

来月体験セッションをご案内予定です。

私のコーチングの学びを一緒に歩いてもらえる継続クライアントさん(指導を受けるために録画にご協力頂ける方)を探しています。

ご興味のある方がいれば、プロフィールのXのDMよりお声がけ下さい。

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なほ|照らし、照らされるライフコーチ あなたと私の間に愛が循環していきますように。いただいたチップは、私が健やかに生きられるようにチョコ次郎を買うために使わせて頂きます。

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