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世界は愛でできている

物事の背景には作った人の愛がある。
珈琲店の彼のたたずまい。

春の日差しでありたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、ころん、と生きる。
きらきらしたら、ぷかぷかに戻るリズムの中で、私のままで、もうすべてそろってる。

世界は愛でできている。

あなたはこの言葉を聞いて、何を感じますか?

そうだなぁ、と思う。
そんなのきれいごとだよ。
当たり前のことだよ。

私は、これと近いことを教えてもらったことがあるな、と思い出した。
世界は、愛にあふれている、ということを愛が全然分からなかった時に教えてもらったことがある。

すべてのものにはそれを作った人の愛がある。それは不便と感じるようなことにもある。珈琲にも愛があふれていると感じた日。


便利な製品の裏に作った人の愛がある

愛について、教えてもらった人の言葉から。

文房具の例で教えてもらいました。
消しゴムのカドケシ、ご存じですか?

小さいキューブをいっぱいくっつけたような形になっていて、角がたくさんある消しゴム。
学生の時、私は使っていました。

どうしても角が丸くなってくると、消しづらくなる。
それを、解消して細かい所が消しやすい。

日本人の性質なのかもしれないけれど、日々小さな便利を追及して、電化製品でも何でも、とても進化している。

そこには作った人の愛があるよね、と教えてもらった。

あえての不便にも愛がある

これも例で教えてもらっていて、何も便利になることだけが、そこに愛があるのではない。

たとえば、道がぼこぼこしていたとする。
歩きやすさの点では、それは歩きにくい道ということになる。

けれど、そこを歩くことで、自分の体力が推し測れたり、足が鍛えられるかもしれない。

あえて道を整備せずにおく。
そこにも愛はちゃんと存在しているんだ。

人にある愛

人から感じる愛について、私は意識的に愛はあるよね?という目で私は世界を見るようにしてきた。

だから、あいさつにも愛はあるし、何も親切にしてもらうことだけが愛ではないことにも気づいてきた。

あえて知らせないことも愛だし、心の中でただ祈るだけでも愛。

相手をケアしなくても、ただそばにいる時間や空間をともにするだけでも愛はある。

愛から生まれているものはみんな愛

今回、人にある愛がいろんなかたちになって世界にあふれているんだよ。
だから、「世界は愛でできているんだよ」を改めて教えてもらった。

私も愛だし、みんな愛だと思っている。

言葉で伝えることも、お金を渡すことも、プレゼントを贈ることも愛。
動的な愛を挙げたけど、それ以外にも愛のかたちはきっと無限にある。

それ以外の存在するすべてのものに、それを作った、形にした人の愛がこもっている。

ここには、どんな愛のかたちが現れている?
やっぱり、「世界を肯定的に見てごらん」の派生、世界は愛にあふれているよね?の目で世界を眺めるだけで、世界の見え方は変わる。

海が穏やかに光を反射してきらきらしているのも、
桜が咲いているのも、
自然には愛がある。

人工物よりも、自然の方が愛にあふれているような気もするけれど、両方に愛がある。

珈琲にも愛があった

「世界は愛でできている」。
そう教えてくれた人と出会ったのは、『移動図書室 side B』という場でした。

2日間、高松駅前で高松に暮らす人の世界が広がった1冊を選書者の言葉とともに紹介していました。

2日目は、珈琲をご提供して下さっていた、やえ珈琲店さん(綾川町)が実際に珈琲を淹れて下さっていた。

そこで、珈琲への愛を私は感じていて、この珈琲も愛でできている。
と思った。

普段、私は紅茶派なので、ほとんど珈琲は飲みません。
飲む時は、カフェオレにして飲んでいる…。

なので、珈琲の何がいいのか、どんな珈琲がおいしい珈琲なのか、その魅力はよく分かっていないけれど、愛があるって思った!

珈琲は、科学だった。
私は、興味がわいちゃったのでいろいろ質問しました。
それに丁寧に答えて下さった。ありがとうございました。

氷と珈琲の重量が決まっているの?
ドリップする時のコツは?
この機械は何をする機械?

注ぐ速度、温度、ゆっくり過ぎても早過ぎてもいけない。
ちゃんと決まっている。

1杯の珈琲を淹れる所作にも愛はあったけれど、その人自身にも愛があるなって感じました。

私は、ボランティアだったので主催の方に1杯、珈琲をご馳走してもらった。

その時に、珈琲を手渡してもらったのだけど、佇まい、所作にも愛があるって感じた。

初対面だし、名前も存じ上げないのだけど、そっと手渡してもらっていて、仕草にもまなざしにも珈琲にも愛があふれている、って感じた。

モデルさんをされているそうで、だからなのかもしれない、って思った。
自分という体や佇まいで服を表現、自分そのものを通して表現するお仕事だと思うから、所作にもにじんでいる、または意識的にされているのかな?と感じました。

身体性みたいなものと内面のあり方のつながりが濃いのではないか?と思いました。

とてもやわらかくて静かで素敵な人だった。

まとっている空気、それぞれの人にあると思うのだけど、それがにじみ出ている範囲がちょっと広いと思ったし、やわらかくて静かで心地いい人だなと感じました。

そして、珈琲への愛が、淹れる珈琲にも手渡す時にもあふれていて、その人自身の愛があふれていた。

今振り返ってみて分かったのは、
その世界観と、ご本人のあり方、珈琲が調和しているがあったから、私は素敵な人だと感じたのだと思う。

ぴたりと一致していて、その人から滲み出ているものがすべてに表現として行き渡っていて、愛が流れていた。

まとめ

世界は愛でできている。
当たり前のことなのかもしれない。

けれど、改めて教えてもらったこと、そして珈琲を淹れている彼の佇まいを通して、愛がこうやって珈琲にも流れているんだな~って感じた日でした。

「私は愛だから、私から溢れるものは全部愛」そう教えてくれた人のことも思い出しました。

私も愛だから、愛を言葉だけでなくすべてに流していきたい。

「世界は愛でできているんだよ」って私に語りかけてくれたあなたに心から感謝です。
ありがとうございました。

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▽すべてのものにはそれを作った人の愛があるよって教えてもらった時

▽愛からあふれるものは全部愛

▽言葉、雰囲気、行動が一致している人の愛

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