照らす手紙 この人じゃないと話せなかった。春の雪解けの山のようなあなたへ
あたたかいクライアントさんと出会うを実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るし、もっと楽しいを私にさせちゃう。
楽しくすぐに幸せになっていいよって私が私をぎゅってする。
このnoteは、大切なあの人の素敵なところを、ひとつひとつ、丁寧に言葉にして贈る「私が照らす手紙」です。
はじめに
何度かコーチングを受けさせてもらっている。
一区切りがついたタイミングで「コーチとしてのリソース」という視点ではフィードバックさせてもらったことがあります。
しかし、大幅に削りました。
だって長くなるんだもん。
けれど、伝えたいならまっすぐ伝えたら良いし、好きな人に大好きって言えるようになったし、素敵だと思う所をそのまま言葉にして伝えたら、「重い」って返ってくることは起きていないので、書いちゃいます。
私にとっての楽しい遊び。
どきどきしちゃうけど、やってみる。
どこまでも信頼できるって確信
私が一番好奇心がわいているのが、信頼できるという感覚です。
他のコーチやコーチ以外の人のことも信頼はしている。
けれど、特別なんです。
「信頼」という言葉では、もしかしたらこぼれていくものが多過ぎるのかもしれません。
他の人に対しても「信頼」では足りない、不足を感じることがあるのですが、「信頼」なんだよね。
やっぱり、「信頼」だ!
だけど、特別、私にとっては特別な人です。
質感が違うなって思っていて、それは強度があるとしたら、とても強いからだと思います。
イメージするとしたら、黒い刀。
刀を作る過程で、刀を叩く。それを「鍛える」と言う。そういう鍛えられた強度です。
「信頼」は、私にとって大事なもので、働いていた時、もっと言うと自己犠牲的に働いていた時は、周りの人に信頼されたいを願って働いていました。
最近も信頼について考えていて、人との関係性において私はそれが大事だと分かるからこそ、考えています。
なぜ、「信頼」の強度がとても強いのか?
おそらくコーチのあり方が反映されているのだと思います。
技術や言葉ではなく、このコーチのあり方そのものが信頼できる。
「目」がとても印象的なのですが、それは見た目の問題ではなくて、目に宿す力がとても強くてまっすぐです。
まっすぐに私を見てくれている感覚があって、それが私にとってはどこまでも信頼できるになっている。
目を離さないよっていう意志があって、真剣に向き合ってくれているが伝わってきます。
人と向き合う時の、誠実さ、真剣み、向き合うという意志を感じるからだと思います。
ただ目線を外さない、そらさないではない。
また、絶対に私の手を離されないという感覚もしていて、私は信頼について考える時に、手を握る、手を引いてもらう、つなぐというイメージがわきます。
私は「絶対」という言葉を使うことに慎重で、絶対なんてないよって思っています。
それは医療の世界では、絶対はないと思っているからです。
「絶対大丈夫だからね」って安易に発言してはならないと感じています。
けれど、このコーチに対しては、私は「絶対」って言い切れる手を離されたりしないって感覚を持っています。
手をつないでもらっていて、その手が途中で離されることはないって私は確信している。
はじめてコーチングを受けさせてもらった時の感覚が、すっと手を差し出してもらって、「どうぞ」って「手をつなぎましょう」って言ってもらったような感覚でした。
こうやってパートナーシップ(信頼関係)を築いたら良いんだってとても印象的でした。
私は、心を開けるのだろうか…みたいな不安を抱いていたので、歩み寄ってもらったと感じました。
存在自体が強い印象があったので、それは真面目とも責任感とも感じていて、私も真面目で責任感の強い側面はあるのですが、緊張感を感じさせるなと思っていました。
強いは、意志の力がにじみ出ているからそういう印象になる。
初対面苦手って思っている私がここでも出ていたよね…。
信頼は、安心感でもあります。
安心感と距離感のバランス
場の絶対的な安心があるから、私は本当に何でも話していて、それは1人では向き合うことが難しい種類のことでした。
コーチがいるから向き合えるって、コーチングの素敵な所!
他にも普通に話したら引いちゃうようなことも私は話していて、それもフラットに受けとめてもらいました。
イメージだけど、「血まみれになっても歩いて行く」って話しました。まあまあ怖い絵。
安心感の1つが前述した絶対的な信頼感。どんな時でも私の手を離されないっていう確信。
そして、いつも先に「大丈夫だよ」って伝えてもらっていました。
「大丈夫だよ」っていうのを伝えるは、出来ると思うのですがそれをいつも、しかも先に伝え続けることが出来る所が素敵な所です。
ふれるのが大変かもっていうことについて話していたので、そこで私の気持ちを汲み取って、先に安心できるように言葉で安心を手渡してもらっていました。
怖かったら選ばなくてもいいよ、出来る所まででいいよ、一緒にいるよって伝えてもらっていた。
安心していて、ともに作る場ではあるんだけど、安心できる場を作ってもらっていました。ほんとに感謝です。
けれど、それがやさしさ、安心感ではあるけれど甘いではないのが、唯一だなと思います。
そして、距離感にあると思います。
開かれている、オープンみたいな空気はそんなに感じません。
包容力とも違います。
だけど、絶妙な私との距離を保ってくれていたんだと思います。
私が尊重されていたはあると思うけれど、そして対等でもあったと思うけれど、その言葉たちではしっくりきません。
やっぱり「距離」だと思うんだけど、ここもう少し考えられるかもしれない。
私が人との距離感について注意を払っているからかもしれないけれど、程よい距離を保ってもらっている感じがします。
人との距離感のとり方のバランスが優れているんだろうなって感じます。
心地よいと思う距離をちゃんと保ってくれていて、だけどそれは踏み込まないよではありません。踏み込むことが必要な時は、踏み込む力もあると感じます。
それは、言葉にも感じます。
言葉の感覚が合わないがないんだ、って思いました。
センスということではなくて、ちょっとその投げ方では受けとれませんっていう言葉がない。
私のことを尊重してくれているから、粗い言葉があまりないんだろうなって思いました。丁寧とも違っていて、誠実さからきていると思います。
ちょっと言葉になった、近づいたか?
何でも受けとめてくれるという安心感があって、それが山ってイメージです。
何でも受けとめてくれるは、強さに支えられていて、何を言っても引かれないって感じていました。
引かれないは、私自身がふれたくないものを前に困っていても、それに対して引かないがありました。
一緒に見つめているものに対して、戸惑ったり動揺したりがない。
強さがあるから山でもあるし、厳しさがあるから山でもある。
その辺りの山ではなくて、北アルプスって感じの高い山です。
甘やかさない厳しさ
コーチングセッションで感じたのが、厳しさです。
セッションで厳しさいるの?って思われるかもしれないけれど、甘やかすがなかったと感じました。
尊重されているし、やさしさもあるんです。
だけど、引いてはいけない時、向き合うことが必要なタイミングというものが存在します。
また、1人で向き合うことが厳しいと感じている故に、私は気がすすまない、拒否したいっていう反応をしていて、だけどそれは本心ではなくて反射でした。
そこで、踏み込むのやめましょう、ではなくて強さと厳しさで、甘やかすのではなくて、踏み込んでみましょう、大丈夫だよって励まし続けてもらいました。
ほんとに無理ならやめてもいいよの選択肢はもらっていました。
そこに私は厳しさを見ていて、真剣みもあって、手を離されないって信じているから、話せたし向き合うことが出来ました。
手を離されないは、ともにいてくれるということです。どんな時もともにいてもらいました。
やさしさを推したい
強い所、真剣さ、真面目さ、責任感もひしひしと感じるのですが、やさしさもあるんです。
最高かよ!って思います。
強さとやさしさがあるんです。
だから、春の雪解けの季節なんです。かわいい高山植物のお花が咲いているイメージ。
人の弱い部分というか繊細な部分、光と陰があるよねっていう目で人を見ていて、コーチ自身が自分の陰のような部分を受け容れている。そこからやさしさは生まれている。
これはコーチに教えてもらったことです。
だけど、そのやさしさが周囲にあまり伝わっていないのでは?
(これ、誰かに分かるって言って欲しい…共有したい…。)
みたいに私の目からは見えているので、もっとやさしさを前面に押し出して欲しいというのが私の勝手な願いです。
笑顔にそれが一番出ていて、笑った顔がとても素敵です。
普段まとっている空気が、誠実さや真剣み、情熱という感じなので、笑った時にその空気がゆるむ感じが私は好きです。
明るい色のお洋服を着られていた時があって、それだけでだいぶ印象がやわらかくなっていた。
コーチングする時は、明るい色のお洋服を着て欲しいって思いました(おせっかいです!)。
このやさしさが自然とにじみ出てきた時(=相手にも伝わる)、強さはもうめちゃくちゃあるので、それもまっすぐに見つめてくれるので、無敵になるって思っています!
誠実さ
責任感、真剣み、真面目、強さとという言葉にしてきましたが、その全ての土台が、誠実さにあると思います。
人と関わる上での基本的な態度に誠実さは必要。
どんな誠実さかというと、まっすぐになる。
相手に対してはもちろんだけど、自分に対しても厳しいんだなって思っていて、人に対して誠実は多くの人が持ち合わせているんだろうけど、自分に対しても誠実であろうとしているのが素敵だと思います。
決めたことにはまっすぐに向かっていくし、周りのことを考える誠実さも感じます。
コーチングをどんな人に届けたい?のビジョンから私はそう感じました。
どんな場においても誠実さ、真剣みを感じていて、発言をきちんとされている姿から、誠実さも真面目さも感じています。
論理派
あまり私は、自分と重なる所がないのでは?と思っていたけれど、書いてみたら意外と共通点があるかもしれない…。
論理的に考える所、私にもあって、責任感も真面目さも私の中にあるので、そういう所は似ているのかもしれない。
あまり重なりがないと思っていて、だからなんでこんなに大好きになるのかな?って理由に見当がついていなかったけれど、重なりあるんだ!
コーチングで話を聞いてもらった、自己開示したから大好きになっているのではなくて、それを差し引いても私は素敵な人だと思っている理由がイマイチ自分の中で分かっていませんでした。
物事を整理して冷静に見られる、考えられる、合理的に考えられる所があって、ご本人がそれをリソースとして見ているかは分からないけど、コーチングにもそれは反映されていると感じます。
道が見えている、ある程度自分で見通して、かつ学びを使う、実践してみるもとても高い精度でされていると思います。
また、その場で感じたことも踏まえながら、セッションを進めているんだなって思います。
頭で考えたこととそれを実践に結びつけて行動に落とし込めるのがすごい所だと思います。思考と行動のむすびつき、行き来がスムーズなんだろうなって思います。
学びの再現性が高いと思います。
客観の目
いつもご自身のことを客観的に見る目を持たれていると感じます。
私は、能天気に楽しいな~みたいにふわふわしている時は客観の目を失っているし、集中したり余裕がなくなると周りが見えなくなるのですが、常に俯瞰で見る目を持っているんだなって感じます。
その目が、冷静な感じがします。
メタ認知という言葉になるのかもしれないけれど、常にそれが出来ているんだなって思います。
しかも、その客観の目と会話しているように思います。リアルタイムでその目と会話して、修正ではないけれど、自分のことも相手のことも落ち着いて見ている感。
後から振り返るは出来ると思うのだけど、そのただ中で分析ではないけれど何が起きているかを感じて、行動を変えているのではないかなーと思います。
最後に、贈りたいことば
信頼の質感が特別だ。
なぜ私はこんなに信頼できるって確信できるのかな?に好奇心がわいて、それを糸口に素敵だと思う所を書きました。
このコーチになら話せるという直感が働いたのは、間違っていなかった。
何度も私は、このコーチでないと話せなかったと思っていて、その感覚はどこからきているの?が少しは言葉になったと思っています。
「大好き」という気持ちが持てることも嬉しいけれど、それよりもっと嬉しいのは、こうやって言葉でその中身をちゃんと伝えられることです。
ここまで読んで、受けとってくれているあなたにも感謝です。
春の雪解けの山のイメージは、こんな風に感じている所からきていました。
そして、意外と私との重なりがあるのかも?は新しい発見でした。
やさしさ推しなので、強さや誠実さはそのままに、やさしさを押し出してもらえると嬉しいです笑
私はあなたの強さに影響を受けていて、こんなコーチになりたいなの1つが強さも兼ね備えていることです。
ありがとうございました。
今日はこの気持ちを、noteに残します。
私の中に浮かんできた“あなたの姿”を言葉にしてみました。
もし、読んで感じたことがあったら、ぽつりとでもいいので教えてもらえたら嬉しいです。
“答え合わせ”ができたら、きっともっとあなたのことを知れる気がします。
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最後までご覧頂きありがとうございました。
このnoteは、私が感じた魅力を自由に綴った“まなざしの手紙”です。
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