③「好き」に気づくとどうなる?言語化マニアしのぶさんとのセッションを踏まえて ステップ
コーチングに全振りしているnahoです。まずは有償でコーチングを提供することが目標です。
私とクライアントさんが重なる所、提供したい(できる)価値とクライアントさんが欲しいと思ってもらえる所が重なる所、価値の明確化、コンセプト?を考え中です。
言語化マニアのしのぶさんのセッションを受けて、
しのぶさんのアドバイス「好き」に気づくとはつまりどういうこと?を考えたので、
ホップ・ステップ・ジャンプのステップを考えます。
しのぶさんのアドバイスその2「好き」に気づくとどうなるのか?
「好き」を大事に尊重したくなる
問い▶「好き」に気づくとどうなるのか?
楽しくなる!間違いなく人生が楽しくなる。
けど、これは飛躍し過ぎか。
「好き」に気づいただけでは、楽しくなるにはなりません。
それを行動に移せて初めて、楽しくなる。喜びや幸せ、わくわくする、躍動、そんな感情を味わえる。
どこに向かって歩き出したらいいのか方向が分かる
「好き」に気づくのは、コンパスを手に入れることと同じことではないかと思います(自己理解プログラムの影響)。
私で言う所の「価値観が分かって判断基準がはっきりしたから、人生の方向性が定まって迷うことが少なくなった」。
これに近いことが起こると思います。
「好き」は、人生を楽しく生きるため、私らしく生きるための大事な種。
育てていく、ともに歩いて行くための相棒。必要なもの。
嬉しいという感情がわいてくる
私、こんなことが好きなんだって気づけることは、私だけではなくて他の人にとっても嬉しいことで、自分を知ることの一部です。
自己探求の中の1つが、「好き」に気づくことだから、当然と言えば当然なのかも。
好きに気づくだけでも、嬉しいという感情はわいてくる。それが、分かっていないことだとさらに嬉しいと思います。
それを行動したくなる
気づいただけで終わることはなくて、「好き」に気づいたら、それをやる、それが欲しい、それに近づいていくという行動になっていくと思います。
好きなものに囲まれたいし、好きなことは体験したいし、好きな人とは一緒にいたい。
他の人にも分かって欲しい
私は、伝えたいにも結びつく。
これ、私だけかもしれないけど、コーチングが好きだな、楽しいなは、それを伝えたいにつながる。
だから、何かを「好き」って気づいたら、実際にやるのもだけど、他の人に分かって欲しい。という感情がわきます。
「好き」を大事に尊重したくなる
これ、結構大事なことかも。
「好き」に気づくと、それを大事にしたくなる。それを無視するとか壊すようなこと、踏みにじることはしたくない。
抑えつけたり、やっぱりなかったことにはしたくない。
「好き」は自分らしく生きるために必要な種であり、育てていくものだと思うから、大事に守りたい。
「好き」に気づくことは自己探求の一部だって書いたけど、「好き」っていろんな自分の構成要素の中でも私が思っていたよりもめちゃくちゃ重要なパーツなのでは?と感じてきました。
人間の臓器にも大事な臓器はたくさんあるけれど、心臓とか脳とかそんなレベルの大事な部分を占めていると思いました。
「好き」を尊重することは、私自身を尊重することでは?
重要なパーツというよりも、「好き」は、私自身だ、と言えそうな気がします。
「自分を大事にしてあげたい」につながる。
書き始めた時には、気づかなかったけど、好きを入り口に考えると、そこに行き着くんだ…!という気持ちです。
せっかく気づけたなら、守って、それを育てたい。
私自身だって言えるようなものであるなら、それはもう絶対守りたいし、大事に育てたい。
育てることが私に水やりしてくれる。元気にしてくれるし、生きる力そのものさえも与えてくれそうだ、と思います。
好きを大事にする、守り育てるには?
大事だと感じるので、この問いが立ちます。
何か私の「好き」を阻むものあるなら、それに立ち向かうことが必要です。なぜ、あらかじめそれが出来ない設定で考えているのか、私。
それは、私が自分の「好き」を諦めてきたことがあるからだと思います。
今はそんなことはないので、「好き」に気づけたなら行動しよう、それを掴みに行こうって私に言える。
けれど、「好き」に気づいていない所から、「気づく」へ一緒にたどり着いたとしたら、まずはそれを大事にしよう、守ろう、育てようねって私は声をかけると思います。
気づけたこと自体をまずは一緒に喜びたい。
話がそれました。
守る、育てるには、時間が必要。というのが思い浮かびました。
ここでは、具体的にどんな「好き」に気づいたのかまでは設定していないので、これ以上どうすれば「守り、育てられるか」の具体を考えるのは難しいです。けれど、それを自分で受け入れる時間が必要な気はします。
まとめ
何かもう考えてて、そんな所にたどり着くか!とびっくりと不思議と、でも私が大事にしたいことだ、という感じです。
クライアントさんと私が重なる所を考えていたのに、自分をコーチングしているような感じになりました。自己探求してる感じ。
私を主語に考えてきたけれど、これはそのままクライアントさんを主語に置き換えることが出来ると考えます。
自分のことが好き、自分のことを好きになりたい、自分を大事にしてあげたい
これらの言葉を見た時には、私にとってどれほど大事なことなのかということが分かっていなかったと思います。
けれど、今考えてみて、これは私にとってすごく大事なことで、「私らしく生きるんだ」ってそっちに向かおうとしている今、絶対にこれが良いに変わりました。他にもほやほやの時には、いくつか考えていたのに、もうこれ以外考えられないってなっています。
この感覚、何だ?
すごい。こんなに届けたい人や届けたいことに対して強い感情が芽生えるとは思っていませんでした。
「自分を大事にしてあげたい」「自分を好きになりたい」本当は皆、心の底では自分のことが好き。
ここを私は離したくない。
しのぶさん、ありがとうございます!!感謝です。
しのぶさんとのセッション、助けとアドバイスがなければ、ここまでたどり着けることはなかったと思います。一緒に考えてもらって、ありがとうございます。泣きそうです。
これを書いてる時には気づいてなかったけれど、次のnoteを書いてから、また戻ってくると、
私の「痛み」それもおそらく今まで生きてきた中で一番痛いと思っているものに書きながら無自覚にふれたのだと思います。
だから、泣きそうになったのだと思います。
私は、「もっと大事にして欲しかった」って思っていて、それはきれいな言葉にすると、「尊重して欲しかった」で、これは子どもの頃の私が抱えていた思いです。孤独、誰にもありのままの私は受け容れてもらえない(今はこの世界の見方を変更中です)にもつながっています。
それをまだ私は補えていなくて、補おうとしています。
「好き」を尊重することが私自身を尊重することであるならば、「好き」に気づいたらそれを壊さないで、なかったことにしないで!って必死になるのは、すごく痛かったし、今もこうやって痛いってなるからです。
過去の私のような人に届けたい
一番助けたい私が見えたと思います。
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▼続いて考えて途中でやめたことを考えた
「好き」なことをするには?私を育てるとは尊重すること
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