無言で気持ちを伝える“訓練”を子どもの頃してた、の話
想像の中で心を守る、小さな祈りの練習
アイオラさん
素敵でワクワクするテレパシーの練習の記事をありがとうございました!
私のラーメンの記事も紹介していただいて
このような展開になり
とても楽しく考えることができました。
アイオラさんが投げかけてくれた言葉。
無言の力について
面白おかしく書いていらっしゃいます☆
(コメント欄でにわにんさんは子供の頃真剣にテレパシーの練習をしてらしたことが明かされています😆)
その言葉に、ふとよみがえった記憶があります。
習字教室へ向かう道
ある冬の日、子どもの私は一人、
習字教室に向かって歩いていました。
手がかじかむ寒さのなか、ポケットに手を入れると、中には、どこかで拾ったお気に入りの小さな石が入っていました。
その石をポケットの中で握りしめ、
なぜか、その感触に安心しながら歩いていたのです。
ポケットの中の石は、わたしの“訓練道具”だった
今思えば、その石は、私にとっての
想像力を鍛えるための訓練道具だったのかもしれません。
私はその石を握りながら、こう思っていました。
「わたし、実はすごい力を持っている」
「神さまみたいな存在と、つながってる気がする」って。
握った石に力をこめて、
パワーをおくってました…
真剣に、必死に……
誰にも言わないけど、
私は心の中で願っていました。
「なにか気づいてないパワーをもっているかもしれない」
本気で信じていた…
でも、その想像が、
子どもの私の心を
ふわりと自由にしてくれていたんだなと。
今思えば、誰かに「気づいてほしかった」
今、思い返してみると、
きっと私はこう願っていたのかもしれない。
「私には、すごい一面があるって思ってほしい」
「困ったとき、誰かに助けてもらいたい」
でも、それを言葉にして言う勇気はなかったから、せめて願って誰かにパワーをおくってました…
誰か気づいてと。
それが無言で気持ちを伝える訓練だったのです。
思えばあの石は、
ただの “石” じゃなかった。
石を使って
言葉では言えず、心の中で発信していたのは
そうやって、
・想像の力で自分を支える方法
・自分の価値を自分で信じる練習
・言葉にしないで心を守る訓練
そんなふうに、
“石” は、私の「心の安全基地」になっていたり、想像を広げるスイッチだったと思います。
今も、その訓練は続いているのかもしれない
子どものころに始めたあの訓練は、
きっと今も、形を変えて続いているのかもしれません。
無言の圧力として…
ラーメン屋さんで発揮できました…
ちょっと笑ってほしい悲しい結末。
その記事はこちら▼
にわにんの一言
目に見えないところで、
誰にも言わずにやってきた“練習”って、
ちゃんと今とつながっている。
あの頃の私、
よくがんばってたなぁって、
今なら言ってあげられる気がします。
思い出せてよかった。
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