光が届けてくれる朝の整え方
──『朝5分の光療法で始める、薬に頼らない「セロトニン」習慣』を読んで感じた、アドラー心理学の全体論
朝の光を浴びるだけで、心と身体がすっと整っていく。
Yukiさんの記事を読んで、そんな光の癒しを改めて感じました。
科学的な知見に基づきながらも、
どこか心に寄り添うような言葉のトーンがとても印象的で、
読み進めるうちに自然と呼吸が深くなるような感覚がありました。
「光」と「私」は、ひとつのつながりの中にある
アドラー心理学の全体論では、
私たちを「心」「体」「感情」「思考」といったパーツに分けて考えません。
それらすべてが協力し合って、ひとつの私という全体をつくっている
そんな考え方です。
Yukiさんが紹介している「光療法」は、まさにその全体論と響き合う方法だと感じました。
朝の光を浴びるという身体の行為が、
脳内ホルモン(セロトニン)を整え、
その結果として「気分」や「考え方」までもやわらかく変わっていく。
身体が動くと、心も動く。
それは、アドラーが語る「人間は全体として動く存在」という考えそのものです。
小さな行動が、全体としての自分を思い出させる
Yukiさんが提案する「カーテンを開けて寝る」「朝のコーヒーを窓辺で飲む」そして「日当たりの良い道を選ぶ」という3つのステップ。
それはどれも、特別な努力ではなく、
いまある生活の中に、光を取り入れる工夫です。
アドラー心理学の全体論では、 心と体は別々のものではなく、常にひとつの全体として動いています。
だから、
「気分が整ってから動く」のではなく、「まず体を動かすことで、全体が応答する」 という順序になります。
気分が上がらない朝、 カーテンを開けて光を浴びるという小さな体の動きが、 脳を目覚めさせ、心も少しずつ動き出す。
体が動けば、心も動く。 それは、全体としての私が、ひとつの方向を向いたのです。
光を浴びるたびに思い出す、「つながり」の感覚
朝の光を感じているとき、
私はただ「体に良いことをしている」だけではなく、
何かもっと大きなものとつながっているような気持ちになります。
太陽、空気、風、窓、街並み、そして私。
すべてがひとつの流れの中にある。
アドラーが語る共同体感覚は、本来、他者や社会への所属感・貢献感を指します。
光を浴びる瞬間に感じる「世界の一部である私」という感覚は、どこか懐かしい気持ちを思い出させてくれます。
Yukiさんの記事の中には、その感覚をそっと思い出させてくれるような、
やわらかいまなざしがありました。
光とともに、全体としての私を思い出す
朝の光を浴びる時間は、
バラバラに感じていた自分が、実はひとつの全体だったと思い出す時間。
心と体、感情と理性、
すべてが同じ方向を向いていたことに気づく、一日の始まりです。
もし今、少し疲れを感じていたら、
カーテンを少し開けて、光を感じてみてください。
心も思考も体も一つに。全体としてのあなたが目覚めます。
紹介した記事▼
Yukiさん
『朝5分の光療法で始める、薬に頼らない「セロトニン」習慣』
Yukiさん、心理学noteの共同マガジンにご参加ありがとうございます!
『一人で悩まず、みんなで支え合い、共に成長できる場を作りたい』
そんな想いから、このマガジン『心理学note🌱ステキなアドラー仲間』を始めました▼
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