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『夢追い人』Episode.35




今度こそはここで、この職場で、
ずっと勤めるものだと思っていた。

大好きな音楽に触れながら、
作家さんを支えて、
何なら会社ごと、もっと有名にしたい。

私ごときが、
何を大きなこと言っているのだと、
今となっては思う。
でも、未経験が故に、
良くも悪くも、
私は夢と希望で満ち溢れていた。





目の前の仕事を、
一つ一つ必死にこなしていく毎日。

社員の人数が少なかったので、
部署にチームがいるわけではなく、
それぞれに担当がある形だった。




作家さんとこんなことがやりたい!
こんなことを実現させたい!

社長との面談のたびに、
大きな夢の話をしていた私。
最初の方は褒められて、
実現させてください!と、
期待を込めて言われていたのだが…

実際は、
日々の目の前の業務をミスなくこなす、
それだけで必死だった。





提案書を書くまでは進むが、
その先の、
実現するための道になかなか進めなかった。
業界の中でツテもなければ、
アプリやソフトを使いこなすのも初めて。

確実に、
私1人では成功させることはできない夢。

それでも、
少しずつでも進めたらという一心で、
自分なりには一生懸命やっていたつもりだ。






そうやって
何とか食らいついてやっていた、ある日。


この会社で働き始めて、
2年近く経った頃だった。


実家に住む母に、病が見つかった。




幸い、
テレワークでも仕事が出来る立場だったので、
しばらくの間は実家に帰り、
母のサポートをしながらの生活を始めた。




母は「大丈夫だよ〜」と言っていたが、
何かあってからでは遅い。

ひと通りの検査が終わって、
今後の治療がしっかりと見えるまでは、
私が、気が気ではない。




どうか、
母が深刻な病ではありませんように…と
祈りながら過ごす毎日。




テレワークとはいえ、
会議や担当業務をこなしながら、
母の負担が減るように家事をサポートしたり、
心配で病院に付き添ったり。

あっという間に日々が過ぎていく。




病院には、
1週間に1回のペースで通っていた。
検査中は、2日続けて行くこともあった。

1人で大丈夫だから、という母に、
いや、一緒に行く!と言って聞かない私。

付いていかないという選択肢は、
私の中にはなかった。






「風邪をひいた」
「高熱を出した」
「手術をすることになった」
「入院することになった」

…小さな頃から今まで、
母は、家族に何かあった時、
必ず付き添ってくれていた。

母がいてくれることで、
どれだけ安心していたか。





心拍が上がらないように、
母は、病院までの道をゆっくりと歩く。
私も、歩幅を合わせて隣を歩く。





いつの間にか、歳をとったなぁ。

…いや、みんな、もちろん自分も、
月日が経つごとに歳は取っているのだけど。
気がつかない間に、
手のシワが増えたな、とか、
疲れやすくなってるな、とか。

生きていれば当たり前のことなのだけど、
いざ、目の当たりにすると、
なんだかこう、
胸のあたりがギュッとなった。




通院と検査をしばらく繰り返し、
投薬での治療が始まった母。

長年働いてきた職場を退職し、
体調の安定を優先する生活へと変わった。
母の中で、色々と葛藤もあったと思う。
責任感の強い母なので、
自分を責めることはしないでほしいと、
娘ながらに願うばかりだった。



父は、父なりに、
不器用ながらも母をサポートしようと
頑張っていた。
母の生活力、家事力はかなり高いので、
なかなか父もプレッシャーだったと思うが、
たまに空回りながらも頑張る姿は愛おしい。



しばらく実家に帰っていた私も、
ずっとテレワークをしていたので、
一度オフィスにも顔を出さねばと思い、
母が少し落ち着いたタイミングで、
都内の一人暮らしの家に戻った。


ひとりになって、
少し、冷静に今の状況を考える。




がむしゃらに
夢を追いかけたり仕事を詰め込んで、
自分の生活だけを考えてきた20代。

そして30代になり、
自分が年齢を重ねる=家族も年齢を重ね、
家族の中で何かあった時、
1番動ける位置にいるのは私だと気付く。






自分の生活も、もちろん大切。

だけど、
私にとって家族は、自分よりも大切。

いつ何が起こるかわからない世の中、
1日1日を後悔しないように生きたい。




本当の夢を叶えられなかった、
代わりと言っては何だけど…
私に出来ることがあるのならば、
今は、悔いなく家族孝行したいのだ。

まだ、私は何も返せていないから。





忘れたように見せかけて、
やっぱり、心の中には、
夢を叶えられなかった劣等感というか、
自分への不甲斐なさがずっと残っている。

だから、何か、
どうにかして家族に恩返しがしたい。

いろいろな形の恩返しがあると思うが、
今の私にとっては、それが、
家族のサポートを頑張ることだった。




とはいえ、

ずっと夢を見ていた場所に
1番、近いところで働けている今。




この仕事を、
もっと頑張りたい気持ちもある。
色々とタスクが重なって
キャパオーバーで大変な時期ではあったが、
大好きな音楽の世界だからこそ、もっと、
実力と知識を身に付けたいと思っていた。



家庭のサポートも入りながら、
どうにか、仕事とのバランスを
上手く取れないものだろうか…





何日も、何日も考えた。


どうするべきか…
どうすることがベストなのか。





自分がしたいこと。
自分がすべきこと。

この二つの線引きは、
簡単なようで難しい。





欲しいものが全て手に入るとも、
全てが思い通りにいくとも思っていない。

でも、
仕事も家庭のサポートも頑張りたい。

悔いがないように、出来ることはしたい。





悩みに悩んだ末、
私は、
会社に「業務委託」という形を希望した。



今でこそ、
テレワークという働き方が浸透しているが
コロナ流行の初期は、
まだテレワークに対して、
社内では「異例の働き方」という空気だった。


少しずつ感染対策が緩和されていくと、
みんな当たり前のように毎日出社する。







社員で居続けるのであれば、
もちろんそれは条件として残るだろう。

けれど、毎日出社となると、
もし母に何かあって急に時間を要した時、
すぐに行ってあげる事が出来ない。

もしそれで仕事を優先して、
その間に母に何かあったら…

きっと、私は一生後悔する。







いや、何もそこまで…
と思う人も多いかもしれないが、

母の病気が見つかった場所が
心臓だったこともあったのと、
ちょうど、
母のサポートに実家に帰っていた時期に、
身内での悲しい別れもあり、

「いつ何があるかわからない」
ということに、
私もすごく敏感になっていた。








勤務時間に縛られずとも、
任された仕事は責任を持って行い、
報酬を得る。


そのような働き方を調べたら、
業務委託という契約の方法があると知り、
実際、私が担当していた業務は
PCがあれば成り立つ内容が多かったので
これなら、仕事と家庭の両立が
実現できるのではないかと思ったのだ。






自分の中で言葉を整理して、
その旨を社長にお願いした。






それまでも、
親身に融通を効かせてくれていた社長。

更に自分の要望を言ってきた私が
あまり良くは映らなかったようで、
思っていたものとは
違う反応が返ってきた。







社長が求める働き方と、
私が希望する働き方の違い。

きっと、
仕事に対する意欲が薄まったと
捉えられたのかなと思う。

そんなことはないのだが、
そう思われても致し方ないな。






結果として
業務委託という形にはなれたが、
担当する業務は減り、
報酬も、当初希望していた額の
1/3程度となることが決まった。

これでは生活が出来ない…


そんな時だった。






たまたま出会った、とある方から、

「仕事を探しているなら
 話を聞いてみて欲しい人がいる」

と声を掛けられた。






私が
音楽系や舞台に携わる経験があることと
保育士経験があることを話していたら、

「ちょうど探してる人がいる!」と。






連絡先を交換し、
その人と会う日にちを決めて、
あっという間に当日が来て、
その日のうちに、
新しいお仕事を手伝うことが決まった。





あれよ、あれよと…
気持ちが追いつかない速さで。

そんなに人生で徳を積んできた感覚はないが、
タイミングの凄さと、
人に恵まれていることを改めて感じる。






年齢を重ねると共に、就職活動も
難しい、と感じることが増えてくるので、
紹介していただけるのは大変ありがたい。



ダブルワークで
家庭のサポートなんて出来るのか…?

不安はないと言えば嘘になるが、
せっかくいただいたご縁なので、
やってみなきゃ分からない精神で、
ひとまず挑戦することを決めた。




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