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これからnoteをはじめる内向型へ

こんにちは。
内向を拗らせて1日で本を3冊読む新記録を達成した内向的なさかなです。

さて。今回は、これからnoteをはじめる予定の内向型さんへメッセージを書いてみました。

内向型はファンを
作らないほうがいい。

これが、フォロワー2,833人のnoteアカウントを消して内向的なさかなを作った私からのメッセージです。

この記事でいうファンとは、人そのものを応援してくれるって意味です。記事を気に入ってもらうのはまた別の話。

私がアカウントを消した理由で一番大きいのは、ファンができちゃったことです。

できちゃったというか、ファンを作る行動をとってたのがいけないんですが、それがとてつもない失敗でした。内向的すぎる自分にとっては。

応援していただくってすごくありがたいことで、noteにおいてファンを作ることは収益化にも繋がりやすいし、メリットがいっぱいある。

でも、ファンがつくと、やっぱり大切にしなきゃって思うんです。で、ファンに喜んでほしいとか、応援してくれる人に恩返ししたいって思いもうまれてくる。

そうなったらめっちゃ大変で。
応援に応えなきゃっていう強迫がはじまります。私の性格の問題もあるかもしれませんけど。

私は間違えて、人の魅力で気に入ってもらおうという方向で活動をはじめちゃって。人として気に入ってもらえるように配慮して記事を書いたり、コメントに全部返信したりもしてました。

それでだんだんと交流がメインになっているように感じて、めっちゃストレスすぎるなと思ってアカウントを削除。で、内向的なさかなとして再デビューしました。

その失敗を活かして、今は、ファンを作らない、交流をしない、をモットーに活動してます。

最初から「ファンを作らない」と決めておけば、自分らしい発信ができるっていうメリットにもなるし、なにより疲れません。

応援され疲れってあると思うんですよね。

ファンって、「人」を応援する文化だと私は感じているので、応援の対象が書いたものじゃなくて自分自身に向くと、「それじゃない感」が出てきてしまうというか。

この「それじゃない感」が、またやっかいだなと思っています。なんでしょうね。応援してくれてうれしい。うれしいのに、なんでこんな気持ちになるんだろう。って、自分でも理解できない苦しさとして感じてしまうことがある。

これは私の考えですけど、この苦しさは「これって人間関係じゃね?」って脳が判定しちゃうからだと思っています。

自分が書いたものを読んでもらうだけなら、自分と読者が結ばれてるわけじゃなくて、書いたものと読者が結ばれてるだけ。

記事の内容を好きになってもらうのと、人を好きになってもらうのは結構違う気がしています。前者は記事と読者の関係だけど、後者は作者と読者の関係になる。

読者と自分が接続されちゃうと、人間関係になっちゃうんですよね。

それがしんどい。

だから私は個人的に、内向型はファンを作らないほうがいいんじゃないかなと思っています。

ただ書いて、読んでもらう。
主役は記事の内容で、自分は脇役というか、モブでもいいですね。

人としての魅力を打ち出して好きになってもらうとか、書くこと全部に共感してもらうことを目指すんじゃなくて、ひとつの考え方をつまんで持って帰ってもらう感じです。

これが、内向型が楽でいられるnoteの活動の仕方かなと私は思ったので、今こうしてnoteでのびのび泳げています。内向的なさかなとして。

内向型さんは、「ファンを作らない泳ぎ方」してみてはどうかな?というメッセージでした。

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