原爆の日に思うこと。
8月6日。
毎年、朝起きると、「ああ、原爆の日だ」と思います。
ニュースでは毎年、広島の原爆ドームが映されています。
原爆、と聞くと、必然的に戦争の話になるものです。
特に8月は戦争特集なども増えるし、当時にタイムスリップしたような気分になります。
あの戦争が終わって、今年で78年も経つそうです。
もうすぐ80年。
1人の人間の一生の年数に近づいています。
特にここ数年では、戦争について皆さんの関心も高まっていることと思います。
戦争というのは、ある国の利益と、他の国の利益が相反した時に起きるものだと思います。
例えば、ロシアにはロシア側の、ウクライナにはウクライナ側の、それぞれ国益に対する言い分があります。
どちらかが100%間違っている、というよりも、どちらの言い分により正当性があるか、なのかもしれません。
原爆の日を迎えた、1945年もそうでしょう。
日本には日本なりの、大東亜共栄圏という大義があった。
アメリカにはアメリカなりの、自由・民主主義の戦いという大義があったのでしょう。
それでも、最終的に勝ち負けはありますし、ある程度善悪もはっきりしていきます。
「2度と原爆の悲劇を起こさないように…。」
そのような報道が飛び交いますが、「誰が起こした悲劇」で、「誰が反省すべき」なのか、主語のない曖昧な国だな〜と思ったりもします。
正しくは、原爆はルーズベルトが許可し、アメリカ軍が起こした悲劇。
そして、ダラダラと戦争を続け、降伏しなかった日本が引き寄せた悲劇。
反省すべき要素は、双方にあるでしょう。
いつぞやのオバマ大統領が広島を訪問した際、原爆投下を「空から死が舞い降りてきた」と詩的に表現したのを覚えています。
いや、空から死は降ってきません。
必ず、爆弾を落とした「人」がいるはずです。
結局、国のトップが歴史上の善悪を判断したり、発言する事は許されない空気なのかもしれませんね。
今を生きている私達の多くは、すでに戦争を知らない世代かもしれません。
戦争体験を伺って、当時の悲惨さを知る事は貴重な機会です。
でも、ただ悲しむ、恨むだけでは何も解決しないと思います。
大切な事は、過去の敗戦体験から何を学び取り、教訓にしていくかではないでしょうか?
国も個人も、挫折を乗り越える方法は同じ。
過去の教訓を未来に生かす事。
子ども達のためにも、未来に向けて前進していきたいですね。
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