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恋人の死・トラウマを描いた「100%の恋愛小説」―村上春樹の『ノルウェイの森』①

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2月第1作目には村上春樹『ノルウェイの森』を取り上げます。

『ノルウェイの森』は、1987(昭和62)年に発表された村上春樹氏の第五作目の長編小説です。
この作品が上・下巻合わせて四百三十万部を売るベストセラーとなったことで、村上春樹ブームが起きました。
ノーベル文学賞にもっとも近い日本人とも言われる村上春樹自身が「100パーセントの恋愛小説」と評した代表作。
大人の教養としても、ぜひ知っておきたい一作です。



『ノルウェィの森』―恋人の死・過去のトラウマ…「100パーセントの恋愛小説」と村上春樹自身が評したミリオンセラー



村上春樹(1949~)

京都府生まれ。
小説家、アメリカ文学翻訳家、エッセイスト。
早稲田大学第一文学部卒。
1979年、群像新人文学賞を受賞した『風の歌を聴け』でデビュー。
1987年発表の『ノルウェイの森』がベストセラーとなり、村上春樹ブームが起きる。
海外でも人気が高く、フランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞し、以後ノーベル文学賞の最有力候補と見なされている。

代表作品『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』『1Q84』など



【書き出し】

僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。

その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルク空港に着陸しようとしているところだった。


【名言】


「私のことを覚えていてほしいの。私が存在し、こうしてあなたのとなりにいたことをずっと覚えていてくれる?」

「他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる。」

「たぶん我々はあのとき会うべくして会ったのだし、もしあのとき会っていなかったとしても、我々はべつのどこかで会っていただろう。とくに根拠があるわけではないのだが、僕はそんな気がした。」

「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ」



【あらすじ】


 雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、スピーカーからビートルズの「ノルウェイの森」が流れ出した。

三十七歳の僕は、一九六九年の、もうすぐ二十歳になろうとする秋の出来事を思い出し、激しく動揺していた。

 高校生のとき、僕にはキズキという友人がいた。

直子はキズキの幼なじみで、恋人でもあった。

キズキと直子と僕は、よく三人で過ごした。


 キズキの葬式から二週間くらいして、僕と直子は一度だけ会った。

 キズキは、自宅のガレージで死んでいた。自殺だった。


 何もかも忘れたかった僕は、高校を卒業すると、神戸を出て東京の私立大学に入った。

 五月半ばの日曜日の午後、僕と直子は一年ぶりに、中央線の車内で偶然再会した。直子は東京の女子大に通っていたのだ。それから、我々は殆ど毎週会うようになった。


 大学二年の四月半ばに、尚子は二十歳の誕生日を迎えた。僕は直子のアパートに行き、ケーキとワインでお祝いした。

 その日の彼女はどこかおかしく、1人で四時間以上しゃべり続けた。気がつくと、彼女の目からは涙がこぼれ、激しく泣いた。僕はその夜、直子を抱いた。

 その日から、直子と連絡がつかなくなった。直子の実家の住所に手紙を書くと、七月の初めになって、ようやく返事が来た。そこには、大学を休学して実家に戻っていることや、神経を休めるために東京にある療養施設に入ることなどが書いてあった。

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