見出し画像

三大宗教の聖地エルサレム③キリスト教の聖地として

いつも記事をお読みくださり、本当にありがとうございます。

数回にわたり、今問題となっているイスラエルについて学びを深めてきました。

最初の記事では、現在進行形の問題であるイスラエルとハマスについて取り上げました。↓↓

次に、イスラエルの中でも、3大宗教の聖地エルサレムに焦点を当てて記事を書いています。

エルサレムは、なんとユダヤ教・キリスト教・イスラム教3つの世界宗教の聖地です。

ユダヤ教の聖地としてのエルサレムをご紹介した記事はこちら。

イスラム教の聖地としてのエルサレムをご紹介した記事はこちら。

そして今回は、キリスト教の聖地としてのエルサレムに迫っていきたいと思います!

キリスト教についておさらい!

キリスト教とは、イエスを救い主(キリスト、メシア)として信仰する宗教です。

「旧約聖書」、「新約聖書」を聖典としています。

ひとくくりにキリスト教と言っても、ローマ・カトリック教会、東方正教会、プロテスタント諸教会など、さまざまな教派に分かれています。

世界における信者数は約23億8200万人(2020年時点)で、世界人口の約三割を占めています。

すべての宗教の中で一番人数が多く、イスラム教・仏教と並ぶ世界三大宗教の一つです。

キリスト教では、神の国の福音を説いたイエスが、人類の罪を救うために自ら十字架に架けられ、復活したものと信じられています。

キリスト教教派のほとんどは、「父なる神」と「その子キリスト」と「聖霊」は一体である、とする「三位一体」の信仰を持っています。


キリスト教の成り立ち

キリスト教は、基本的にはユダヤ教の教えを一部引き継ぐような形で始まっています。

しかし、イエスにより、従来のユダヤ教の踏襲だけとは違う、新しい教えが説かれていきました。

キリスト教の神は、天地創造の神であり唯一絶対の存在。

イエス・キリストはその教えを延べ伝える神の子です。(後世、三位一体説によって、イエスも神と一体の存在として、崇拝の対象となっています。)

イエスによる布教活動はガラリヤ(現在のイスラエル北部地域とヨルダンの一部)で始まっています。

イエスによる活動期間は3年と短いものでしたが、その後も、弟子たちが宣教活動を行い、世界宗教にまで広がりました。


キリスト教の聖地としてのエルサレム

イスラエルのガラリヤ湖畔やエルサレムは、イエスが2000年前に実在した場所でもあります。

そのため、全世界のキリスト教徒は、イエスの足跡を辿るように、エルサレムを訪れます。

イエス・キリストが地上に現れ、教えを説いたのは、紀元前30年頃。

この頃のエルサレムは、ローマ帝国のユダヤ属州とされていました。

イエスは属州総督のピラトゥスによって処刑されたと言われています。

キリスト教では、イエスの死後に起こった「復活」が大きな意味を持っています。

処刑の3日後にイエスが「復活」した姿を複数の弟子たちが目撃したことで、弟子によるキリスト教の布教運動が本格的に始まり、世界中にキリスト教が広がっていきました。

イエスが最後に処刑された地がエルサレム。

復活を遂げたのもエルサレム。

そして、新約聖書の黙示録には、将来的に、エルサレムは再臨したイエスが治める王国の首都となると記されています。

エルサレムはキリスト教の復活信仰の原点の地であり、イエス再臨の約束の地のため、全キリスト教信者にとって大切な地なのです。


聖墳墓教会

聖墳墓教会(引用:Wikipedia)

エルサレム市街地(東エルサレム)にあるキリスト教の聖地が、聖墳墓教会です。

聖墳墓教会は、イエスが十字架に磔にされたゴルゴタの丘の上に建っていると言われています。

教会内の中央のドームに、イエスが埋葬され、3日後に復活を遂げたとする「石墓」が存在しているそうです。

実際には、二度のユダヤ戦争でエルサレムが破壊され、その後ローマ風の都市へと再開発されてしまった関係で、ゴルゴダの丘の位置の特定が難しくなってしまったそうです。

ただ、歴史書により、エルサレムの城壁周辺にイエスの処刑場があったことは間違いなく、このあたりでないか、とは想定されているそうです。

『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ画(引用:Wikipedia)

つまり、聖墳墓教会とは、イエス・キリストのお墓の上に建っているから「聖墳墓」なのですね。

エルサレムは、イエス・キリストが処刑された場所としてお墓があり、復活も目撃された場所!

ということで、エルサレムがキリスト教徒にとって、大変重要な場所であることが分かります。


イスラエル・イエスゆかりの地

エルサレム以外にも、イスラエルにはイエスにゆかりの深い土地が沢山あります。

イエス・キリストの足跡を、一つひとつ噛みしめるように辿っていく巡礼者の姿は、古代から変わらない風景です。

主な場所を紹介しましょう。


ナザレ

受胎告知教会(引用:Wikipedia)

ナザレに住んでいたヨセフの許嫁・マリアの元に大天使ガブリエルがやってきて受胎を告げたといわれています(受胎告知)。

これを記念してナザレには受胎告知教会が建てられ、マリアが天使の声を聞いたという言い伝えのある井戸も残されています。


聖誕教会

聖誕教会(引用:Wikipedia)

イエスが生まれたとされるベツレヘムの聖誕教会。

聖誕教会は現在のパレスチナ自治区にあります。

ヨセフがマリアとともにベツレヘムへと帰っている途中、マリアは産気づき、出産したといわれています。

「マタイによる福音書」では、東方から星に導かれて3人の博士がイエスを訪問しにくる、という「東方三博士の礼拝」が有名ですね。

聖誕教会はまさに、東方の三博士がやってきた場所でもあります。

「ユダヤの王になるべくして生まれた子」という預言があり、これを恐れたヘロデ王はベツレヘムへ追手を向かわせたといいます。


ガリラヤ湖

ガリラヤ湖(引用:Wikipedia)

ガリラヤ湖畔は、イエス・キリストが伝道してまわったと伝えられる地です。

有名な「山上の垂訓」が説かれたのもこのガリラヤ湖畔。
12弟子のうち、ペテロなどの数名がこのガリラヤ湖畔の漁師であったと言われています。


ヨルダン川

ヨルダン川(引用:Wikipedia)

イエスが洗礼者ヨハネに洗礼を受けたとされる場所です。

当時、ヨハネ(バプテスマのヨハネ)はユダヤの人々に正しい道を説き、洗礼を施しており、とても人気がありました。

若きイエスもまた、ヨハネによる洗礼を受けて、自らの道を歩み始めたといいます。


現代のキリスト教徒とエルサレム

現代においても、キリスト教徒によるエルサレムおよびイエスに関連する聖地への巡礼は続いています。

今回、イスラエルとハマス(イスラム過激派)による戦いには、直接的には関わっていないものの、キリスト教徒にとっても、エルサレムは大切な地になります。

エルサレムがキリスト教の聖地ではなく、イスラム教、もしくはユダヤ教のみの聖地になることなど、到底考えられない場所だと思います。

また、イエス降誕の地であり、聖誕教会のあるベツレヘムはパレスチナ自治区です。

パレスチナとイスラエルの戦争は、キリスト教の聖地を直撃する問題となるでしょう。

聖地のあるエルサレム(イスラエル)を護りたいというのが、敬虔なキリスト教徒の一般的な願いなのではないでしょうか。(その分、怒りの矛先はハマスに向かいそうです……)


<まとめ>

いかがでしたでしょうか?

今回の記事で、エルサレムがキリスト教発祥の地であり、イエス・キリストにゆかりのある地が沢山残されている地域だということが分かると思います。

現在、ユダヤ教徒とイスラム教徒の紛争のさなかにあるイスラエルですが、キリスト教徒にとっても、エルサレムやパレスチナ地方が大切な土地であることが伝われば幸いです。

長い長い歴史を持つ、大切な聖地になります。

エルサレムがイエス再臨の地として待たれているならばなおさら、平和裏な落としどころが見つかることを望みたいものです。

最後までお読み下さり、誠にありがとうございました!


※自己紹介はこちらになります!


Xアカウントはこちらです↓↓
(1) 仲川光🌸(@nakagawa1510)さん / X (twitter.com)
英語学習用X新アカウントはこちらです!↓↓
ひかり🌸大人のためのやり直しEnglish(@HIKARI7English)さん / X (twitter.com)


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集