清潔感のある日本の小説10選④
④川端康成「十六歳の日記」
日記はこれでおしまひだ。この日記を書いてから十年後、島木の伯父の倉で私が見つけた日記はこれだけだ。中学校の作文用紙に三十枚ほど書いてある。多分これだけしか書かなかつたのだらう。この後は書いてゐられなかつたのだらう。なぜなら、祖父は五月二十四日の夜死んだのだから。そして、この日記の最後は五月十六日だ。祖父の死の八日前だ。十六日以後は祖父の病気が一層悪くなつたり、家の中が混雑したりしたので、日記どころではなかつたのだらう。
「十六歳の日記」の「あとがき」の冒頭部より引いた。
川端康成が自ら「処女作」と呼ぶ作品には複数あるが、執筆時期としては十六歳(満年齢では十四歳)のときに書いたというこれがいちばん古い。「言葉通りの処女作」ともいわれる所以だ。
だがじつはここには少し微妙な問題が潜んでいる。
この作品は、最も新しい全集(昭和五十九年に完結した三十五巻本全集)において読まれる最終形態に至るまで、かなり複雑な成立過程を経ている。その構成もまた複雑であるが、大きくは日記の本文、「あとがき」、「あとがきの二」の三つに分けることができる。
本文は作者が十六歳のときに書いたという日記の原文である。「あとがき」はこの作品の発表時、すなわち作者二十七歳のときに付されたものである(ただし初出――「十七歳の日記」という表題であった――では「あとがき」の文字はなく仕切り線があるのみ)。また本文にはところどころ括弧に括られた説明書きが挿入されているが、これも二十七歳の発表時に作者が加えたものである。「あとがきの二」は、十六巻本全集第二巻(昭和二十三年刊)の「あとがき」として五十歳の作者によって書かれた文章の一部(「二」の部分)が、十二巻本全集第一巻(昭和三十四年刊)の刊行に際して、「十六歳の日記」の作品それ自体に若干の異同を伴って統合されたものである。なおこの「あとがきの二」には新たに発見されたという日記の文章が引用されている。
作者が「言葉通りの処女作」と呼ぶ「十六歳の日記」は、後年書かれた「あとがき」を含む作品としての「十六歳の日記」ではなく、「あとがき」を除外した日記原文のことを指しているわけである。
しかし、その一方で作者は、「あとがき」を含めた全体を「十六歳の日記」の表題のもとに全集や文庫に収録することを許している。たとえば岩波文庫『伊豆の踊子・温泉宿他四篇』(昭和二十七年刊)収録の「十六歳の日記」では、「あとがき」は、「あとがき」の表示どころか仕切り線すらなく直に本文に続けられている。この一体化した全体を「十六歳の日記」と見れば、それは二十七歳時の作品ということになるだろう。
作品の内と外の境界が曖昧なのである。どこまでが本文なのか、判然としない。
こうした曖昧さ、こうした小細工には、ちょっとした面白みがあるともいえようが、しかし、所詮はその程度のものにすぎないともいえよう。
だがいえることはもうひとつあって、それはこうだ。十六歳のときに書いたというこの日記の原文を作者は、一個の紛れもない創作と考えていた。
「処女作」と呼ぶからにはそうなのである。
前日すなわち五月三日までの日記のように日記帳にではなく、作文用紙に書いたというからには。
そしてじじつ、「十六歳の日記」の日記原文にあたる文章はどこか小説めいている。いや、どこかどころではない。真に小説になっている。やはり冒頭部から引く。
五月四日
中学校から家へ帰つたのは五時半頃。門口の戸は訪問客を避けるためにしまつてゐる。祖父が唯一人寝てるのだから、人が来ては困る。(祖父は白内障で、そのころは盲目でした。)
「唯今。」と言つてみたが、答える者もなく静まり返つている。寂しさと悲しさとを感じる。祖父の枕元の一間のところで、
「唯今。」
三尺に近づき、きつい調子で、
「今戻つて来た。」
耳へ五寸で、
「今戻つて来たんや。」
「おお、さうか。朝からししやつて貰わんので、うんうん言うて待つて、今また西向きに寝返りすんので、うんうん言うてたんや。西向かしてんか。な。おい。」
「ぐつと、からだを提げて――。」
「ああ、そんでええ。蒲団着せといて。」
「まだ具合悪い。もう一ぺん、な。」
「そんな(七字不明)。」
「ああ、まだ具合悪い、やり直して、ええ。」
「ああ、楽んなつた。ようしとくれた。お茶沸いてるか。後でまた、ししさしてんか。」
「まあ、待ちいな。そないに一ぺんに出来るもんか。」
「はあ、分つたはるけど言うとかんとな。」
暫くして、
「ぼんぼん、豊正ぼんぼん、おおい。」死人の口から出さうな勢ひのない声だ。
「ししやつてんか。ししやつてんか。ええ。」
病床でじつと動きもせずに、かう唸つてゐるのだから、少々まごつく。
「どうするねや。」
「溲瓶持つて来て、ちんちんを入れてくれんのや。」
仕方がない、前を捲り、いやいやながら註文通りにしてやる。
「はいつたか。ええか。するで。大丈夫やな。」自分で自分の体の感じがないのか。
「ああ、ああ、痛た、いたたつたあ、いたたつた、あ、ああ」おしつこをする時に痛むのである。苦しい息も絶えさうな声と共に、しびんの底には谷川の清水の音。
「ああ、痛たたつた。」堪へられないやうな声を聞きながら、私は涙ぐむ。
「私は涙ぐむ」――この「私」の「私」くささのなさに自分は非常な清潔感を覚える。私小説の「私」ではなく一人称小説の「私」になっている。「私」の体温が低い。あるいは存在感が希薄である。「私」と書くことで逆に「私」が希薄化するという不思議。しかしこれは逆説であるというよりは日本語の特性であるといったほうが実情に適っている。日本の小説に清潔感をもたらす要素のひとつがここにもひとつ見つかったようだ。日本語らしさからの離脱、日本語らしさからの脱却、これもまた日本語であろう。あるいは「新しい感覚」か。
他方、日記本文に加えられた「あとがき」や括弧書きの作為性、あざとさが、小説と日記とのあわいになったこの作品の清潔度を減殺していることは火を見るよりも明らかだ。「(七字不明)」の小細工に漂う不潔感といったらないであろう。
「発表の際に下手な解説、後記をつけ加えたが、これはない方がよかったであろう」(「鳶の舞う西空」)。
同感といわねばならない。
