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自己紹介とSession設立の想い

はじめに

初めまして。株式会社Session代表の中島と言います。
Session社は「『響き合う』場を育み、明日を創る」をミッションとした組織開発パートナーです。

このnoteでは設立の想いとちょっと恥ずかしいですが、自分語りをさせていただければと思います。
少しお付き合いいただけましたら幸いです。


自己紹介


中島悠之介(なかじま ゆうのすけ)と申します。
慶応義塾大学を卒業後、双日株式会社に就職し、ベトナムやミャンマーの投資開発案件に携わっていました。その後、決済系のベンチャー企業に転職し法人営業を担当。マネジメントやチームビルディングを行っていき、同社の東証一部上場を経験します。

同社の急成長に伴って人や組織が変わっていく様子を見て「人の持つ可能性」を感じて2024年に独立を決意。現在では多くの企業様の人材開発や営業、リーダーシップAI研修などを実施しています。

「OSが変わる瞬間」が好き


ここから、少し昔に立ち返り幼少期から。
幼少期から無意識に、人の考え方や見ている景色が変わる瞬間が好きでした。アニメや漫画の中でも主人公が「変わる」瞬間があります。それを見るのが好きで、そこに自分を投影していました。人生で一番最初にはまったのはウルトラマンティガです。ティガが最後の敵に一度敗れるも、子供たちからの光を取り戻し再び立ち上がる姿に心打たれ、「これがいかに素晴らしいか」を母親にプレゼンしていました。

「変わる」瞬間というのは、スキルや能力が伸びる瞬間ではないと思っています。(もちろん、これも線形的な成長はもたらします)ただ、より非連続的な変化を生み出すのは、その人の感性や考え方が変わる瞬間です。これはパソコンで例えれば、アプリ(スキルや能力)ではなく、OSがアップデートされる瞬間といえます。このOSは外からは見えないが、我々の行動やひいては成果を形作る根幹と言えます。

OSは「外から見えない」が、全てを形作る根幹
スキルは線形/OSは非連続的な変化を生み出す


このOSの変化は人によって様々ですが、共通するのは「経験」→「内省」の反復であることは間違いなさそうです。そして、この「経験」のファクターは人によって異なるわけです。アニメでいえば、多くの場合主人公は「敗北」や「挫折」という経験を通じて「内省」し、そこに新たな気づきや発見が生まれて変化するわけですね。

僕の場合、人生の前半でこのファクターになっていたのは「」でした。
僕は幼少期から、ふらっと外に出ていってしまう人間でした。高校生の頃には、それが「一人旅」という形に帰結し、京都やアメリカに1ヶ月間行ってみたりするようになります。

当時の自分が旅に夢中になっていたのは、ちょっとの中二病心と新しい世界へのヒリヒリ感、そしてそれに伴って自分の世界の見え方が大きく変わっていく感覚でした。

特にアメリカへの一人旅で感じた西海岸の自由な雰囲気は強烈でした。
高校生当時、自分の意思と周りとの調和にモヤモヤしていた自分にとって、個を尊重する空気は非常に心地よかったのです。(ただ、これはアメリカという国において、半分Yesで半分Noということを知るのはもう少し大人になってからです)

アメリカ西海岸の開放的な景色

大学では、お金を貯めてバックパックで世界を旅するようになりました。
ネットの画像で見るだけでは決してわからない経験がそこにはありました。明確な身体性(視覚のみならず、他五感を刺激される感覚。そしてより直観的な第六感的感覚)を伴うからこそのものです。

例えば
イスラエルで出会ったユダヤ人たちに感じたもともと自分が思い描いていたイメージとのギャップ。
南米を縦断する中で言葉が通じなくても人は分かり合えるんだと気づいた経験、そしてお金と幸福はイコールではないという気持ち
でも同時にお金は人を不幸から救うと気づいたカンボジアでの出来事。


南米ウユニ塩湖にて。標高4,500mで高山病に

他にも無数の経験をするのですが、これらの旅は自分のOSを著しく変えてきた経験として強くあります。

新卒時の挫折


そんな中新卒で、双日株式会社という会社に入ることができました。
しかも、東南アジアの投資開発案件という自分が希望していた部署です。商社に就職して自分の希望部署に行くことはなかなか出来ません。本当に幸運でしたし、周りの同僚や先輩の方々もすごくいい方々で、非常に嬉しく思っていました。

ただ、当時いろいろな不幸が重なります。
人生にはどこかでかならず巡りの悪い時が来ると思うのですが、この年は間違いなくそうでした。それらが積み重なり、眠ることが出来なくなり、ごはんを食べることも出来なくなってきました。
ある時、完全にベッドから起き上がれない日が来ます。

鬱病です。

どれだけ頑張ろうとしても動けない。だんだん動こうという気力さえわかなくなる。
ただ、天井を見上げて1日が終わる。徐々に何もわからなくなる。
そして何よりも恐ろしかったのが「自分の心の声」が聞こえなくなること。
暗闇にいるような感覚でした。この「心の声がなくなる」感覚は自分にとって致命的でした。自分は旅の中でも、もっと言えば人生の中でも、無意識に「心の声」を指針に生きてきた人間だったからです。

ただ、人には必要なタイミングで必要なことが訪れるのかもしれません。

当時の絶望のふちにいた僕を助けてくれたのが彼女(今の妻)でした。
「自分はもしかしたら一生働けない人間かもしれない」と弱音をはいた時に「それは大丈夫。私が稼ぐから」と言ってくれました。「かっこよすぎ。マジで一生ついていこう」と思ったのを今でも覚えていますw

転職


周りの助けもあり、徐々に心の声が戻ってきました。
自分はこのままじゃだめだ。このままじゃ俺は俺を肯定できない」という気持ちと、「何の価値がなくても自分のそばにいてくれる人がいる」という両面の気持ちを持つことが出来たんです。

その中で拾ってくれたのがネットプロテクションズという会社でした。
「後払い」というかなりニッチな領域のサービスを展開している会社でした。ただ、特にユニークだったのが組織設計です。
社長の柴田さんが最終面接で言っていた「この会社は”花束”のような組織と言えるかもしれない。理念という花束の根っこは共通している。ただ、それぞれの考えや意見は様々な方向に咲いていて、それがシナジーを生んでいる」この言葉を聴いて、なんて面白い会社なんだろうと思い、入社を決めました。
実際に働く人をみても、様々なバックグラウンドや考えを持つ人が多かったのです(抽象的な命題を考えるのが好きという共通点はあるのですがw)

この会社に入って初めて、「人や組織」というものに強い興味を持つようになりました。もともと人が大きく変わる瞬間に強い興味があったこと、そして今回の病気の経験、それらが「人」というのものに強い関心を持たせました。

そして、ここでコーチングに出会うことになります。
もともとは自分のように苦しんだ人を救うアプローチはないかと思い、カウンセリングを学んでいたのですが、その追加でコーチングを学ぶことになりました。ただ、コーチングの「人の可能性を拡張する」という考え方が当時の自分のまさに求めていたものだったのです。

また、同社では営業をしていくのですが、ありがたいことに多くの素敵なお客様に恵まれました。自分が提案することが企業の本質的な課題の解決になっていくプロセスは非常にやりがいのあるものでした。「営業ってこんなに面白いんだ」そのように感じることが出来ました。

ただ、その中でもっとも夢中になったのが組織の運営やチームビルディングです。営業も大好きでしたが、人が変わっていく様子やその仕組み創りが自分を夢中にさせます。チーム作りがたまらなく楽しかったのです。

そして時がたち、ネットプロテクションズは東証一部に上場していくことになります。外部環境の変化の果てに、働く仲間、そして自分が変わっていく姿、そこにはせわしなさと共に充実感もありました。この経験は自分にとって大きな財産です。
※同社が現在openworkでIT企業の評価No.1なのはこのような素敵な社員たちがいたこと、そして素晴らしい経営陣がいたことが理由だと思っています。

特に印象に残った仕事:場創り


上記の通りネットプロテクションズでは、自分自身が営業として非常に楽しく働いていました。もちろん辛いこともたくさんありましたが、仕事をしている中で、自分が一番やりがいを感じる瞬間がたくさんありました。それが再三出てきますがチームビルディングや組織運営です。もっと言ってしまえば「場創り」です。

例えば「Think Flat Camp」と呼ばれる中高生を集めたインターンがあります。そのインターンでは中高生がチームを組み、新しいビジネスアイデアを生み出します。大学生顔負けの人材たちです。彼、彼女たちはこの三日間様々な葛藤や対立を通じて成長していきます。
この経験を通じてOSが強烈に変化し、非連続的な変化をしていく様子を見せてもらったことは本当に素敵な経験でした。

その他、自分の部署で行ったチームビルディング合宿。チームのミッション・ビジョン・バリューを決めていくための1泊2日です。ここで企画運営やファシリテーションをやった際も、強烈なやりがいと面白さを感じました。

自分はこのように、場を創り、共鳴しながら新しい可能性が生まれる瞬間が本当に好きなんだとわかったのです。(当時は確信というよりも、なんとなく好きくらいの感覚でした)

最大のOS変化:子供の誕生


これまで自身の歴史やOSの変遷を書いてきましたが、自分にとって最大のOS変化のきっかけがあります。それは「子供の誕生」です。

3歳と1歳の娘(Geminiに絵にしてもらいました)

これまで自分は「何者かになりたい」という思いで走ってきました。「何か認められたい」「商社マンでいられなかった自分をどこかで満たしたい」そういう空白を埋めるために、目の前の仕事を必死にやってきたのだと思います。

しかし、子供が生まれた瞬間、娘が成長していく姿を見る中で
自分の人生の”主人公”が変わった」感覚があったのです。
何か「根源的なもの」が満たされた感覚を感じたのです。

そして、自分という人間を「自分」の視点のみならず「子供たちからの視点」で見ることが増えてきました。徐々にこんな問いが自分の中にあふれてきます。

今のまま進んだ俺は、この子たちにとってかっこいい父親なんだろうか
子供たちに胸張れるんだろうか

「NOではないが、思いっきりYESでもない」
というのが答えでした。

自分にとってのかっこいい父親像、それは安寧な場におらず常に挑戦を繰り返し傷を作りながらも笑っている大人でした。(電通から独立し経営者をしている父親の影響は多分に受けていると思います)

「後ろ盾のない世界で戦ってみたい」
それが自分の”心の声”として響いてきました。

ただ、僕は弱い人間なので、それでも独立には踏み出せずにいました。

しかし、人生は面白いもので、必要なタイミングで必要なことが起きるんです。

知り合いが「縄文人と同じ生活をしながら2泊3日過ごす」という謎(?)なプログラムをしていました。Reviveというプログラムなのですが、これは「縄文人と同じ境遇に立つことで、人間本来の生きる力を取り戻す」というコンセプトです。その時、「ここに行かなきゃ」という心の声が出てきて、西表島への航空券をすぐに買ったのでした。

西表島へ

実際に行ってみると本当に電気もなく、水もない、目の前には海だけ広がっており、自分の手元には銛のみ。海に入り、自分で獲物を突くしか生き残るすべがないのです。
最初は大変なところに来てしまったと思いました。笑

ただ、今でもあの感覚は忘れられません。みんなで海に向かい、獲物を突き、夜には真っ暗な世界の中で火を囲んで「あそこに大きな魚がいた」という実用的(?)な話から、「人とは何なのか」という話まで、自然と対峙する根源的な経験をすることができたのです。

Reviveに事例も記載


そして、「独立しよう」と決心することが出来ました。
生きるか死ぬかわからないヒリヒリとした感覚、あの中で立ち現れる自身の生存本能にある種の心地よさを感じたのです。それをビジネスの世界で実現するには「独立」が一番最適な道だと心から思えたのでした。

ご縁で紡がれたこれまでと天職の発見


独立のことははじめに妻に告げました。口から心臓が飛び出るというか、実際に飛び出ていたのですが、妻からは「やっと?ゆうのすけはいつかやると思っていたから遅いくらいよ」と言われて、再び「本当にかっこいいな」と思うことになりました。

ネットプロテクションズも卒業していくことになります。
同僚が強く背中を推してくれたことも本当にうれしかったのを覚えています。忖度なく最高の会社だなと思えました。

ネットプロテクションズを卒業

ただ独立はしたものの、完全にノープランです。どんな事業をやるかも決めていませんでした。まずは様々な会社に業務委託として働いていくことになるのですが、縁があって、ある日、研修講師をやることになりました。
しかも、決められたカリキュラムを行うのではなく、自身で企画、コンテンツ作成、講師としての実施まで全て行っていくものです。

今思えば、これはすごくありがたい経験でした。
というのも、これまで”研修”で教わるものにはどこか「教科書的」なニュアンスを感じていたのです。「そりゃあそうだけど、現場では使えないよ」という気持ちです。
まっさらな自分だったからこそ、働く中で見てきた「ハイパフォーマーが無意識にやっていること」を徹底的に言語化し、コンテンツに落とし込むことが出来たのだと思います。

研修初日は今でも忘れません。心臓が口から完全に飛び出ていました。
ただこの経験が今の自分を形作っています。結果として、この研修は非常に高い評価をいただきました。「人生で受けてきた研修の中で圧倒的に一番良かった」という声をいただき、その日は帰りの電車で涙があふれてきたのを覚えています。


緊張しすぎて、心臓が口から出ている様子

ここで、今でもSessionのベースとなっている「教える」のではなく「引き出し、結晶化させる」研修の基盤が作られました。

今の研修に本当に必要なのは知識の補充に加えて、参加者一人一人が持っているものを引き出し、他メンバーと話しながらそれを共鳴させていくことです。
教科書的な知識はもちろんですが、現場で働くからこその実践知やノウハウがあります。それは僕にはわかりません。ただ、それを観察し、インタビューしていきながら引き出していきます。
自分がやっているのは、その現場の実践知を言語化をしていく仕事です。(その会社にしかない独自のナレッジですね)

その言語化したものを、”叩き”として参加者に伝えていく。それをもとに参加者は「自分はどうだろうか?」を考え、自分のしていることを言葉にしていく。そして、他参加者と話しながら、新しい気づきが生まれていく。
このスタイルが生まれていったのでした。

これ以降、100を超える研修を行ってきましたが、今のところこの仮説は正しかったとおもっています。実際にこれらの研修の100%がリピートになっているためです。

Sessionの場創りの独自性

本当に意味のある研修は
①現場の知恵が言葉になること
②新たな発見や気づきがあること
③結果として強烈に自分事化されること

この循環が必須です。むしろ、そうでなければただの”つまらない”場になってしまう。そして、納得感が生まれ、行動につながっていくからこそ成果が生まれます。

これはある種、参加者のOSを変えていくプロセスなのだと思っています。

このコンテンツの作り方は自分の価値観や経験があったからこそプロダクトにできたのだと感じます。

旅を通じて得てきた経験、うつ病からの復帰、新天地での仕事、子供の誕生
様々な経験を通じて、「自分なり」の言葉にしOSを更新していく。
この自分の言葉にするという経験こそが、本質的な内発的動機を生み出し、行動につながっていく。
この信念があるからこその独自のスタイルでした。

現在はこの考えをベースに独自の場づくりモデルをもって事業を運営しています。
※具体的な事例はこれから出していこうと思います。

Sessionの設立


これまで、長い自分語りにお付き合いいただきありがとうございました。
最後に、Sessionをどうして作ったかだけお話しさせてください。

Sessionの理念

短い人生ながら、自分なりに様々な経験を積んできました。その中で感じるのは人は「響きあって生きている」ということです。
自分の内部の世界(心の声)と外部の世界を響き合わせながら、新しい発想や気づきを生み出していく。それが人間の面白く、興味深いところです。
旅や鬱からの復活、チーム創りに夢中になった経験、妻の存在、子供の存在、今一緒に働いてくれている人々、すべての人との「響き」を通じて僕は生きていくことが出来ました。

この「響き」をなんと表現したらいいだろう?と思った時、一番しっくりきた言葉が「Session」でした。
この言葉には、響きあいというニュアンスと”想定外の”新しい可能性を生み出すニュアンスを感じます。

例えば音楽におけるジャムセッション、コーチングにおけるセッション、そしてAIとの対話ですらそれをセッションと呼びます。
人は誰かと時間を共有する時(それはたとえAIでも)Sessionしあっているのだと思うのです。

人は「響きあい」を通じて変化していく

この”響きあい”のきっかけになっていきたい。
自分が得意な「場創り」を通じて。

それがこの会社の名前に込めた思いです。

そして、今多くの人が悩んでいるのは
・自分の内面の響きが聞こえないこと
・外の世界とそれを調律できない

ことなのではと思っています。

自分の内面の響きが聞こえない
これは、今でも多くの人の悩みです。これを聞こえるようにする一つのアプローチがコーチングなのかもしれません。外部からの期待や声に耳を傾ける中で、一番大事な自分の声が聞こえなくなってしまうことは多々あります。これは多くのところで言われていることです。

ただ、実は今立ち現れてきているもう一つの部分。それが
自分の内面と外の世界を調律できない
ということなのだと思います。
例えば、恥ずかしい話ですが僕は若いころ、仕事において自己主張が強い一方で、周りからの期待や信頼醸成を理解せずに突っ走ることの多い人間でした...

本質的には、内と外はどちらが偉いはありません。
本当に重要なのは両者を理解して、調律(アライメント)することだと感じます。

内面と外世界の調律(アライメント)がカギ

現在、外の世界は目まぐるしく変化しています。AIの存在はその最たるものでしょう。僕もAI研修は本当によくやるので、このテクノロジーの恐ろしさに絶句することがあります。
「もう自分はいらないんじゃないか」と感じる瞬間も多々あります。それでも、僕たちはこの加速度的に変化する世界の中で、自分の心にアンテナを立て、変化する世界と調律する。そして、それ自体を楽しんでしまうことが重要なんじゃないかと思うんです。

それを以下のステートメントにしたためました。

自分に驚こう。
世界との共鳴を、面白がろう。
境界線を超えた先に広がる、新たな可能性を掴み取ろう。

ここが一番大事に思っているSessionのスタンスです。

さいごに


Sessionはこれから様々なことをやっていきます。もちろん大変好評いただいた営業研修、そしてリーダーシップ研修、AI研修などをやっていきますが、ただ重要なのはその表面的なスキルももちろんですが、そもそもにある考え方であったり、そういったものを自分自身で、参加者の方自身で気づき言語化していくプロセスを大事にしています。

そしておそらく、スキルや能力といったものの代替が進みやすい世界では
その人ならではのOS」がより重要性を増してくるでしょう。
ここにアプローチしていくのがSessionです。

このnoteを読んで、もしご興味をお持ちの方がおりましたらご連絡くださいませ。
ぜひ、Sessionをこれからもよろしくお願いいたします!


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