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AI時代になぜ英語を学ぶのか考えてみた

こんにちは。mikanでアライアンス・メディア運営を担当している中丸です!
この記事は mikan Advent Calendar 2025 18日目の記事です。

17日目の記事は、UKさんの「LLM × MCP で iOS アプリの UI テストを自動化してみた話」でした。興味がある方はぜひ読んでみてください!

はじめに

突然ですが、あなたは AI 時代に英語を学ぶ意義をどう考えるでしょうか。

私は最近、とある場面でこの質問を投げかけられた時に
あ、自分は英語アプリの提供側にいるのに、この問題を全然考えられていなかった…
と気づかされ、ちょっとモヤモヤしていました。

そこで、このモヤモヤを解消するべく、関連する書籍を読んだりしながら、改めてこのテーマについて考えてみました。
このアドカレの機会に、それらを通して見えてきたもの、考えたことをまとめてみようと思います。

ちなみに、英語アプリの会社にいる以上、「AI時代にもできるだけ多くの人に英語を学んでほしい」という気持ちはもちろんあります。
ですが今回は、事業者側の目線はいったん脇に置いて、できるだけフラットに考えてみたいと思います。

もし自分が親や教師で、子どもから「AIがあるのに、なんで英語を勉強するの?」と聞かれたら、どう答えるか。

そんな問いを一緒に考えるつもりで、気軽に読んでもらえたら嬉しいです!


なぜ今「英語学習の意義」が問われるのか

そもそも今「英語学習の意義」が問われていることについて、改めて背景から整理したいと思います。
AI翻訳の進化によって、英語を理解するための障壁は格段に下がりました。

  • 読みたい文章は数秒で翻訳・要約される

  • YouTubeには自動字幕がつき、オンライン会議はリアルタイムで翻訳される

  • メールもチャットもAIが自然な英文に整えてくれる

正直、日常生活で英語ができなくても困らない場面は確実に増えてきています。私自身も英語学習事業に携わっていながら、英語の文章はすぐにAI翻訳に頼ってしまう場面がかなり多くなっています。

一方で、第二言語を習得するには依然として膨大な時間と労力が必要です。特に、日本語と英語は構造が大きく違うため、日本人にとって英語学習の負荷は相対的にとても高いと言われています。

だからこそ今、私たちはあらためて「それでも英語を学ぶ意味はどこにあるのか?」という問いを突きつけられています。

AI時代の英語学習の意義を3つに分けて考えてみる

この問いに対して色々な意見に触れる中で感じたことは「AI時代における英語学習の意義」は全員にひとつの答えを当てはめることは難しいということでした。
それは人によって、英語話者と接する頻度、生活や仕事の前提条件が異なるためです。
「これからはグローバル化が進むから英語は必須だ」と感じる人もいれば、「英語に時間をかけるより、別の分野に集中した方が合理的だ」と考える人もいます。

そこでここからは、「英語はやるべき/やらなくていい」という対立で語るのではなく、英語学習の意義を次の3つの側面から整理してみたいと思います。

  • コミュニケーションツールとして英語を学ぶ意義

  • 教養として英語を学ぶ意義

  • 学習のプロセスとして英語を学ぶ意義

先に結論から伝えると、いま私は「AI時代の英語」について次のように捉えています。

  • AI時代だからこそ英語でコミュニケーションができることは価値になるし、人生を豊かにする

  • リテラシーや教養として英語を学ぶ価値は変わらない(学びの深さや形は変わりうる)

  • 言語学習のプロセスそのものから得られるものは大きい

1. コミュニケーションツールとしての英語を学ぶ意義

ここでは、実用的なコミュニケーションツールとして英語を学ぶ意義について考えていきたいと思います。
私は、AI時代だからこそ英語でコミュニケーションができることは価値になるし、人生を豊かにする手段のひとつになる、と考えています。
その理由について、以下の2つの観点で考えてみたいと思います。

■ 翻訳のタイムラグの壁を超えるための英語

日本語と英語は言語の構造上違いがあるため、翻訳をするのにどうしても多少のタイムラグが発生します。
たとえば、

「彼の言っていることは正しいとは思わない」

という日本語を英語に訳す際、

「I don’t think what he’s saying is correct」

となります。
日本語では文の後半で意味が反転しますが、英語は最初に結論を置く言語です。そのため翻訳では 最後まで聞くまで訳し始められないという構造的制約があります。
会議や商談でこうした待ち時間が頻発すれば、議論のテンポは失われ、複数人では会話が成立しない場面も出てくるかもしれません。
これは言語の特徴によるもので翻訳技術がどれだけ進んでも、なかなか避けられない問題です。

だからこそ、海外の方と仕事をする人や、国際結婚などで英語話者との深い関係構築が必要な人にとって、このタイムラグなしでやり取りできることは大きな価値を持つと感じています。

■ AI翻訳では代替しきれない心を通わせるツールとしての英語

AI翻訳はとても便利になりましたが、人と人とのコミュニケーションをそのまま置き換えられるものではないでしょう。
他言語とのコミュニケーションにおいて大事なのは、相手の母語で話そうとする姿勢や、一生懸命言葉を選んで伝えようとする気持ちだと思います。
翻訳を挟むと、この「相手に寄り添いたい」「近づきたい」という気持ちはどうしても薄れてしまいます。

立場を置き換えた場合でも、完璧なAI翻訳の日本語を介しての会話よりも、多少つたなくても一生懸命話そうとしてくれる日本語の会話の方が、心に残ることは多いはずです。

私自身は特別な留学経験や英語話者との仕事経験はありませんが、国内でのファームステイで海外の方と一緒に短期間生活をしていたことが何回かあります。
拙い私の英語と、拙い相手の日本語でも、作業の合間や食事の時間に、ちゃんと気持ちが通じ合っていると感じられた瞬間には、なんとも言えない嬉しさがありました。

異文化コミュニケーションそのものにある喜びや満足感は、人間だからこそ味わえるものであり、AI時代になっても大切にしたい価値だなと思います。

2. 教養として英語を学ぶ意義

日本は日本語だけで快適に暮らせる環境が整っています。
英語に苦手意識を持つ人が多いのも、裏を返せば「日本語だけで不自由なく楽しく暮らせてしまう」環境が整っているからこそ、ある意味当然だと言えます。
世界がよりグローバルに変化したとしても、多くの人はこれまでと同じように、日本国内で日本語だけで生活を完結させることができるのだと思います。 たまに英語を使う場面が訪れたとしても、AI翻訳で十分に対応できる場面も増えていくはずです。

このような"英語なしでも困らない人"にとって、これからの時代に「英語を学ぶ価値」について考えていきたいと思います。
私は、AI時代でも、リテラシーや教養として英語を学ぶ価値は変わらないが、その学びの深さやバランスは変わっていくと考えています。

■ AIの出力を判断するためのリテラシーとしての英語

AIが高度化すると、私たちは「知識がなくても生きられる世界」に近づいていきます。
言語も、専門知識も、計算も、AIに聞けば一瞬で答えが返ってくるようになり、これからは「何も学ばなくてもいい時代」になるようにも思えてきます。
しかし実際には、何も知らない状態でAIを使いこなすことは難しいと考えます。
英語の文章をAIに翻訳させたとき、

  • 誤った解釈をしているところがないか

  • ニュアンスが変に変わってしまってないか

こうした点を判断するには、最低限の言語としての理解が必要になります。
たとえば、自分がほとんど分からない言語で、AIが作った文章をそのままその言語を母語としている人に送る場面を想像してみてください。 どこか落ち着かない気持ちになる人も多いのではないでしょうか。
これは言語に限らず、プログラミングなどどんな専門領域でも同じで、前提知識がなければ良い質問もできませんし、アウトプットの品質を見極めることもできません。

このようにAI時代の英語学習は、「すべてを自力で話すため」のものではなく、AIの出力を評価し、判断するためのリテラシーとしての役割を強めていくのかもしれません。

■ 異なる文化や価値観に触れるための教養としての英語

英語は単なる道具ではなく、異なる文化や考え方に触れるための入口でもあります。
言語には、その社会で当たり前とされている考え方や、何を大切にし、何を前提としているかが色濃く反映されます。
英語を学ぶことで、

  • なぜその言い回しが選ばれるのか

  • なぜその論理の組み立て方になるのか

といったことが、少しずつ見えてくるようになります。
たとえ会話が流暢でなくても、言語の背後にある文化や思考の癖を知ること自体が、教養として見える世界を少し広げてくれます
また、英語に限らず第二言語を学ぶことによって、自国の文化や考え方を客観視し、再認識することもできます。

たとえば私自身の経験でいうと、英語を学び始めた頃、友達に対しても先生に対してもほぼ同じ言葉遣いをすることに少し戸惑ったような記憶があります。
日本語では当たり前に行っている「立場に応じた言葉の使い分け」を、英語ではあまり意識しなくていいという発見は、価値観の違いを学んだ経験の一つだったと思います。

そのほか具体例を挙げると長くなり過ぎてしまうので、この辺りの話に興味がある方は、以下の書籍をぜひ読んでみてください。
言語学の視点から、言語の違いによる思考・文化の違いに焦点を当てて考察がされていて面白いです。


このように、今後AIのおかげで「実用的な英語を使えないと困る」というプレッシャーから少しずつ自由になって、リテラシーや教養として英語を学ぶ、という考え方も強くなっていくかもしれません。

それに伴って今までのような英語学習の形も少しずつ変わっていく可能性があります。義務教育で学ぶ内容やバランス、学び方なども、時代に合わせて変わっていくのかもしれません。

3. 学習のプロセスとして英語を学ぶ意義

最後に、私が考える「英語学習のプロセス」自体の価値についても触れておきたいと思います。
英語学習に限らず、言語学習は「わからないものを、わかるようにしていく」活動です。
単語を覚え、文法を整理し、アウトプットを重ねる。自分がどの段階でつまずいて、次に何をすべきかを考えて改善を重ねる必要があります。

たとえば、「リスニングが苦手だ」と感じたときは、原因を分解し、「語彙が不足しているのか」「どこが聞き取れないのか」「スピードについていけないのか」などを見極める必要があります。
この「課題を特定して改善する」という行為の積み重ねで、「できないことをできるようにする」ための素養が育まれていくと思います。
そして、このプロセスを繰り返していくと、小さな成功体験が積み重なっていきます。

  • 「昨日聞こえなかった音が聞こえた」

  • 「前より難しい文章が読めるようになった」

  • 「外国人に通じた」

こうした目に見える変化は、自己効力感を確実に高めてくれます。
英語学習は道のりが長く、進歩を感じにくい時期もあります。でもその分、成長が実感できた瞬間の喜びは大きく、「自分は努力によって変われる」という強い自信につながっていきます。

私自身も受験生の頃、志望校に合格できたのは英語をコツコツやってきた成果だと思いますし、そのプロセスで「やればできる」という実感も得られましたと思っています。

mikanのミッションとしても"小さな「できた」の積み重ねをずっと支える"を掲げていますが、まさに英語学習はこの小さな「できた」を実感しやすいものだと思います。

AI時代になり、全員にとって「英語を使えるレベルまで学習すること」は必須ではなくなったかもしれません。 でも、学ぶ過程で得られるこのような価値は、ぜひ残していきたいなと思います。

まとめ

以上のように、AIが進化したことで、英語学習の意味は多様化していくと考えます。

  • コミュニケーションツールとしての英語

  • リテラシーや教養としての英語

  • プロセスを考える力を育てる学習としての英語

あらためて私は、「すべての人が英語を深く、実用レベルまで学ぶべきだ」とは思っていません。
英語学習には、多くの時間とエネルギーが必要です。
大谷翔平選手が公の場であまり英語を話さないのも、野球以外のことにエネルギーを割かないという、選択の結果だと言われています。

人生の限られた時間をどこに配分するか。英語を「深く学ばない」という判断も、人によっては賢い選択になっていくかもしれません。
AI時代の英語学習は今まで以上に、全員が同じゴールを目指すものではなく、自分にとって必要なレベルを選んで学んでいくもの、になっていくのかもしれません。

mikanとしても、これからも学習者ごとに異なる英語学習の意味に寄り添い、時代の変化に応じてどのような学習を、どう提供していくのか、常に考え続けなければ、とあらためて気付かされました。

最後に

mikanでは積極的に採用を行なっております。
私たちもAI時代に取り残されないよう、AIを使って英語辞書を作ったり、業務のあらゆるところでAIを活用して、スピーディーにプロダクトを改善していっています。
そんなmikanやAI時代の英語教育に少しでも興味を持っていただける方がいたら、ぜひ気軽にご連絡ください!


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