#はじめて切なさを覚えた日
「あんな、おばあちゃんな。死んでしもうた。」
電話口で告げる父の声が震えていたのを、
怖いほど鮮明に覚えている。
あれから一年。
お盆まえ最後の仕事をなんとか片付け、
Google Mapに一年ぶりの駅名を入力した。
電車をいくつか乗り換えて3時間ほどバスに揺られると、
故郷の山が見えてくる。
あの山の麓におばあちゃんの家がある。
「この辺はクマが出るから、
食われないように気をつけるんですよ。」
おばあちゃんはオホホと上品に笑っていたけど
ぜんぜん笑い事じゃなかった。
家の裏にある竹藪から今にもクマがノソノソ這い出てきて自分を食べてしまうと思うと、もう怖くて怖くて、たまらなかった。
夜トイレに起きたときもこっそりおばあちゃんを起こして、ついてきてもらった。
「みんなには秘密ね!」
1人でトイレにも行けないなんて、笑われるに決まってる。
でも、おばあちゃんはまっすぐな目で、
「秘密を作ることに慣れたらいけませんよ。秘密というのは、大切な人との間にだけ作るものです。」
と僕をなでた。
「だから、今回はトクベツね。」
僕はそんなおばあちゃんが大好きだった。
こんなこともあった。
小学校の卒業式の前日、
みんなで昔のアルバムを見返していたときのことだ。
おばあちゃんは赤ん坊の僕と今の僕を見比べながら、
「あなたもいつのまにか大きくなって。なんだか、切ないねぇ。」
とつぶやいていた。
”切ない”という言葉がなぜだかひどく心にしみた。
もう昔には戻れないということが無性に怖くて、
おばあちゃんが元気でいてくれる時間が少ない気がして、
でも”切ない”って言葉には温かさもあって、
ふっと泣きそうになった。
「こういう時って、寂しいって言うんやないの?
”切ない”と”寂しい”ってちがうの?」
おばあちゃんならこの言葉の謎を知っているかもしれない。
「”寂しい”っていうのはね。大事なものがなくなってしまって、心細いときに出てくる言葉なんですよ。」
あいまいにうなずく僕を横目に、おばあちゃんは続けた。
「でもね。おばあちゃんの中には、あなたとの思い出がちゃーんと残ってるから、ちっとも心細くはないの。
あなたが中学生になって、高校生になって、大人になっても、寂しいなんて思わないわ。
だって、どんな時でも、どんなあなたも、おばあちゃんの心の中にいるんですから。
けれど、時間は止まらないし、あなたはおばあちゃんの知らないところでどんどん大きくなっていくから。
だから”寂しい”じゃなくて”切ない”のよ。」
やっぱり曖昧にうなずく僕。
おばあちゃんは可笑しそうに笑って、またアルバムに目を落とした。
「それにしても、あなた、この頃かわいかったわぁ。切ないねぇ。」
…いつのまにか眠ってしまっていたようだ。
降車ボタンを押してバスを降りる。
10分ほど歩くとおばあちゃんの家に着いた。
あの頃あんなに怖かった裏手の竹藪が、なんだか小さくみえた。
先についていたお父さんとお母さんと軽く話して、仏壇の前に座る。
おばあちゃんの遺影と目があう。
大丈夫だよ。寂しくないよ。
おばあちゃんとの思い出はちゃんと僕の中に残っている。
空まで聞こえるように、わざとらしくつぶやいた。
「切ないなぁ」
