SF小説 Memory Banker Ghost Block編 第22話|死後の記憶は誰のものになるのか?Memory Chain Bankという仕組み
帰りの足取りは、軽くならなかった。
はなは何度も振り返りそうになりながら、歩き続けていた。
ガラスの前。
あの影。
佐倉の言葉。
すべてが、頭の中でうまく繋がらない。
(なんで……私が……)
整理しようとするほど、何かが引っかかる。
考えが、途中で止まる。
気づけば、家の前だった。
玄関の灯りがついている。
ドアを開ける。
「……ただいま」
少しだけ遅れた声。
リビングから、すぐに返事が来た。
「おかえり。遅かったな」
父の声だった。
ソファから立ち上がり、はなの方を見る。
「何かあったのか?」
はなは一瞬、言葉に詰まる。
佐倉のことは、言えない。
代わりに、別の話を選ぶ。
「……友達の家に行ってて」
父は頷く。
はなは続ける。
「その子のお姉さんが……メモリーチェーン、買ったって」
父の動きがわずかに止まる。
「医大受験用のやつ。明日、承認を受けに行くって」
父はゆっくりと息を吐いた。
「そうか」
短い返事。
だが、否定はしない。
はなは、その反応を見ながら言葉を重ねる。
「ねえ」
少しだけ、声が弱くなる。
「チェーンって……どうやって同期するの?」
「失敗することって、ないの?」
父は、少し考えてから答える。
「基本は段階同期だ」
「いきなり全部は入らない」
「既存の人格チェーンに、ハッシュ付きで順番に接続していく」
はなは黙って聞く。
「思考の癖とか、判断のパターンとか」
「そういうものが、少しずつ重なる」
父の声は落ち着いていた。
「だから急激に変わることはない」
「違和感が出ないように設計されている」
はなは、小さく頷く。
「じゃあ……失敗は?」
父は首を横に振る。
「少なくとも、聞いたことはない」
「仮に異常が出ても――」
一拍。
「同期前の状態にロールバックされる」
「切り戻しだな」
「安全装置は、かなり強い」
はなの視線が少しだけ落ちる。
(本当に……?)
頭の奥で、何かが引っかかる。
ガラスの中の影。
あれは――
「……はな?」
父の声で、意識が戻る。
「大丈夫か?」
「うん……」
短い返事。
そのとき。
リビングのテレビから音が流れる。
ニュース番組だった。
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NATIONAL POLICY UPDATE
国家政策アップデート
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New Legislation : Approved
新法案 : 可決
Post-Mortem Memory Chain Utilization Act
死後メモリーチェーン活用法
Scope :
対象範囲 :
- Medical Support
医療支援
- Cognitive Assistance
認知補助
- Research & AI Training
研究・AI学習
Consent Model : Opt-out
同意方式 : オプトアウト
If you do not wish your memory chain to be used,
please submit a refusal request to your local node authority.
利用を希望しない場合は、
管轄ノードへ拒否申請を行ってください。アナウンサーの声が、淡々と続く。
「本法案により、死亡後の人格チェーンは、医療・研究用途での活用が可能となります」
「なお、利用を希望しない場合は、事前の拒否申請が必要です」
父はテレビを見たまま言う。
「……ついに通ったか」
特別な感情は込められていない。
ただの事実の確認。
はなは画面を見つめる。
言葉が、すぐには入ってこない。
(メモリチェーンが……使われる……?)
胸の奥に、微かな違和感。
制度としては、正しい。
社会のため。
合理的。
でも――
(それって……)
考えが、そこで止まる。
うまく言葉にならない。
父はリモコンを手に取る。
「難しい顔してるな」
はなは、少しだけ笑う。
「……うん」
それ以上は、言えなかった。
テレビの光が、部屋を静かに照らしている。
その光の中で。
ほんの一瞬。
画面の端に、ノイズのような揺らぎが走る。
誰も気づかない。
はな以外は。
(……今の……?)
瞬き。
揺らぎは消えていた。
リビングは、いつもと同じだった。
父がいて。
Moonがいて。
テレビが流れていて。
何も変わっていない。
・・・・はずなのに。
はなの中だけが、少しずつずれていく。
気づかないまま。
静かに。
どこかへ。
夜は、深くなっていく。
