SF小説 Memory Banker Ghost Block編 第7話|なぜ認証結果が一瞬だけ変わったのか?MCRが揺れた瞬間
朝の駅前は、すでに人の流れで満ちていた。通学の時間になると、制服の色が通りに広がる。列は自然にでき、同じ方向へ動いていく。はなもその流れに乗り、駅前の通りを渡った。すぐに学校の門が見えてくる。制服の列が、そのまま校庭へ流れ込んでいった。
はなも歩く。人の流れと同じ速さで。
そのとき、足が一瞬だけ遅れた気がした。
はなは立ち止まる。後ろの生徒が横をすり抜けていく。もう一度歩く。今度は普通だ。はなは足元を見る。同じ靴。同じ歩幅。何も変わっていない。それでも、さっきの感覚だけが残っていた。
教室にはすでに何人か来ていた。窓際の席に朝の光が落ちている。
「おはよ。」
隣の席の友達が手を振る。
「おはよう。」
はなは鞄を机に置いた。椅子の音、端末の起動音、小さな笑い声。教室がゆっくり満ちていく。
「一限目、なんだっけ?」
隣の席の子が、はなの顔を見て尋ねる。
「たぶん、一限目は人格制度の授業のはず。」
「あー……つまんないよね。人格制度。」
「まあね。」
二人が苦笑いしていると、先生が教室に入ってきた。
「はい、みなさん。授業を始めます。」
先生がディスプレイを開く。先生のディスプレイは教室のモニターと連結されている。はなの端末にも、人格チェーンの図が表示された。
Personality Chain Model
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Genesis
Block 1
Block 2
Block 3人格チェーンの基本構造だ。
「人格は、記憶の連続性で定義されます。」
先生は線を指した。
「では質問です。」
画面の表示が切り替わる。
Chain Branch Simulation
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Primary Chain : Active
Secondary Branch : Generated一本のチェーンが、二つに分かれている。
「もし人格チェーンが分岐したら、どちらが本人でしょう。」
教室の後ろから声が上がる。
「両方じゃないですか。」
何人かが笑う。
先生は静かに首を振った。
「社会はそう扱いません。」
画面の二つの線を指す。
「契約も責任も、一人にしか帰属できないからです。」
教室が少し静かになる。
先生は端末を操作した。
「では確認しておきましょう。端末で本人認証を通してください。」
生徒たちが端末を操作する。はなも指を置いた。
Identity Verification
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Bio ID : Verified
Quantum Signature : Matched画面が一瞬暗くなる。
Identity Verified
MCR : 100%はなは端末を閉じようとした。そのとき、数値がほんの一瞬だけ揺れた。
Identity Verified
MCR : 99%瞬きするほどの短い時間。次の瞬間には元に戻っていた。
Identity Verified
MCR : 100%
Status : Stableはなは画面を見つめる。もう一度認証する。
Identity Verification
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Bio ID : Verified
Quantum Signature : Matched
Identity Verified
MCR : 100%
Status : Normal結果は同じだった。
授業はそのまま続いたが、はなは内容をほとんど覚えていなかった。さっきの数字だけが、頭の奥に残っていた。
昼休み。教室はさっきより騒がしい。
「週末どうする?」
友達が机に身を乗り出す。
はなは答えようとする。答えは頭の中にある。それなのに、声が出るまでにほんの一瞬だけ間があった。
「……まだ決めてない。」
友達は気づかない。すぐ別の話題になる。
はなは机の上のペンを取る。指が触れる。掴む。
その瞬間、手がほんの少し遅れて動いた気がした。
はなはペンを置く。もう一度手を見る。何も変わっていない。それでも、ほんの一瞬だけ、自分の手ではないような感覚が残った。
(熱でもあるのかな……)
はなは額に手を当てる。
(そうでもない……?)
首をかしげる。
(今日は早く帰ろう。)
そう思うと、はなは今日の時間割に目を落とした。
放課後。校門の外は夕方の光に包まれていた。Cognitive Beltの通りは整然としている。人の流れ、車の流れ、光の反射。すべてが同じ速さで動いている。
はなは歩く。一歩、もう一歩。足音は普通だ。
それでも、自分の中だけが少し遅れている気がする。
はなは立ち止まる。手を見る。指を動かす。遅れはない。
それなのに、ほんの一瞬、この手が誰のものなのか分からなくなる。
はなはゆっくり息を吐いた。そしてまた歩き出した。
はなは歩き続ける。自分の足で。
――そう思いながら。
