ある朝、ジェネシスブロックに疑いを抱いた少女|SF小説 Memory Banker #01
あらすじ
近未来、人の人格は「メモリーチェーン」として記録・管理され、信用や価値の基盤となっていた。女子高生・はなは、自身の記録に異常な揺らぎを感じ始める。原因を追う中で、公式には存在しないはずの“ゴーストブロック”の痕跡に触れる。やがて彼女の存在そのものが、人格の連続性という社会の前提を揺るがす可能性を秘めていることが明らかになっていく
この世界では、人はブロックとして生まれる。
出生の瞬間、Bio ID が登録され、Quantum Signature が最初の揺らぎを刻み、Akashic Root Code が確定する。それを ジェネシスブロック と呼ぶ。そこから経験という名のメモリブロックが連なり、人格チェーンが形成される。改ざんはできない。それが社会の前提だった。
五十嵐はなは、その前提を疑ったことがなかった。
昨夜の夢が、まだ意識の底に残っている。
暗い空間。浮かぶ自分のチェーン。最初のブロック。ジェネシスブロック。そこにあるはずの初期ログが存在せず、空白のままだったこと。
目が覚めても、その空白だけが消えなかった。
朝、枕元のパネルが静かに光る。
Identity Status
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MCR : 100%
QS Stability : Normal
System Integrity : Stable完璧。
数値は、夢を否定する。
Zenith Ring に住む彼女にとって、100% は当然だった。
疑う理由はない。疑う必要もない。
そう自分に言い聞かせながら、はなはベッドから起き上がる。キッチンにはコーヒーの匂いが満ちている。父はニュース端末を見つめていた。
「LQ がまた増えたらしい。」
夢の余韻がまだ胸の奥にあるまま、はなは席につく。
「どれくらい?」
「4.9%。都市部でじわじわ増えてる。」
LQ。Liquidated。記憶を売却しすぎ、MCR が 15% を下回った者たち。
父の声は落ち着いている。だが、はなにはその言葉が少し遠く聞こえる。
「売らなければいいのに。」
そう言いながらも、昨夜の空白がまた胸の奥に浮かぶ。
父は首を振る。
「簡単じゃない。記憶は資産だ。家を買う者もいる。治療費を払う者もいる。研究資金を得る者もいる。」
はなは無意識に、夢の中の表示を思い出していた。
Archive Fragment
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Source ID : Reconstructed
Original Entity : Deceased
Fork Reference : F-2047-82事故?
その単語が、まだ形にならないまま胸に引っかかっている。
「どうした?」
父の声で現実に戻る。
「ううん。なんでもない。学校に遅れちゃうから、もう行くね。」
「気をつけて。」
父の声が背中に落ちる。
玄関の扉が閉まる音が、わずかに大きく響いた。
家を出ると、都市の上層区画はいつも通り整然としている。ガラス張りの建物。静かな歩道。秩序。何も崩れていない。
はなは歩きながら、自分の記憶を辿る。
幼い頃の誕生日。友達。笑い声。ある。確かにある。だが、どこか薄い。映像は鮮明なのに、温度が足りない。
足音が、わずかに遅れて響く気がした。
学校の校門が見えてきた頃には、夢のことを考えないようにしていた。考えないことが、いちばん簡単だからだ。
「はい、みんな席について。チャイムはとっくに鳴っているよ。」
教室に入ると同時に、人格経済学の先生の声が響く。はなは自分の席に滑り込む。人格経済学の授業が始まる。
「人格の価値は三つの要素で説明できます。希少性、再利用性、流動性。」
理路整然とした声。ディスプレイにジェネシスから連なるチェーン図が映る。
Personality Chain Model
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Genesis Block
Block 1
Block 2
Block 3
Continuity : Verifiedその図を見た瞬間、はなの胸が静かに波打つ。
もし、最初が空白だったら。
「あなたの Quantum Signature は世界で一つです。同じ出来事でも、同じ記憶にはなりません。だから価値がある。」
価値。
その言葉が、夢の空白と重なる。
「ただし、連続性が崩れれば人格価値は下がります。ジェネシスブロックから現在まで、途切れないこと。それが“自己”です。」
連続性。
はなは無意識に、自分の胸に手を当てる。
もし、途切れていたら。
放課後、自室で端末を開く。
ここで初めて、彼女は確かめようとする。
その、つながりを。
