中島みゆき大先生へ
こえの文章を考えるにあたり考えた。
声 肥 乞え 怖え 鶴の一声 越え。
といろいろ考えたが、自分が持っている掛け声のエピソードに絡めて書くことにした。
高校の時に運動部に所属していた私。
男しかいない学校なので、必然的に部活も男ばかり。
キャッキャした雰囲気や、部内での甘酸っぱい思い出なんて無く、男しかいない欠点に涙したこともあったが、男しかいないこその楽しさもあった。
練習中や大会中の掛け声で「頑張っていこー」や「ラスト1本!」など掛け声があった。
その野太い掛け声に、背中を押されたし、少し馬鹿になれて練習を何とかこなすことができた。
そんな掛け声の中に「ファイト」があった。
この「ファイト」にある特別な掟があった。
それはファイトという掛け声を普通に言う分には何も起きないが、
誰かが中島みゆきのファイト!のサビのどあたま「ファ↑イトォ」のイントネーションで言った時には、それを聞いてしまった部員はいかなる時でも「戦う君の歌を戦わない奴らが笑うんだろうファイト冷たい水の中を震えながら登ってゆけ」と続きのサビを歌わなければならないという鉄の掟があった。
軽いアップ中でも、走り込みでも筋トレでもこの掟は絶対とされ、
「誰が言いやがった」「中島みゆきふざけんな」「さっきもやったやんけ」など、中島みゆき大先生には大変申し訳ない理不尽な愚痴を言いながらも、馬鹿正直にルールを守り、馬鹿になりながら練習していた。
僕はこの鉄の掟が大好きだった。
社会人になった今、この話を同級生にしたら皆ほぼ覚えていなかった。
しょうもない身内ノリだったのは間違いないが、10年前の掟が大好きだ。
大人になったら、バカになって頑張らなきゃいけないことなんてないんだろうなと思っていたのに、そんなことなかった。
理不尽な注文、急な仕様変更、押し迫るスケジュール、立場の違う人々に挟まれるプレッシャー。
そんな時、あの掟を自分に課す。
そうすると、中島みゆき大先生の力が宿り、あの時の仲間との大合唱が聞こえる気がする。
その声で、少し馬鹿になりながら、少し吹っ切れながら、少しやけっぱちになりながら、なんとか戦い、なんとかこなすことができた。
今も昔もこれからもファイトのお世話になるだろう。
今も心の中には、あの時のファイトの檄が飛んでいる。
