見出し画像

ファースト奇襲

 奇襲をかける、というのは、かなりイレギュラーな戦法である。同じ相手に、二度目の奇襲をかける、セカンド奇襲なんてのは存在しない。それは、奇襲とはいわない。
 だから、人が人生の中で奇襲をかける、というのはそう数がないことであって、けれど奇襲でなければ成功しない類のことも存在するわけだから、
その人にとっての、最初の「奇襲」というのはとても大事だ。
 というのは、最初の奇襲が成功すれば、その人はその後の人生の中で、成功体験として、奇襲というオプションを持つことになる。一方で、最初の奇襲が失敗に終わってしまえば、やはり奇襲なんてものはうまくいかないもので、王道の正面突破で人生を戦うべきである、という結論が導かれ、奇襲という選択肢はその人の人生からなくなる。

 前置きが長くなったが、ここでは文学賞における「奇襲」について述べておきたい。とんでもない作品が出来上がったとする。これをどこに出すか。歴史と伝統のある文学賞に出したところで、既定路線から外れる、ということで落選する。ねらい目は、創設された文学賞の初回の募集である。そこに、奇襲をかける。審査員は、過去を気にすることなく、自分が面白いと思うものを選ぶことができる。だから、多少、とんでもないものであっても、選ばれる可能性がある。

 ただし、うまくいかないことも多々ある。なにせ、奇襲なのだ。でも、心配はいらない。文学賞は次々と創設される。その第一回に、即ちファーストの応募に、奇襲をかければいい。募集する側にとっては最初の奇襲なのだから、うまくいけば、成功して選ばれるかもしれない。

 ほら、すべった。
 この試みがうまくいかなかったのは、この毎週ショートショートnoteが、歴史と伝統のあるものになりつつあるから、ではないだろうか。

いいなと思ったら応援しよう!