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名を呼ばない道/第二十話 消えた線のそば

それは、地図に載らない道である。
誰かが名を与える前からそこにあり、
呼ばれないまま、人の足だけを受け入れてきた。

境目に現れ、境目に消える。
社のない神社、磐座、言葉にならなかった音、
記録されないまま残った民間伝承——
それらが折り重なる場所に、この道はひらく。

これは人生における「道」を思索し、哲学する物語である。

 直人は図書館の郷土資料室にいた。薄いカーテン越しの光が、閲覧机の上に落ちている。古地図は思っていたよりも大きく、折り目のところが白く擦れていた。

 明治の地図は、和紙に墨で引かれた細い線だった。川は太く描かれ、濃淡のついた波線が町の北側に沿ってゆるやかに流れている。町側には家々の四角がびっしりと並び、山側は白い余白が広い。

 橋はまだ描かれていなかった。代わりに、川幅が少し狭まる地点に、小さな「渡」の文字と、砂地を示す斜線がある。そこだけ道が川へ向かっており、川岸にぽつんと余白が残されていた。ここは人が立ち止まる場所だ、と直人は思った。

 次に、橋完成後の地図を広げる。川を横切る太い直線が引かれ、橋の両端から道が伸びている。商店らしき小さな四角が、橋の町側に増えていた。渡し場の余白は消え、代わりに橋の袂が小さな広場のように描かれている。本籍が置かれたのは、その袂から三軒ほど内側に入った位置だった。

 昭和の暗渠完成前の地図では、青く塗られた川の線に赤い破線が重なっている。「改修計画」と横書きで記され、川の蛇行が直線に引き直されていた。暗渠の入口は四角く囲まれ、その上に道路予定線が太く引かれている。

 暗渠完成後の地図に青色の川はない。代わりに灰色の直線道路が町を貫いていた。直人は戸籍の写しに目を落とし、記された住所を地図の上で探した。指先が、暗渠の始まりにあたる交差点で止まる。移された本籍地はそのすぐそばだった。

 最後に、平成初期の区域図を見る。外周には、太い実線で新しい市境が引かれていた。その内側に、旧町村を分けていた破線がうっすらと引かれているが、宅地の区画線に紛れ、ほとんど見分けがつかない。父が移した本籍地は、その旧町境の通り沿いにあった。区画整理で四角く区切られた住宅地の一角だ。

 直人は地図を閉じた。橋完成、暗渠化、町村合併。三つの出来事を、順に思い浮かべる。橋完成の翌年、本籍は橋の袂に近い通りへと移されていた。橋が町に定着し、人の流れが落ち着いたあとのことだ。

 その後、暗渠化で川岸は消えた。かつて水が流れていた場所は、舗装され道路となる。その暗渠が完成した二年後、本籍は暗渠の始まりにあたる交差点そばに移されていた。そこが完全に道路として町に馴染んだ頃のことだ。

 町村合併で町境は地図から消えた。町境の線は、区画整理でまっすぐな道路に引き直され、いまは住宅地の交差点になっている。この町村合併の翌年、本籍は旧町境の一角へと移されていた。町の人が新しい市名を当たり前のように使うようになった頃だ。

 橋の袂、暗渠の始まりにあたる交差点、区画の一角。いずれも人が立ち止まり、方向を変える位置のように思える。

 図書館を出ると、夕方の光が町を柔らかく包んでいた。直人はその足で、明治時代に移された本籍地へと向かった。そこはかつての橋の袂から一本入った通りにある。直人はその場所で足を止めた。今は小さな整骨院と駐車場になっていた。

 続いて、昭和四十四年に移された本籍地へと向かう。暗渠の始まりにあたる交差点のそばだ。川が地上から地下へと切り替わるその入口は、信号のない小さな交差点だった。

 最後に、現在の本籍地へと向かった。平成四年に移された本籍地だ。それは旧町境の端、区画整理で引き直された道路の交差点から、数メートル離れたところにあった。雑草が伸び、境界標の石だけが残っている。

 橋の袂の脇。暗渠の始まりの交差点。旧町境の通りの隅。どれも、何かが切り替わる場所だ。

 境界は閉じたのではない。
 消えたのでもない。

 橋が架かり、川が地下に入り、町の名が変わり、線が引き直される。その引き直された線のそばに、本籍が移された。住むためでも、商うためでもない。記録だけが残されている。

 なにか特別な役目があったと決めるには、まだ材料が足りない。だが、時代が大きく切り替わった場のそばに、家の名が置かれてきたことは事実だ。なぜ、出来事の年ではないのだろう。工事が終わり、人々が新しい道に慣れ始めた頃。なぜその時を選んだのだろう。

 直人は、境界標の石を見た。石は何も語らず、地図の余白を押さえる重しのように、そこに置かれていた。


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