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怪しいスピリチュアル

こんにちは。NAKです。

怪しいスピリチュアルが多過ぎて、なんだかとても悲しくなります。次元がどうとか、選ばれるだとか選ばれないだとか、愛だヒーリングだといいつつの商売だとか。

自分の身に、スピリチュアルという言葉でしか言い表すことが難しい現象が起きているので、なおさらそうじゃないよねと、思ってしまいます。

日本人は元々スピリチュアルな感覚を持って生活してきた歴史があるのだから、その延長線上で日常に溶け込ませていられれば、それでよいと思うのだけれど。

キラキラして見えるものを追わない。信用し過ぎない。本当の輝きは日常の中に、自分の中にあるのだから。

みんな生まれながらに輝いているはずなのに、その輝きがくすむような場所に身を置いていたり、気付けないまま蓋をしていたり、否定していたり、輝けないことを周りのせいにしていたり。

スピリチュアルは日常とともにあるもので、怪しいスピリチュアルとともに別世界にあるものではないんですよね。

スピリチュアルな世界と私たちの日常は滲んでいるもので、次元という区切りで言い表せるものではないし、日本人は元々その滲みを感じながら生きてきている。キラキラしたものなのだと特別扱いしない方が、身近なことなのだときっと気づけるのではないかな、と思います。

愛と光は欲とは無縁。選ぶこともなく、全ての人の周りに満ちている。

愛と光は人間と区切られているのではなく、滲んでいる。

愛と光は人間に共鳴する。

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