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名を呼ばない道/第九話 磐座

それは、地図に載らない道である。
誰かが名を与える前からそこにあり、
呼ばれないまま、人の足だけを受け入れてきた。

境目に現れ、境目に消える。
社のない神社、磐座、言葉にならなかった音、
記録されないまま残った民間伝承——
それらが折り重なる場所に、この道はひらく。

これは人生における「道」を思索し、哲学する物語である。

 老人が去ったのち、直人はさらに境内の奥へと足を運んだ。足元の感触が変わる。踏み固められた土が終わり、草の混じる地面になる。

 木立の間に、低いしめ縄が張られた岩があった。誰かの手が、幾重もここに置かれてきたのだろう。岩の表面は滑らかだ。直人は、脇にある古い説明板に目を留めた。

 《渡り役の由来》
 かつてこの地には社がなく、土地の名も定まらぬまま、祀りが行われていたと伝えられる。    
 祭礼の折、道を渡る役を務める者が一人選ばれた。その者は、名を呼ばれてはならず、また、自ら名を名乗ってもならなかった。名を呼ばれた者は、渡りの途中で立ち止まり、名を名乗った者は、帰りの道を失ったという。
 以後、渡り役は毎年変えられ、役を終えた者は、別の呼び名で呼ばれるようになった。詳細は不明である。

 直人は、説明板の前でしばらく動けなかった。
名を呼ばれてはならず、また自ら名を名乗ってもならない・・・この一文が古文書のあの一行と重なり合う。

 名を呼ぶな

 この言葉は、短いのにどこか収まりが悪い。足りないというより、言葉の外側が広すぎるのだ。直人は自分の名を心の中でなぞりかけて、やめた。このあたりだけ音が薄い。なぞるだけでも、音が立つ気がした。

 近づきすぎると何かを誤る気がして、直人は磐座から一歩距離を取った。人はつい、意味を求めてしまう。だが、岩は何も主張していない。

 ここには
 通った人の時間だけが
 層になって残っている

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