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夫が撮る私は誰よりも可愛いと思うんですが、なんで撮ってくれなくなったんですか。


夫が全然私の写真を撮ってくれない。
拗ねたい。


付き合っていたころ、夫はNikonの一眼ユーザーで、デートのたびに私を撮ってくれた。


2015年、一眼デビューしたばかりの日のデート
新宿にて。眉うえのニキビが気になる


万年ぽっちゃりで美意識も低いし、ただのパンピーだけど、夫のレンズ越しに映し出される私はなんだか特別に可愛く映る気がして。


長瀞で川下り


夫も、プロの写真家などではない。
当時、ちょっとカメラにハマっていたってだけ。

でも、どの写真も夫にしか撮れない“あじ”がある。


恒例だった有馬記念での運試し
2018年、桜が咲く前の吉野山にて


私が夫に向ける表情とともに、夫が私に向ける眼差しまで伝わってくるような。
当たり前だけど、これは夫にしか引き出せないよね。


2018年、ハネムーンのローマ
2019年、私の地元、青森の奥入瀬渓流にて。
ひょっこり

好きな人にだけ許す表情。
大切な人にだけ贈る仕草。

きっと世界中のあちこちで、その2人だけの瞬間の交換が行われている。
愛らしいなぁ。



今やこれ。

2024年。
「大きい噴水だね」と喋ってるとき。
多分
母子ともに昇天


夫婦の写真フォルダやLINEのアルバムには、ふたりの面影がある小さな宝物の笑顔がずらり。
その中に、すっかり父親・母親の顔つきをしている私たちがちらほら紛れ込んでいるくらい。


もうあの頃とは違う。
目元のシミ、ニキビの跡、ほっぺのたるみ。
いろんな形で、私の顔面には年輪が刻まれている。

鏡を見るたびに、着実におばさんに近づいていっている自分の見た目に、ほんのりへこむ。
無駄な抵抗かもとは思いつつ、カジュアルな洋服に身を包んだり、前髪を作ってみたりと、少しでも若見えするように足掻いてみている。


それでも、夫が撮ってくれた写真を見ると、なんか知らんけど「私って世界一可愛いんじゃね?」と錯覚するから不思議。


息子が寝た後に
夫婦で喜多方ラーメン食べるのが
嬉しすぎた私
(持っているのはチャーシュー丼だけど)



世の中のカップルの皆さんへ

余計なおせっかいかもしれないけれど。
なんてことない瞬間の写真をたくさん撮りましょう。
おじいちゃんおばあちゃんになってから数十年前の秘蔵写真を見返しあうのも、粋なもんです。


そして夫さんへ

誰よりも可愛い私の痕跡を世界に残すため、これからもたまには奥さんの写真を撮ってください。


誰宛の、なんのエッセイなんでしょう。
たまには、こんな夜もあります。


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