「この公園、スイカは禁止されていない」
うちの近所の公園には、「ボール遊び禁止」の看板がある。
管理人の佐藤は、その看板を誰よりも忠実に守っていた。ボールを見つけると、血相を変える。
彼の持論はこうだ。
「球体は世界を乱す」
ちなみに、球体パトロール隊の隊員は本人しかいない。
ある午後。
高校生のリュウがベンチに座り、小玉スイカを足元で転がしていた。すると、背後から声がした。
「それは何だ」
振り返ると、佐藤が立っていた。
「……スイカだけど」
「丸いな」
「まあな」
「転がるな」
「そりゃスイカだからな」
佐藤は真顔だった。
「球体だ」
リュウは鼻で笑った。
「いや、スイカだろ。ジジイ」
「形状が同じだ」
「食い物だぞ」
「関係ない」
「関係あるだろ」
佐藤はスイカに手を伸ばした。
「預かる」
「何でだよ」
「危険だからだ」
「スイカが?」
「丸いものは油断できない」
リュウが笑う。
「アンタ、本気で言ってんの?」
「本気だ」
その瞬間だった。
二人が引っ張り合ったスイカが、手を離れて宙を舞った。
赤い果肉が広がった。
佐藤は動かなかった。ただ、割れたスイカを見つめていた。
「……赤が」
「何だよ」
「染み込んだ」
リュウはため息をついた。
「もういいよ。洗えばいいだろ」
「貴様が?」
「俺がやるよ」
「信用できん」
「何でだよ」
「球体を持ち込んだ人間だからだ」
「まだ言ってんのかよ」
佐藤は管理室へ向かった。戻ってきた時、手には高圧洗浄機があった。
「……それ、どこにあったんだよ」
「業務用だ」
「何の業務だよ」
「原状回復だ」
「ただのスイカの汁だろ」
佐藤は答えず、洗浄を始めた。最初はリュウも適当に手伝っていた。だが、いつの間にか夢中になっていた。
種を拾う。細かい赤い跡を探す。少しでも残っていると気になる。佐藤が言った。
「貴様」
「何だよ」
「今、種を三粒連続で潰したな」
「だから?」
「顔が怖かった」
リュウは黙った。
「……アンタもだろ」
「何が」
「洗ってる時の顔」
佐藤も黙った。
十五分後。
地面だけが、新品みたいになっていた。
佐藤は息を整えながら言った。
「……貴様、手際がいいな」
「アンタもな」
「明日も来い」
「なんでだよ」
「再検証する」
「ただスイカ食いたいだけだろ」
「違う」
佐藤はホースを巻きながら言った。
「明日は球体以外を持ってこい」
「は?」
「私が判断する」
「何を」
「球体かどうか」
リュウは呆れながら笑った。
「ジジイ」
「何だ」
「めんどくせえけど、ちょっと面白いな」
佐藤は少しだけ頷いた。
「貴様もな」
帰り道。
リュウはゲームセンターの前で足を止めた。景品台の中に、ポムポムプリンのぬいぐるみがあった。
少し考えて、手を伸ばしかける。
そしてやめた。
「あのジジイなら……」
リュウは呟いた。
「ぬいぐるみ一つでも、絶対キレる」
