数についてエネルギーを使いたくない。

少しずついろんな人に読んでいただけいる雰囲気を感じることができたおかげか、昨日の記事で、800記事作成することができた。
その中には出来の悪い物や、そもそも1行しか書いていないnoteも月に2回ぐらいある。閉店するときもある。
とはいえ、800記事も自分が書き続けることが出来た、と振り返ってみるとやはり嬉しい。

M1の記事か何かを読んだとき、今芸人が多い、多すぎるというのをみた。僕はお笑いが好きな方で、多いのは悪いことではないのでは?と思う。テレビをあまり観なくなったけれど、出ている人はころころかわったりしている。MCとかは別なのかもしれないけれど、それ自体だって結構変わっている。変わることが良いとか悪いとかではない。

noteも同じで、多くの人が毎日せっせと文章を書いている。
ふだんの気づきであったり、僕のように暗中模索している人もいる。
多いのか少ないのか、比較対象はなんだろうか。
他のSNSとの比較なら、旧ツイッターのほうが圧倒的にユーザー数やツイート数は多いのだろうなぁ、と数字を使わずに漠然と思う。

多いことはあまり好きでは無い。
大学の時に、3つコースが選べた。
僕は心理学を学ぶために大学に入学した。
ただ、心理学をコースとして学べるのは3つのうちの1つのコースだけで、多くの(この場合の多くは過半数以上という意味)学生が僕と同じように心理学コースを希望していた。
なんだか直感的に嫌だなと思って、人が少ないコースにした。
そこの教授に、よく言えば適切な助言をいただき、悪く言えば唆されて、今の仕事に就くことになった。

生活をしていると、数の多さに圧倒されることは多い。
ただ、僕たちに必要なことは、今ココに生きることだけだと思う。
数の多さは僕たちにはコントロールできない。
僕は800記事書いてやろうと思ってそうしたわけではない。

数とはあくまで結果であって、過程ではない。
そんなことを朝っぱらから考えていると、800記事書けた嬉しい気持ちが少し薄れつつ、その気持ちが薄れたことが嬉しい。

ブックカタリストというポッドキャストを聞いていると、100時間というのはチョロいという話があった。
毎日30分で考えると、2日で1時間。100時間を達成するには、ざっくりと200日。
毎日30分だったら、僕の場合通勤時間がそれに当てはめることができる。何も考えずに通勤中にできることをやってみようかな、と考えた。

願わくば900記事作成の折には、また何かの発見があらんことを。

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