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仮想通貨と自律分散型殺人事件 第7話

「あれっ? 雄介、休憩いかねえの?」
 監視カメラのモニターの前で伸びをしていると隣から声をかけられる。いつものように俺から立ち上がるそぶりが見えないからだろう。
「……今日はいいや。なんか食欲ないし。俺が残るからさ。みんなで休憩に行ってこいよ」
「おいおい、派手に転んだからってそう落ち込むなよ? 心配すんなって。ちょっとしかダサいって思っていないから。ちょっとしか」
「別にそういうんじゃねえよ!」
 イヴァンの死体を天井裏に隠して戻った俺は遅くなった言い訳を転んだせいにした。梯子が壊れて転落したせいで、それっぽい怪我が顔にできていたから。眼鏡が壊れなかったのは不幸中の幸いだ。これが壊れていたら今日はこれから仕事にならないところだった。
「わかってる、わかってる。別に太ってるからコケたわけじゃないって。だからそう気にするな」
「別にダイエットをはじめたわけじゃねえよ!」
「じゃあ、この前の健康診断の結果か? 心筋梗塞の気があるとか、心筋梗塞の気があるとか、心筋梗塞の気があるとか書かれてたやつ」
「うるせえな、何回言うんだよ!」
「もしくは糖尿病になりかけてるとか、痛風の兆しありとか、心筋梗塞の気があるとか、心筋梗塞の気があるとか、心筋梗塞の気があるとか? 前回書かれていたそれを気にしてるのか?」
「だからそんなんじゃねえって!」
 まったく肉体とは本当に余計なものである。それがあるだけでこうした問題を抱えてしまうのだから。とはいえ完全に気にしていないかといえば嘘にはなるけれど、俺が、今日、休憩にいかないのはそれが理由ではない。他にやることがあるからだ。
「じゃあ推しに彼氏ができたとか、そういう系?」
「そんなんじゃねえよ。そうだったとしても俺はそんなこと、いちいち気にしねえよ」
「本当か? おまえの推しのVチューバ―、セドナちゃんだったか? SINBNSIだったか? そいつらが実は彼氏と同棲してる、とかあってもか?」
「そんときはそんときだろ? それとな、俺の推しはセドナちゃんだけだ! SINBUNSIはそのライバル、むしろ敵だ!」
「おお、おお。そうか、そうか。おまえ、メンタル、強い系か? じゃあさ、実は、『中の人』が俺たちと同じくらいのおっさんだったってんならどうよ? セドナちゃんに、それが発覚したら?」
「……それはちょっときついな。さすがに。って、なんの話だよ。もういいからさっさと行けよ。心配すんな。ちょっと調子悪いだけだよ。本当に」
「えっ、マジで? 雄介、マジの、もんで、体調不良? 冗談のやつじゃなく? ダイエットでもなく?」
「ああ、なんか、ちょっとな……今日、仕事してる途中からさ……」
「じゃあシャツを着ろよ、シャツを! なんで脱いでるんだよ、この寒いのに! そりゃあ風邪もひくだろうがよ!」
「風邪じゃねえよ。なんか、ちょっと、こう、だるいだけだって」
「寒くはないのか?」
「ああ、むしろ暑いくらいだよ……」
「おいおい、まさか、例の、コビットの、ナインティーンのやつじゃないだろうな?」
「そんなわけないだろうが!?」
「……まあ、いいや。それならとりあえず留守番を頼むわ。三人で休憩いってくるからよ」
「ああ、いつもよりちょっと早めには戻ってきてくれよ?」
「わかった。栄養ドリンクでも買ってきてやるよ」
「いらねえよ! おまえら、これ、どうするつもりなんだよ!」
 俺の作業机には既に栄養ドリンクの瓶が山ほど並べられている。少し前に飲み過ぎると痛風になるとネットで話題になったのだ。タイムリーに俺の健康診断の結果に絡められるとあって、あいつらが寄ってたかってイジり目的で買ってきた。千差万別、色とりどりのドリンクが二十本ちかく並んでいる。これはこれでなかなかに壮観な眺めである。しかしまったくもって余計なお世話だ。とはいえ、こうしたかたちで冗談めかしつつ、しかし励ましのつもりであるところが、あいつらのあいつらたる由縁である。何気に良いやつらなのだ。 
 あらためてモニターを見れば時刻は二〇時を過ぎていた。俺たちに三〇分の休憩時間が権利として与えられる時間である。全員で一度に持ち場を離れられないから二人ずつ交代で休みを取ることが多いけれど、今日は俺が一人で待機を受け持つこととする。とりわけ、おかしなことでもない。万全の警備だの、最高のセキュリティサービスだのというけれど、どうせ日本ではなにも起こらないのだ。体調不良だったり、失恋だったり、個々の都合によって、こうしたことはこれまでにもまま発生している。つまりは怪しまれるようなことではない、ということだ。
「さて、と……」
 ひとりになったモニター前で、上の階のトイレ、その廊下の監視カメラの映像を引っ張り出す。
 一九時からの映像を再生する。
 一九時〇二分、男が一人飛び出してくる。
 なるほど、これがイガルクのメンバーか。日本人であったとは少し意外である。もしかすると日本人は俺だけかも、とそう思っていたから。こいつがイヴァンを殺し、そして俺を嵌めた男に違いない。どうにも不自然なその慌てぶりからは情けない小物感がひしひしと滲んでいた。イヴァンを殺したものの、その事実に精神的に押しつぶされ、不安に狩られ、ともかく罪を誰かになすりつけようとしている。っと、そんなとこだろう。こんなに胆の座っていない男が同じ組織なのかと思うとやるせない気持ちになる。しかも偶然とはいえ、直後に俺がトイレに入ることになろうとは、まったくもって今日は厄日だ。不幸中の幸いであったのは、俺が、今日、チェックのシャツを着ていたこと。下は肌着一枚だったけれど、それがTシャツだったとしてもおかしくはない。つまり今はイヴァンから拝借したそれを最初から下に着ていたテイを装っているわけだ。上着は暑いから脱いでバッグの中に入れた、として。実際はどちらもトイレの天井裏に放り込んであるのだけれど。 
 一九時一六分、俺の姿がトイレに入っていった。
 一九時二八分、服の変わった俺がトイレから出てくる。
 この間だ。この間の撮影データを改竄する必要がある。前後に多少の余裕をもって一九時一五分から一九時三〇分の一五分を、誰も出入のない時間帯、静止画よろしくの映像をもってして上書きする。さすがにトイレに入る前と後で洋服が変わっていてはおかしい。しかしこれで俺の出入自体がなかったことになったわけだ。もちろん怪しげな男が逃げていく不様な様子はしっかり残しておく。
「これでよし」
 見渡すまでもなく、だだっ広い空間には、今、俺しかいない。この時間帯で残っているのはそもそも二四時間交代制の監視カメラ担当だけ。備品の管理業務は一般的な一八時までだし、エレベーター関連は一九時以降は一時窓口が本部に設けられた中央集約室、つまりはここでないどこかへ移管される。その他の清掃部門にしろなんにしろ、この時間には既に業務が終了しており、二〇時から二二時の交代までの間は、休憩時間まで含め、俺たちの独壇場だ。マンガを読んだり、ゲームをしたり。もちろん見つかれば怒られるのだろうけれど、これまで俺たちの聖域が土足で荒らされるような自体が発生したことはない。
「さて、フリータイムになったことだし……パスワードは、ええっと、スペル……スペルは『moonshot』っと……」
 スマホを操作し、最後に暗証番号を入れて開錠する。たちまち選ばれた人間だけが到達できるイガルクDAOのプラットフォームが開かれる。通称、イガルクネットだ。トップページの上段に最初に掲げられる理想は、もちろん完全なる『非中央集権』の文字だ。そして、その下に、現在参加できるイベント群が並んでいる。参加人数がもっとも多く、今、一番ホットなイベントは、言うまでもなく、この日本で、この上の階で、今、開催されている、マリナミートアップに関する、それだ。状況を確認する。
「……実績は……まだ、誰も投稿して……いない?」
 
 イガルクDAOとはブロックチェーンに下支えされたシンプルなシステムである。開催されるイベントに参加するにはイベントごとに一定以上の参加費、参加マリナが必要とされ、そうして集めた参加費をイベントごとにイベント参加者にランキング順に強弱をつけて再分配するのが主な仕組みだ。もちろんイベントを立てるのもメンバー各自である。イベントを立てるもよし、参加するもよし、それらすべてが自由だ。つまりは能動的に各自が行動することで成立しているコミュニティである。まさしくDAOと言えるのではないか。
 イベントを立てる際には立案者は最低でも一〇マリナ以上を提供し、かつ己も参加する必要があるなどのルールも今や完全にシステム化されていて、イガルク運営という言葉自体は残っているけれど、それに相当する人間は既にいない。立ち上げ期にそれを担っていた人間のプログラマたちは総じて闇に葬られている。自動化と自走化の成された自律型のコミュニティ、それがイガルクなのだ。
 誰でも参加できるわけではないから一般的な解釈のDAOとはやや異なっているところがあるかもしれない。けれど新メンバーの参加可否を、既存メンバーの多数決で決めるぐらいには権力は分散されている。その多数決のきっかけとして候補メンバーの名前をあげる部分が現イガルクメンバーの推薦によるところ、というのが玉に瑕ではあるけれど。人の意思が介在する部分があっては、どうしたってそこに、選ぶ側に、集権権力的なものが発生してしまうから。
 活動は既に十年に渡って行われているけれど、現参加者の顔は互いに知られていない。ランキングの付け方も実にフェアでシンプルである。イベントとして設けられたミッションの遂行にあたって、己がどういった貢献をしたか。知識の提供でも、SNSでの応援でも、なんなら金銭の提供でもよい。それら実行したアクションを自己申告で投稿し、参加者がそれぞれに評価をつける仕組みだ。『いいね』も『よくないね』も選ぶことができ、選ばずに『無回答』とすることもできる。獲得したそれらの総和によってポイントが算出され、そこから具体的な順位が定められる。完全な民主主義がそこにある。自己申告は文字でも写真でも動画でも投稿可能でエビデンスをつけるを必須とはされていなかった。しかしランキングの上位を狙うのであれば暗黙的にエビデンスの付与は必須である。誰も口だけでは信用してくれないから。下手にエビデンスなしで投稿をすれば、それがたとえ事実であっても法螺と見なされ、『よくないね』を押されてしまう場合だってある。
 さらには個々のアカウントのステータスは延々とブロックチェーンに記録され、イガルクメンバーなら誰でも参照可能となるため、ランキング最下位などの低い順位を取り続けると、必然、後々の信用問題へ尾を引いてしまう。つまりは参加をするならば高みの見物はしていられず、全力で貢献しにいかねばならない、ということだ。実に見事な設計のシステムであろう。
 そんなイガルクDAOにおいて、本日の、というかここ数年においての最大のイベント、もはやこれこそがイガルクの目指している根幹そのものだといわんばかりの、それが今回の十七周年の企画である。誰がと言わず、それは自然と立ち上がった。
 殺害標的――
 イヴァン・ニーベン
 ダーヴィット・ヒルベルト
 ポール・エルデシュ
 レオンハルト・オイラー
 ――達成目的『非中央集権』
 マリナにおける四大天使アークエンジェル、実質的なプロジェクトのリーダー。権力者。集権者。彼らをこのミートアップの場で廃除することで、マリナは真の姿に到達するのだ。俺たちイガルクのように。イガルクより大きなサイズで。暗に皆がわかっていた。ここでの活躍は永劫の誇りとなり、永遠のステータスとして、それこそNFTよろしく、延々と語り継がれるものとなるだろうことを。すなわち英雄となるタイミングは、今、ここにしかないことを。
 
「……どういうことだ?」
 トイレから飛び出していったあの小物、我先にとイヴァン殺害の実績をイガルクネットにアップしているものと思っていた。しかし、どうやら投稿はまだらしい。他にも目ぼしい実績はなく、「イヴァンが、今、トイレにいった」だの「判断力を鈍らせるためにポールに酒を飲ませた」だの、そうしたものしかあがっていない。さすがに殺人ともなると投稿も慎重になるのだろうか。あの小物、もしや投稿自体にビビっているのじゃなかろうか。となれば、焦る必要はない。イヴァン・ニーベンの殺害は、それだけで間違いなく今回の首位を得られる実績だ。じっくりと待ち、それを奪ってやればいい。参加有無を決めるべく、イベントの内容は全メンバーに公開される。しかしランキング以外の、イベントの結果に関しては、如何にイガルクメンバーといえ、自身がマリナを払って参加したイベントのものしか参照できない。ここもなんとも見事な仕組みである。すなわち自らアクションを起こす気なく、結果だけ知りたい場合も、イベント参加する必要がある、ということ。もちろん不用意な参加は低いランキングを取ることを意味してしまうから勧められたものでもない。しかし今回のイベントに限っては別だ。内容が内容だけに逐一状況を知りたいイガルクメンバーは多く、日本の現地に来られない者たちもこぞって参加している。そのため参加人数が極めて多い。参加者が多いということは参加費の総数が多いということである。つまりここで首位を獲ったなら、伝説となれるだけでなく、信じられないほどの富を得ることまで叶う。集権ということではないけれど、実質、イガルクのナンバーワンと認定されよう。
 遂に俺が世に出る時がきた、というわけだな。
 天井裏に隠した死体の処理は深夜に自ら行ってもよいし、高額イベントとして今回とは別の企画を立て、下々の者に片付けさせてもいい。ともあれ、ここでトップさえ取ることができればなんとでもなる。並の億り人どころではなくなるのだから。この監視モニター前での仕事を俺は嫌いではなかった。しかし近いうちに辞めることにはなるだろう。俺にはもう働く必要自体がなくなったのだから。
「よう、雄介。栄養ドリンク買ってきたぞ」
「……おう。って、おまえたち、マジで買ってきたのかよ! しかも一人一本買ってくるんじゃねえよ! また増えたじゃねえかよ! っていうかよ、今日はあとはフリータイムだけなんだぜ? もうちょっとで交代して帰るっていうのに、今から栄養ドリンクを飲む馬鹿はいねえだろうが!」
「いや、なんか面白いかと思ってさ」
「どこがだよ。これでマジで痛風になったらどうしてくれるんだ!」
「いいじゃねえか、一本くらい飲んでくれたって。大丈夫、痛風になんてならないって。それよりせっかく買ってきたんだぞ? 飲めって。飲め、飲め。それで警察に怪しまれてくれって」
「……警察? なんで警察なんだ?」
 予期せぬ言葉に全身が強張る。まさかこいつもイガルクなのか。警察と言う言葉に自然と身体が反応してしまう。死体を隠してきたばかりという状況が状況なだけに、なおさらに。
「あれ? 知らない? 古畑任三郎だっけ? ドラマであったんだよ、昔さ」
「ドラマ? なんだよそれ? 意味わからねえよ」
「正確には思い出せないんだけどさ。場面は深夜だったか? 普通なら帰るところだ。それなのにこれから来る警察の対応を頑張ってしようって気合いを入れて栄養ドリンクを飲んだ犯人がいたんだよ。っで、天才刑事の古畑さんがまだ飲んだばかりの冷たいその瓶を見てピンとくるわけよ。警察が今から来るとわかっていた。これすなわち殺しの犯人だ、ってさ。人を殺した本人じゃなきゃ、これから警察が来るかもしれないなんて思わないだろうからって」
 額から汗がひと筋、顎先へ落ちてくる。心臓を撃ち抜かれたような衝撃に襲われる。
「……なんか、ちょっと、腹の調子も悪いし、これ……飲むの、またにしとくわ。とりあえず、ありがとな、おまえら」
「なにビビってるんだよ! そんなこと実際あるわけないだろ! 溜まってきてるんだから、早く飲めって。もうそれはな、ノルマだ! ノルマ!」
「ビビッてねえよ! てか、栄養ドリンクのノルマってなんだよ! そもそも溜まってきてるのは、おまえらが無駄に買ってくるからだろうが!」
「無駄っていうな、無駄って! 俺たちの愛の結晶を!」
「これのどこが愛の検証なんだよ!?」
「まあまあ、そうムキになりなさんなって。そもそも警察なんか来るわけないだろうによ」
 俺たちの聖域が土足で荒らされることになったのは、この二〇分後のこと。まずはレオンハルトが駆けこんできては派手に栄養ドリンクの瓶をぶちまけ、嵐のようにように去っていった。そしてその僅か五分後に今度は本物の警察が押しかけてきた。時刻は二〇時一八分。まだしも同僚とじゃれているこの時は、まさしく嵐の前の静けさだった。
「だからムキになってねえよ!」
 
 レオンハルトに続き、遂に日本の警察がやってきた。ダンボールの合間で思案を巡らせるも僕はけっきょくまだこの一七階に潜んでいた。機が見つからなかったのもあるし、転倒して打ちつけた膝が痛く、満足に動ける状況になかったというのもある。ふと気づいた、というのもある。情報の集まるハブとなり得る場所はここだろう、と。状況を把握するのにここ以上の場所はなかろう、と。暗く、そして身を隠す場所が多い点も悪くない。だからこそ急にレオンハルトが駆けこんできた際にも隠れきることができたのだ。少し寒くはあるけれど、それもカナダの冬にくらべればたいしたことはない。
 それにしてもさっきは慌てさせられた。ポールと共にもう死んでいるはずのレオンハルトが生きたままここに駆けこんできたのだから。監視カメラのモニターをどうにか覗ける位置はないものかと気配を殺し、四人の作業員の背に迫っているタイミングだったから尚さらである。驚いて転倒するも蛇よろしくフロアを這い、なんとか影に潜むことができた。打ちつけた右の膝が皿が割れたのではないかというほど痛んでいるけれど。まさしくその瞬間は火事場の馬鹿力で乗り切れたのは幸いだった。
 なにより冷や汗をかかされたのは、ずらりと並べられた栄養ドリンクの瓶だ。僕が倒れたときの振動でモニター前のデスクのそれがガチャガチャと落っこちてしまったときには頭を抱えた。胆が冷えた。しかし運よくレオンハルトの不注意のせいになったのは助かった。その騒ぎに乗じてこうして隠れ直せられたのも僥倖だ。
 夜の静寂を破ってあらわれた物々しい日本の警察は、事前に許可でも取ってきたのか、はたまた無断なのだろうか。倉庫にある備品で手早く拠点をつくり、すぐに人を連れてきては話を聞きだした。その一人目が、あの男だった。忘れもしない。トイレの入口ですれ違った、あの不審な男。イガルクかも知れぬ、謎の男。物陰に隠れたまま聴取の内容に聞き耳を立てる。どうやらポールは予定通りに死に、それを最初に見つけたのが、この日本人の男らしい。
 はたして偶然なのだろうか。もしそうだとしたら驚くべきタイミングを誇る男である。死体に遭遇する天才なのだろうか。ともあれいくら耳をそばだててもイヴァン・ニーベンに関する質問は警察の口からは出てこない。すべてがポールに関するものだけ。どうやら聴取を受けている、まさにその男が隠した僕の身代わりの死体は、未だ公には晒されていないらしい。一体、あの若者の死体は、今、どこにあるのだろう。
 
 
 騒がしい足音があちこちから聞こえてくる。今度こそ警察だ。直感する。モニター脇に映る数字が二〇時四三分を告げていた。五分前、あのアークエンジェルのレオンハルトが飛び込んできた時には驚いたものだ。その慌てぶりにイヴァン・ニーベンの死体が見つかってしまったのかと思えば、死んだのは意外にもポール・エルデシュだった。それで緊急事態につき、イヴァンを探しているのだ、と。
 俺には即座に状況が把握できた。イガルクの誰かがアクションを起こし、いよいよポイントを稼ぎにきたのだ。ポール殺害の功績もランキングではかなり上位となるだろう。いよいよもって、なかなかに手強いライバルが出てきたようである。
 それよりもしかし、俺として今もっとも気になるのは、通報を受けて雪崩れ込んできた警察の奴らだ。あいつら、ちょうどよい空間を見つけたとばかり、権力を武器に余所者のくせに一七階に勝手に陣を敷き出している。まさしく我がもの顔で。俺たちの聖域を、神聖なるフリータイムを、一方的に蹂躙していく。
「すいませんねぇ、騒がしくしてしまって。ここならお客さんに迷惑がかからないと思いましてねぇ?」
 そこそこに歳を重ねた刑事が、誰宛かは曖昧に、それでいて俺たち四人に向けて言う。俺たちに役職はなく、四人が四人とも横並びだ。リーダーや責任者といった人間は、今、この場にはいない。だからであろう。誰に話したらよいのか、とそんな感じの話し方である。それでいて誰であってもよい。決定は絶対だ、と言わんばかり。表面的な物腰は柔らかいものの、奴らは俺たちの回答など待たず、どんどんと椅子や机を設置していく。これだから権力者というのは気に入らない。
「……ああっと、僕たちでは、なんとも。本部に許可をもらっていただければ」
「ええ、そうさせていただきます」
 そういうのは事後じゃなくて事前にやるべきだろう。許可は先に取ってくれ。喉まで文句が出かかったけれど、先に口を開けば負けだ。暗黙的に四人の中で今後の対応窓口に固定されてしまう。俺は同僚が恐る恐る答えるのを尻目に、じっと押し黙る。モニターに向かって殊さら作業をしている風を装い、時おり気になると言った仕草で奴らの作業を盗み見るようにして。
「いやはや、しかし日本も物騒になりましたねぇ?」
 またしても誰にともなく呟く小柄で小太りのジジイ刑事はきっとそれなりの役職なのだろう。雑用は下々の役割とばかり、若い奴らを蟻のように齷齪と働かせている。己はスマホを触っては時間を潰し、まだかまだかと太々しい態度。権力者の中の権力者、俺の嫌いなタイプである。推しのライバル、SINBUNSIを抑えて、今この時点での設楽雄介の嫌いな人間ランキングで見事に堂々一位にランクインだ。一位がこのジジイ刑事で、二位は不動のSINBUNSIである。
「……おい。おい、雄介? なあ、おい?」
 間を置かずして仮設の事情聴取空間が俺たちの仕事場の真隣に併設される。これではやはりいつものようにサボるにサボれない。鬱陶しくて仕方ない。怒りまじりにモニターを覗いていれば、不意に隣から潜められた声が聞こえてくる。イガルクでもない一般人なれば、警察がくれば不安にもなろう。俺は心配するなと目で伝える。
「おい、そこだ。そこ。足元……」
「んっ? なんだよ?」
 同僚からの口元を隠しての小声の報せに何事かと思えば、続く言葉に脱力を覚える。
「瓶がまだ一本落ちてるんだよ」
「瓶? 瓶ってなんだよ?」
「俺たちの愛の結晶だよ」
「ドリンクか。あれのどこが愛の結晶なんだよ」
「いいから早く拾えよ。警察に持っていかれちゃうだろうが」
「誰も持っていかねえだろう、こんなもん」
 まったくこんな時にも相変わらずである。しかし実は緊張しているのだろうことが見てとれる。それもそうだろう、こいつらは一般人なのだから。
「……俺たち、あと一時間で交代して帰らせてもらえるのかな?」
「知るかよ。あの偉そうなジジイがなんか言ってくるのかもな?」
「雄介、おまえ、それ飲んでさ、文句言ってこいよ」
「飲まねえし、行かねえよ。体調悪いやつに行かせようとするんじゃねえよ」
「まあまあ、ともかくこいつは賄賂としておさめてくれって」
「おい。勝手に俺のカバンに栄養ドリンク入れんな」
 誰かとふざけてでもいないと押しつぶされてしまいそうなのだろう。どいつも、こいつも、いつもより確実に口数が増えている。俺のようにイガルクなれば別だけれど、一般人ならばやむをえまい。
「しっかし、邪魔くせえなあ……すぐ側に来るんじゃねえよ」
「すいませんねぇ。ここがあれこれするのに都合がよくてねぇ」 
 心臓が跳ね上がる。いつの間に背後にいたのか。例の歳のいった刑事が相変わらず表向きだけの申し訳なさそうな表情を向けてくる。それでいて目が一切謝っていない。それどころか俺たちに状況構わず面倒を押しつける気満々と見える。
「っで、お忙しいところ申し訳ないんですがねぇ?」
 やはり、だ。こうした手合いは周りの予定なんてまるで鑑みない。即座に嫌そうな顔をし、内容を聞く前に牽制をいれる。勝手に人の工数を自分のところのリソースとして使ってもらっては困る。
「うちの東に、その……監視カメラの映像をあれこれ見せてやってほしくてですね。機器の操作を教えてもらえれば、あとはこちらでやりますのでねぇ」
「ああ、いや、しかし、こちらも仕事がありますので」
 一般人に成り代わり、やむなくそろそろイガルクの俺が答えるとする。しかし横柄な権力者である。こちらの回答などまるで気にしない。というより回答はYESしか認めないと、端から決めているように見える。
「少しだけでいいんですよ。ご協力をお願いしますよ」
「……といっても、ここの機材は、今、すべて業務で使っていて空きがないんですよ」
「ああ、それは大丈夫です。端末もモニターもこちらで別に一つずつ用意するので。邪魔にならないよう、そっちの、端っこの方に、一席、置かせてくださいね。ハードディスク、って言うんですかね? 録画データのある、そこにアクセスして、それを見られるようにだけしてくださればよいのでねぇ」
「しかしセキュリティ上の問題があるので……」
 さっきレオンハルトになんの制限もなく好きなだけ見せた後とは口が裂けても言えない。
「親会社さんにも許可は取りますし、ここはひとつ、よろしくお願いしますよ」
「いやー、そうはいってもですね……」
 どうあっても覆らせない。協力は絶対にさせる。例外は認めない。柔らかな表情の奥に潜む集権性に反吐がでる。やはり俺は刑事というものが嫌いだ。とりわけこの偉そうなジジイ刑事が嫌いで仕方がない。とはいえ、従わなければいけないのが現在の世である。東と呼ばれて顎で使われている兵隊蟻にやむなく操作を教える。パソコンを繋ぎ、動画再生用の専用ソフトを入れ、セキュリティを解除する。管理者権限を付与する。慣れもあって俺であれば、実は、五分で出来る作業である。たいした労力でもない。しかし言われるがままに従うのが癪だったので少々抵抗した。とはいえ、けっきょくはこのざまである。今後、こうした世の理を如何にしてぶち壊していくか。イガルクとしての矜持が静かに俺の中で燃える。
 すべての権力者を必ず滅してやる。
 しかし捨てる神あれば拾う神あり、である。どうやら俺は、やはり選ばれた男らしい。時刻は二〇時五八分。聴取の一人目として、なんとあの不審な男が呼ばれてきたのだ。作業場が隣接していることをこれ幸いと聞き耳を立てる。俺を嵌めようとしたあの男の、イヴァン・ニーベンを殺したあの男の、その現状を探る。
 
「ああ、ここに置いてくれ。ありがとう」
 大石は嬉しそうに礼を言ってスマホを傍らに置くと、テーブルに並べられたオードブルに目を輝かせる。どうやら部下に上のパーティー会場から入手してこさせたらしい。俺の分も並べられているけれど、言わずもがな、とても食べられる気分でなかった。頼みの綱の東を探せば、現代の若者よろしく、だ。上司から休憩との連絡を受けたからか、きっちりと外で休憩時間を過ごしているようである。俺とのさっきの会話の件も休憩中はひとまず保留、といったところなのか。たしかに勤務時間外の扱いなのだろうから、ここで勤務態度を批難することはできないし、この河豚のような上司と一緒にいては気が休まらない、という彼の感覚に共感もできる。とはいえ、それは俺も同じなのだから、ぜひとも早く戻ってきてもらいたい。
「あれ? 田中さん、食べないんですか?」
「……ええ、まあ」
「お腹が空いているのでは?」
「そのはずだったんですが、なんというか……」
 わかっていてわざと聞いているのだろう。本当に蛇のような河豚だ。もともと空腹は伸幸がツイートしたことで俺の言葉ではないのだ。けれどそれを差し引いても、もしも俺自身が本当にツイートしていたとしても、状況は同じであったろう。どんな内容が監視カメラに映されているのか。気になって空腹を感じるどころでない。それを分かったうえで、目の前の警察官は、敢えてそれを見せるまでの時間を引き延ばしているように見える。俺が精神的に擦り減るように。まったくもって陰湿で嫌な男である。
「すごく美味しいですよ。さすがはセレブのパーティーの食事です」
「……ええ、そうですね。僕も先ほど会場で食べましたが、すごく美味しかったです」
「あれっ? そうなんですか? セレブのパーティーの場では用意はあっても基本的には食べないとかなんとか聞いたことがありますが?」
「マナー的なやつですか? 品がないとか、食べるより会話することに時間をあてることが重要だ、とかなんとか?」
「ああ、それです。それ」
「本物のセレブにしたら体裁があったり、付き合いを広げたり、いろいろあるんでしょうけど、僕みたいに場違いな庶民なのにたまたまパーティーに呼ばれちゃった人間からすれば、見たことない料理とかあったらやっぱり食べちゃいますよ。せっかくならば、と」
「おおっ、すごくわかります。私だったらイベントのメインの発表なんて放っておいて、食べることに専念しちゃいますねぇ」
「ですよね。僕もです」
「なんなら私はタッパーに詰められないか、とか考えちゃいますし」
「ああ、わかります。うちも子どもや嫁がいるので、美味しいものは家族にも食べさせてあげたいな、と」
 そんなに料理がお気に召したのか、はたまた俺を油断させるためか、もしくは休憩時間中だからのオンオフの切り替えの激しいタイプなのか、大石はこれまでと打って変わって気さくに話し掛けてくる。狙いが見えず、どうにも警戒してしまう。しかし、この様子であるならば東不在でもしばらくは問題ないかもしれない。流れそのまま弾む会話を振ってくるので、最初は食べ方すら汚らしく感じていた正面の蛇のような河豚も徐々に普通の警察官くらいには見えてくる。気づけばいつの間にか俺も料理に手を伸ばしていた。
 どうにもしかし界隈きっての有名プロジェクト、マリナのミートアップだ。出てくるオードブルはやはり本当に美味い。豪華だ。陽葵にはまだ無理だろうけれど、冗談抜きで、裕子に、陽希に、陽翔に、食べさせてあげたかった。そのためにも無事に帰らねばならない。ここで気を抜いてへまをやらかすわけにはいかない。あらためて気を引き締め、よくよく注意を払って見てみれば、だいぶ時間も経ち、それなりに親交を深めたというのに、それでも大石は時折ちらちら周囲に視線を走らせている。注意深く意識しなければ捉えられないくらい自然に、というのが尚さら気にかかる。どこか機を伺っているように見えるところもある。職業柄の癖のようなものなのか、あるいは俺を警戒してのことか。監視カメラのことがあるのだから、おそらくは後者だろう。如何に表面的に打ち解けてみえようと、大石の俺への疑いが溶けて消えるわけはないだろう。
「ちなみに田中さん。食事中に、しつこいようで、すいませんが……」
「ええ、なんでしょう?」
「もう一度お聞きしますけど、あなたは本当に田中さんですか?」
 伸幸ではなく大輔だけれど田中ではある。大石の質問の意図は読めていながらも嘘ではないからと言い訳し、俺は首を縦にふる。
「では、新聞紙は見ていますか?」
「えっ? しん……ぶんし?」
 あまりに脈絡がない。さっきも一度あったけれど、なぜここで新聞が出てくるのだ。ふと顔をあげれば大石が僕のリアクションを余さず捉えんとばかり、異様に粘り気のある視線を絡ませてきている。警戒を強め、姿勢を正し、まっすぐに向き合う。そんな俺の様子をじっくり見た後、大石が続けて口を開く。
「どうにもやはり腑に落ちません。それではこちらも少し手の内を晒しましょう。あなたのSNSアカウントは知れています。名簿を拝見しましたので。そこで、です」
「……そこで?」
「どうにも中の人、すなわちこうして目の前にいる田中さんと、アカウントの人格が一致しないんです。あれこれ遡って見てみたんですけどね」
 なるほど、そうだったのか。大石が執拗にスマホを触っていたのは、俺の、正確には伸幸の、ツイッターアカウントを調べていたからなのか。ふと、背筋に寒いものを感じる。もしもまた伸幸がツイートしたなら。俺がツイートできないタイミングで、逆に我が悪友が投稿してしまったなら、その時点で不正がばれてしまう。それ自体は問題ないと伸幸も言ってくれたけれど、この状況での嘘発覚は違う意味で不味い。容疑者として疑われてしまう可能性が増してしまう。
「それで田中さんのツイッターを遡って、過去の発信からENSアドレスなどが拾えているわけですがね。なにより私が驚いたのは、あなたがセドナの中の人であること。実はですね、私も私でSINBUNSIの――」
「大石さん、大変です!」
 意を決したとばかり喋りはじめた大石の言を遮ったのは、慌ただしく駆け込んできた東である。再びおかしな空気に成りつつあったから助かった。しかし安堵する俺を他所に休憩から戻った若き警察官は「逃げるなよ」とでも言わんばかりの鋭い視線をこちらによこした。まるで犯人を睨むような、そんな視線を。なにやら雲行きが怪しく、とてつもなく嫌な予感がする。
 東は俺を目で牽制するなり、すぐさま大石を連れ立って端のほうへ移動した。聞かれてはいけない話、というやつなのだろう。会話の内容は不明なれど、両者からちらほら視線が飛んでくるのが感じられる。まるで決定的な証拠、あるわけもないのだけれど、そんなものでも見つかったかのような雰囲気である。
 しばらくすると二人が揃って戻ってきた。東は立ったまま、大石は再び俺の正面へ座る。刹那、テーブルのうえの色とりどりの料理が石よろしく灰色に変わって見えた。対峙する警察官の纏う、ぴりぴりとした空気がそうさせたのだと気づく。これまでとはまるで違う空気感。重たく、暗く、冷たく、張り詰めている。驚きに息を飲む俺を前に大石がゆっくりと口を開く。
「田中さん、上ではもう騒ぎになっているし、すぐにわかるだろうからそのままお知らせしますねぇ」
「お知らせ……ですか?」
「ポール・エルデシュ氏に続き、レオンハルト・オイラー氏の死亡が確認されました。同様にトイレで倒れていたようです」
 絶句した。人がさらに死んだ、という事実に。あまりに非現実的すぎる。これではまるで本物のミステリー小説だ。同じように倒れていた、ということは、同じように外傷がなかった、ということなのだろうか。一体どんなトリックが使われたのか。事件でなく、事故や病気の可能性も、まだあるのだろうか。趣味とはいえ物書きのはしくれとして、どうしても考えてしまう。
 そこまでいって唐突に全身から汗が吹き出した。気づいたからだ。同様の死因であれば、容疑者も同様となろう。つまり俺にさらなる疑いがかかってきた可能性がある。それであれば二人の警察官の眼前の雰囲気にも頷ける。椅子にもたれたまま、重力が何倍にも増したように感じられた。口を開くことが重労働に感じられるほどに。
「それだけではありません。田中さんも顔を知るという例のイヴァン・ニーベン氏はこれだけ探しても未だ行方不明。さらにはダーヴィット・ヒルベルト氏も死亡が確認されています。これまた彼も、トイレで。レオンハルト氏の隣に倒れていたそうです。つまりはアークエンジェルと呼ばれる四人の幹部うち三人が死亡、一人が消息不明という由々しき事態にあります」
 またしても死人が出た。連続殺人事件、そんなものが現実で本当に起こりうるのだろうか。人混みへ向かって無差別にナイフを振り回すのでなく、この会場で大物ばかりをピックアップしての殺人など、まったくにわかに信じられない。
「それで、です」
「……それ、で?」
「ダーヴィット氏だけが状況が違い、背中からひと突きにされていました」
「えっ!?」
 思わず声が出る。これまでの二人と同じ外傷なしの殺人でなく、一人だけあからさまな他殺だというのか。そうせざるを得ない事情があったのか。はたまた別の人間の犯行なのか。それだった場合、単独犯が別々に行動した結果なのだろうか。このミートアップ会場で。もしくは単独犯でなく複数犯、共犯者がいたということなのか。となると、つまりは俺に仲間がいると疑われているのだろうか。
「そうなんです。ひと突きです。っで、ですね? どうも現場にナイフとスタンガンが落ちていたらしいんですよ。こちらなんですけどねぇ?」
 大石がぐっと寄せてくるタブレットを見て戦慄する。間違いなく俺の用意したバタフライナイフとスタンガンだ。イヴァン・ニーベンの恐喝用の、あの凶器の。
「田中さん、どうされました? なにか心当たりでも?」
 何者かが俺を貶めようとしている。それこそまるでミステリーやサスペンスよろしく。俺自体に恨みがあるのか、はたまた罪をなすり付けるに丁度よい人間なのか。どちらにしろ危険な状況に置かれていることは考えるまでもなく理解した。寒いのに熱い。身体中に鳥肌が立っている。背中を冷たい汗が流れる。不意にさらなる悪い予感にぶち当たった。目前ににじり寄る大石でなく、その傍らに立つ東を何気なく認めた瞬間に。俺の車にスタンガンとバタフライナイフが隠してあることを知っているのは、すべてを告白したこの男だけだ。喉が引き攣る。乾きすぎて痛みを覚えるほどに。走ってもいないのに呼吸が暴れる。まさか利用されたのか、この若い警察官に。犯人役を押し付けられたのか。
「心当たりがおありなら、ちょっと詳しく聞かせてもらえませんか? ねぇ?」
 大石が部下に仕草で料理を下げさせる。目の端で隣の島の眼鏡の四人が息を飲むのが伝わってくる。待ち構えていた自分たちの出番は失ってしまったけれど、事態はそれどころでなく、ここがこのドラマの最大の見どころだ、とばかりの様子で。今さらどう言い訳すべきだろうか。伸幸ならまだしも、三流どころか見習い以下の、自分で志望しているだけの物書きの俺に、もっともらしいストーリーを構築できるだろうか。もはや事情聴取でなく質問は取り調べの様相を呈してくるだろう。目の前が真っ暗になった。混乱していた。だからだろう。聞こえるはずのない悪友の、伸幸の、その声が急に遠くから聞こえ出す。

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