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仮想通貨と自律分散型殺人事件 第8話

どうやらレオンハルトが死んだらしい。イガルクらしき日本人の男の聴取がはじまってまだ三〇分やそこら、実質的には十分そこそこのことである。軽く食事をしながら、すぐに休憩に入り、ようやく質問を再開したかと思えば、いきなりのビッグニュースが飛び込んできた。膝の痛みを堪えながら姿勢を変え、少し近づいて聞き耳を立てる。なにやらダーヴィットまで死んだと言うので驚きである。最終的な結果、狙いこそ同じであっても、僕の筋書きとはまるで違う。なによりまさか刺殺だなんて。
 間違いなく僕以外のプレイヤーが土俵にあがっている。この僕、イヴァン・ニーベン以外の誰かが。アークエンジェルを殺すための、その企みの舞台に。
 それにしてもイガルクがここまでの強硬手段に出ようとは思いもよらなかった。もう少し洗練された組織かと思っていたけれど、これでは幼いとしか思えない。事故死に見せ掛けるという最低限の礼儀なく、捕まってもよいとばかりの犯行だ。これでは宗教テロにおける自爆テロに等しい。日本人よろしくの特攻をかけるだなんて僕の美学には反する。
 あるいはイガルクでは殺人犯の前科に勝るインセンティブの設計でも成されているのだろうか。二十年の懲役が言い渡され、よしんば服役したとしても、その後の人生の保証がされている、といったような。もしくは自分自身は塀の向こうとなるものの、家族へは十分な報酬を残せる。それも自分が真面目に働くよりもずっと、といったような。そうしたケースならば、僕としても必ずしも理解できないものではない。
 それとも、はたまた、一見して死なばもろともの殺人と見えるけれど、その実、罪を別の人間に擦りつけられるような算段でも犯人的には立てられているのだろうか。なんであれ僕の書いたプランが既に大幅に狂っているのは事実だった。
 当初、僕の描いた絵図は、こうだ――
 まずもっての前段で、僕に心酔する同じカナダ人の、同い年の若者と食事をし、彼にとってはじめてとなる日本料理で、河豚で、毒殺する。僕の身代わりとなる死体をトイレに用意する。もちろん後で入れ替わるために。
 その後、イベント開始前にアークエンジェルの皆で会食をし、ここでも河豚の毒を盛る。同じく日本料理の味を知らないポールとレオンハルトへ。この二人は僕こそ殺されるものと思っているけれど、それを逆手に取ってダーヴィットと結託して殺害するのだ。
 ただしアリバイをつくるため、先に僕の身代わりのほうを死んだことにする必要があり、だから彼らには毒の発症を遅らせるべく、トリカブトの毒もあわせて飲ませる。フグ毒とトリカブト毒は同時に服用すると拮抗作用が起こり、半減期の差によって中毒症状が遅れて出現する。安直な定番トリックである。それでも僕にはうまくいくという目星は立てられていた。ポールも言っていたとおりだ。殺人には動機が、事故にはストーリーが大切なのだ。そして余程おかしなシナリオでなければ、わざわざ外国人の死体が解剖がされることはない。
 僕はその身代わりの死体の発見役にレオンハルトを選んだ。注意力散漫なあの男のことである。事前にポールらと僕を殺す算段を立てているともなれば、まずもってきちんとした確認を怠り、僕の死体だと思い込み、別人の死体とは気づくまい。警察が到着してからの検視の際にはレオンハルトはイベント現場を回す役へとスイッチさせ、バトンタッチしたダーヴィットが引き取って偽証する予定だった。これはたしかにイヴァン・ニーベンの死体である、と。日本の警察にすれば外国人の顔の区別などよくよくつけられないだろうし、それがそこに存在するはずのない僕そっくりのカナダ人の死体ともなれば、まず疑われることなく僕が死んだといった判断をされよう。イベントの招待者名簿諸々にもあの若者の名は載っておらず、つまりはこの場にいないことになっているのだから尚更だ。なにより親代わりのダーヴィットが僕だと証言すれば、それは間違いなく僕になる。その死体は。これで晴れてイヴァン・ニーベンが死んだことになる計画だ。
 さらにはメインイベントの発表前にダーヴィットが三人を集め、僕の、イヴァンの、殺害、その成功を共に喜び、今後のマリナの方針を再確認する段取りにしてある。予定ではそのあたりでポールとレオンハルトの体内に仕掛けた時限爆弾が炸裂し、彼らは揃って中毒死する手筈だ。加えて何かあった場合に、どちらか、あるいは両方を仕留め損なった場合にと備え、ダーヴィットには河豚の毒と同じ成分の毒を栄養ドリンクのかたちで二本持たせてある。あとは僕が頃合いを見て、同じく僕が隠し持っている、もう一本のそれを老人に飲ませれば、ミッションコンプリート。表向きはアークエンジェル全員が死んだことになる。
 検死がパッと見からの確認だけで済み、河豚を食べたことによる食中毒での死、すなわち事故死とされれば万々歳だ。ストーリーとして、別段おかしくもあるまい。よしんば解剖まで回っていった場合にも、ハッキング済みのダーヴィットのアカウントから発信時刻を定めて事前に設定した予約投稿を装って遺書を出し、非中央集権の世の実現のため、と自らを含むアークエンジェルを始末したことを告白させる。ダーヴィットに罪をかぶせ、ダーヴィットが僕らを殺し、さらには自殺したように見せ掛けるのだ。
 これで僕は事故死の場合も、事件の場合も、たしかに死んだことになり、アークエンジェル、マリナの癌は、集権要素は、遂に廃され、僕もまだ見ぬ、あらたなコミュニティ、マリナ2.0が始まる。その予定だった。僕は死んだテイでもあるし、匿名であっても今後の運営には深く関与せず、別人となってただひたすら行く末を見守るつもりだった。時にカナタとふざけたやりとりをしながら、門司で釣りをする毎日でも送りながら。事前に思い浮かんだ注意しなければならない障害はといえば、あの老人の存在だけである。抜け目のないダーヴィットのこと、僕と結託しているふりをして、ポールとレオンハルトを殺害した後は、おそらく僕を殺しにくるだろう。マリナの主権を一手に握ろうとして。そこさえ気をつければ、この計画はきっとうまくいく。必ず。
 ――っと、そう考えていた。
 それがまさかここまで計画破綻してしまおうとは。未だ若者の死体の行方はわからない。しかし良くも悪くもアークエンジェルの三人を退場させることには成功している。となれば、あとはもう僕がここから消えるだけなのだろう。僕は、イヴァン・ニーベンは、このまま失踪したことにする。事実、このまま失踪する。後から身代わりの死体が見つかり、それが失踪中の僕と見なされてくれる幸運もあるかもしれない。逆に別人であると、ただしくあの若者であると、そう判断されてしまえば、それすなわち僕が生きていることの証明となり、僕が犯人として一層疑われてしまおう。可能性は五分五分だ。いや、随分と分が悪い。レオンハルトであるまいし、日本の警察はそれほど馬鹿ではないだろう。ダーヴィットの偽証による伏線なしに死体を誤認識してくれるとは思い難い。となれば、後からマリナのコミュニティに迷惑をかけてしまうかもしれない。
 創設者が殺人者。
 それはブランドイメージにこれまでにないほどのダメージを与えるだろう。そうなった場合には僕としてもけじめとして命を断つ覚悟はある。非中央集権の実現を掲げ、ダーヴィットの遺書として出す予定だったはずのメッセージを正しく僕として発表し、そうしてせめてものナラティブを構築してから死ぬ。最悪であるのはそれをする前に不様に逮捕されてしまった場合だ。それはさすがにホルダーの皆にも、僕の身代わりで死んだ若者にも、非中央集権の礎として犠牲になったアークエンジェルの三人にも申し訳が立たない。
 思考がぐるぐると回る。やはり若者の死体を探し出し、僕の死体へと、今からでも再度仕立てるべきか。とはいえ、もうダーヴィットが刺殺されてしまっている。彼による偽証が望めないどころか、今や今回の件は完全に他殺として、殺人事件として捜査が進められてしまっている。食中毒の事故で済む可能性のあったこれまでとはあきらかに状況が違う。
 そのうえ、右膝の痛みが次第に増してきている。ここはもう一旦は退くしかあるまい。今後は界隈の情報をこれまで以上に、一日が七〇〇日以上に感じられるほどに、ウォッチしていかなければならない。僕が逮捕され、手錠をかけられた姿を、世界に晒すわけにだけはいかないから。その前に命を断たねばいけないから。
 イガルク――
 足を引き摺りながら気配を殺して進む中、その名が僕の頭に蘇る。計画を台無しにしてくれた、と復讐を思い描いているわけではない。郷に入れば郷に従え、だ。誰が創った、どんな集団なのか、まだ定かでない。しかしながら犯罪に精通する部分が少なからずあることは間違いない。そうなれば警察の捜査状況などの情報も実はイガルクの中で共有されているのかもしれない。
「……一度、入ってみるか」
 自然と言葉が零れた。マリナを後にした次に向かう先が唐突に決まる。カナタや誰かが入会の取っ掛かり、その入口の情報を知っていないだろうか。まずはそれを見つけるところからである。
 清掃員の姿をした僕は最後の力を振り絞って平静を装い、膝の痛みを挙動にあらわさぬよう歯を喰いしばり、ロイヤルクラウンホテルを抜ける。振り返った五つ星ホテルは日本の冬の空を衝かんとばかり高く高く伸びていた。僕はそれを天辺まで見上げることをせず、それを背にしてすぐに闇に溶けていく。
 右の膝が痛かった。イガルクについてさっそく調べてみようとスマホを取り出そうとして、ふと気づく。片方のポケットにあるべきはずのものがなくなっている。もはやそれは必要ないものではあったけれど。それを飲ませるべき相手は、もうこの世にはいないのだから。少し若い頃のダーヴィットの顔が不意にふと夜に浮かんだ。
 
 親の心、子知らずとはまさしくである。とはいえ、それでよい。 そうでなくては新しい時代は創れない。変革には狂気が必要だ。それを行うにはどうしたって一定の怒りが必要でもある。ならばそれらは、私が、担って、背負って、与えて、やるべきだろう。このダーヴィット・ヒルベルトが。
 もはやわかっている。私の生きている間にDAOやWeb3.0が、非中央集権が、この世に実現されることはない。それはもう二十年以上前に予測でき、確信し、あきらめをつけている。だからこそ、なのだ。バトンを次の世代へ渡すべく、思想を、理想を、チェーンのように繋ぐべく、その相手を探したのは。そうして見つけた。幸運にも、天才の原石を。世の進みを三倍は加速させられるだろう、逸材を。イヴァン・ニーベンを。
 いつまでも少年に見える、その痩せた男にはもはや己のすべてを叩き込んである。彼は私の仕込んだとおり、必ずや私を殺しにくる。その他の邪魔な幹部を始末したならば、必ず。そうしなければマリナは次のステージに進めないから。 
 けれど時代を進めるためには、この天才が罪に問われてはいけないし、ましてやこの天才が本当に殺されるような事態が起こってもいけない。この若者を止めること、それはすなわち直接的な世界の損失なのだから。
 だから私がすべての罪をかぶり、そして彼の中に真っ赤な怒りの炎を発火させて去る。どのみち、もはや私の先は永くない。今さら、誰に、それがたとえ子や孫に等しい存在からであろうと、どう思われてもさして問題ではないのだ。
 この時のために創設したイガルクも組織として十分に機能するに至っている。こちらもオプションとして十分に使えるだろう。あとは手持ちの駒を上手に使って集権を担う部分をすっきりと廃除するだけだ。もちろん、この私自身まで含めて、すべてを。
 ひとつだけ私が気がかりなのはイヴァンの現状が未だ掴めていないこと。予定通りにポールは始末できたし、レオはこうして足元に転がっている。もはや助かる見込みなく、なにをおいても今さら手遅れ。すなわち二人は処分済みだ。
 残る私のことはどうとでもなるとして、あとはイヴァンがイヴァンの計画通りに死んだことになり、この場から立ち去れるかどうか。それだけが気掛かりである。偽物の死を偽証する準備もできているというのに、しかしなぜか音沙汰がない。イヴァン・ニーベンの死体が発見された、という報せが届かない。
 もしやとイガルグDAOを覗いてみるも、そこにはまだ目立った実績はアップされていなかった。あるのは機を伝えるべく、私やポールらの動向を知らせるための投稿。それからビルの監視カメラの映像を何度となく止め、攪乱しているというもの。さらには凶器に使えるナイフとスタンガンが駐車場の、緑色のファミリーカーのダッシュボードにしまわれている、という情報の提供。
 イヴァンの所在に関しての情報やイヴァンを殺したという実績、あるいは死体を発見したという報せは未だにない。直接連絡を取ろうにも携帯電話はつながらなかった。あの若者は、イヴァン・ニーベンは、今、一体、どこでなにをしているのだろうか。
 警察の捜査が本格的にはじまっている。もはやあれこれできる猶予はない。あの天才は天才ゆえ、妙に危ういところがあるのが玉に瑕だ。そこが人間味があって可愛いところでもあるのだけれど、我ながら過保護なのかなんなのか、こうした場面では心配せずにいられない。
 ふと、転がるレオの視線を追って見上げると、天井が四角く切り取られていた。あの向こうに誰かが潜み、それこそ日本の忍者よろしく情報収集をしていたならば。そうした場面までも想定し、私は、三六五日、二四時間、片時も休まずに役割を演じている。ここ三年間、ずっとだ。そちらが私自身の本来の性格なのではないか、と今や思えてしまうほど、すっかり悪役も馴染んでいる。一日が一年に感じられる界隈での千日以上なれば、それはもう気の遠くなるような長い時間であるのだから。
 いい加減にもういいだろう。少し疲れた。あとはもう若い者たちに、次の時代の人間らに託し、楽になりたい。刹那、背中に焼けるような痛みが走った。瞬けばレオンハルトと見つめあっている。思えば、この若い男には少し悪いことをした。それなりに才能はあるというのに新しい世のために犠牲になってもらったのだから。この私が、この手で、直接、殺したのだ。
 さておき、何事なのだろうか。気づけば私はレオの隣にトイレの床に伏している。どうにか首を捻れば、そこには見知らぬ影が立っていた。見知らぬ、小さな影が。 
「……お、おまえ、が? て、ん……つかい、か?」
「手の内をべらべらと明かして解説するのは日本では死亡フラグだって知らなかった? おじいちゃん?」
 悪くはない。むしろ上等である。見ず知らずの天の使いに無慈悲に刺し殺される。これくらいの不様な最後が私の罪には相応しい。 惜しむらくは私に遣わされたこの使者が本当に天使のように可愛らしいこと。私はもっと汚らしい者に殺されるべきであった。こうした未来を担う宝石のような存在を、こちらの道に染めてしまうべきではなかった。そこだけが最後の最後に後悔が募る。これこそが私に与えられた真の罰なのだろうか。
 ふと、私を天に送ろうというその子が、引き取ったばかりの幼き日の、あの少年の姿と重なる。あれから二十年、彼はもう十分に大人になった。これ以上、私ごとき凡人があれこれ気に掛けるのは逆に失礼なのかもしれない。イヴァン・ニーベンの所在はわからない。 教えない、というそれも神より私に与えられた罰なのかもしれない。しかし私は確信している。あの天才は必ずやうまくやる。いよいよ目蓋が落ちてきた。私の時間が、今、尽きようとしている。あとは皆に任せ、じっくりと向こうで眺めさせてもらおう。もしも私にそれが許されるのであれば。
 
「東っ! おい!」
「大石さんに伝えてきます! 僕が、自分で!」
 名前を呼ばれるも振り切って少し先の大石が聴取を続ける空間を目指す。まさか休憩を終え、一七階へと戻り、最後に立ち寄ったトイレで、こんな場面に遭遇しようだなんて。既に鑑識が慌ただしくしていた。死体が二つ、そのうち一つはあきらかに他殺体だ。すぐにダーヴィットとポールの二人だとわかり、即座にイガルクの仕業であろうと察する。スマホを開き、実績報告を確認する。間違いない。イガルクのメンバーが二人を殺害している。そう投稿している。
 会場の中の人間か、はたまた外か。
 一七階のトイレでの犯行となると、どちらでも可能である。招待状をもらえず会場に入れなかったメンバーの多くも、少しでも貢献しようと、またイガルクポイントを稼ごうと、ランキングを上げようと、すなわち後に歴史の転換点と語られるであろう史上最大の今回のイベントに関わろうと、ホテルの中で虎視眈々と牙を研ぎ、機を伺っているはず。そのあたりのメンバーがひとつ下の階に降りてきた二人をこれチャンスとばかりに仕留めたのだろうか。あるいはイベント参加メンバーが会場内でそれを行ったのだろうか。
 ともあれ二人は死んだ。
 しかし、その事実は今はどうでもよい。どうでもよくないけれど、どうでもよい。気にしなければいけないのは、これ見よがしに残され、発見された凶器である。バタフライナイフにスタンガン。間違いなく田中大輔の持ち込んだそれである。
 まずいことになった、と直感する。
『駐車場に止められた緑色のファミリーカーのダッシュボードにスタンガンとバタフライナイフを用意した』
 僕がイガルクDAOに書き込んだのは、少し前のこと。程なくしてポイントを少しでも稼ごうと狙う同類が続いた。こちらはエビデンスの写真付きの投稿であった。
『車のドアの鍵が閉まっていたから開けておいた。ナイフの刃渡りはこれくらいだ』
 失敗だった。写メがある、というだけで後追いで発信されたこちらの投稿の方が多くの貢献ポイントを得られている。多くのいいねがついている。凶器を用意をしたのは、正確にはその情報を入手して共有したのは、この僕だというのに。仕事中でなかなか自由に時間を取れず、隙間で慌てて実績報告したのが不味かった。
 しかし何より問題なのは、この状況だ。
『ポールの死体を確認した』
『ダーヴィットを刺し、ナイフとスタンガンをその場に残してきた』
 とある一つのアカウントからほぼ同時に二つの投稿がなされ、秒を待たずしてイガルクDAOに激震が走った。もちろんエビデンス付きの、それである。しっかりと死体の写真が載っていた。
「まさか本当に!?」
「すごすぎる!」
「これこそがイガルクだ」
「非中央集権、万歳!」
 皆が口々に褒め称え、見知らぬ彼あるいは彼女が一躍ヒーローとなっていた。しかし僕を揺らす衝撃はコミュニティを震撼させるそれとは少し異なるものであった。早すぎるのだ。殺すのも、凶器が見つかるのも。せめて凶器の発見はもう少し時間が経ってから、たとえば明日以降であってほしかった。ここまであからさまに、これみよがしに、それらを残していかれるとは考えもしなかった。
 現状を知ったら田中大輔はどう解釈するだろう。僕に恐喝の話を、凶器を持ち込んだ話を、伝えてすぐの、この事態である。おそらく田中はまだ他の誰にも先のことを話していないだろう。となれば必然的に僕からの情報漏洩あるいは僕こそが彼に罪を被せようとしている真犯人そのものと誤解されかねない。
 あえて凶器を残してきていることから、イガルクにいる実行犯はナイフやスタンガンに自身の指紋を付着させてはいないだろう。指紋鑑定をすればほぼ間違いなく凶器から田中のそれが検出される。そうなればあの男はいよいよ追い込まれるだろう。追い込まれたならば、あの男は僕に話したときと同様にすべてを告白する。洗いざらい、すべてを。一度目より二度目、二度目より三度目のほうが、秘密というものは漏らしやすくなるものだから。
 そうなれば僕がなにかしら疑われるのではないか。田中が僕こそ犯人ではないのかと大石に話をする可能性だってある。早く戻らなければいけない。田中大輔が余計なことを言う前に。こうなれば、あいつに罪を擦り付け、あいつをどうにか黙らせなければいけない。 良案はまだ思い浮かんでいない。ともかく今は走るしかない。
「大石さん、大変です!」
 
 目前の男は本当にあのカナタなのだろうか。聴取すればするほど、その発言を聞けば聞くほど、わからなくなる。公文公を尊敬するあまり回文でニックネームをつけたと語ったタナカカナタにしては、その『中の人』にしては、どうにも言い回しがしっくりこない。もしや複数の人間でひとつのアカウントを運営していたのだろうか。そのうちのひとりが、この田中大輔なのか。けれどこれまでの発信やメールへのレスポンススピードを考えれば、カナタに複数の意思が介在していたとは思えない。あれはきっとひとりだ。あの『中の人』は。そうなるとしかし、それが目前の男とは俄かに信じられない。堂々巡りの疑問がぐるぐると回る。
 敢えての振る舞いなのだろうか。タナカカナタでの発信時と遠い人間を演じることで、匿名性の担保、己が中の人であるという事実を隠そうとしているのだろうか。はたまた無意識にネット上でだけ、ああいった人格になるのだろうか。運転中だけ人が変わったように凶暴になる人がいるように。どうにも見当がつかなかった。どの線を考えてもしっくりこない。腑に落ちない。私の長年の警察官としての勘が眼前の男とタナカカナタが同一人物であることを受け入れてくれない。
 田中大輔。第一発見者の名をマリナの参加者名簿に探し、見つけ、そして真っ先に目についたのが傍らに記載されたSNSアカウントだった。タナカカナタ、通称カナタ。言わずもがなのそれは知る人ぞ知るといったレベルではあるけれど、それなりにインフルエンスを持っている。所属するマリナのコミュニティには一際異彩を放つ日本人が二人いる。その一人がこのカナタで、もう一人が類似した名を持つカナダである。カナダのほうは設定上はカナダ人となっていたけれど、それでも日本語を匠に操るだけでなく、侘び寂びの精神というか、日本人特有の間合いがわかっていることから、彼は日本人であると私は確信している。もしかするとカナタとカナダは同一人物かもしれない、とも疑っている。カナタのほうは設定はそのまま日本人とされていた。日本の独身男性で四〇歳だ、と。また、名字の漢字は『田中』と書くのだ、とも。
 カナタとカナダ。彼らあるいは彼はマリナの最古参のホルダーである。それでいて変に古参であるからと偉ぶることのない数少ない優良ホルダーだ。コミュニティ内では大抵は二人で漫才よろしくふざけあっているのだけれど、それでも長年に渡って業界に貢献してきた実績や時おり見せる知識の深さから、ニワカは別にしても、それなりに筋の良いホルダーからは揃って一目置かれている。
 そんな名の知られた日本人ホルダーの彼らも、すなわちカナタも、顔となればしかし、まだ誰にも知られていない。完全非公開、つまりは本当のところの素性はけっきょくは不明である。日頃の発言のどこまでが真実なのかを確かめる術はこの世界にはないのだから。なれどそれでも、私の目がまだ老いさらばえていないのならば、彼らの発言の大半は嘘でないと思う。だからネット上の人格とリアルのそれで乖離の少ない人物なのだと想像していた。それがいざこうして対面してみれば、田中大輔は、私の想像のそれと、ネット上に存在するカナタと、まるで違う。違い過ぎるといって過言でないほどに違う。なによりしっくりこないのは、あのカナタからは殺人や不審死に関わるような、そういったイメージがまったく浮かばないこと。こういった場面で出会う相手ではないはずなのだ。
 それでも突きつけられた免許証はおそらく本物だ。たしかに田中と書いてある。たしかに四〇歳だ。一目瞭然で男であり、しっかりと設定どおり。けれど妙に所帯じみて感じられると思えば、実際に三児の父だと本人が言う。となれば独身男という部分については、ただのキャラ設定だったということになろうか。それを嘘だの詐欺だの責めるつもりは私にはない。オンラインの世界とは得てしてそういうもの、それが許容されるものなのだから。私のような萎びた老人が美少女アバターを用い、VチューバーSINBUNSIとして活躍することが許されるくらいに。
 VR。仮想現実。肉体の制約にとらわれない世界。一時期は映画のマトリックスが牽引していた、そのイメージ。それがこのオンラインの世界だ。最近ではメタバースという言葉の台頭もあって、益々そうした世界観が広まっているように思う。その概念が世間に定着しつつある。匿名アカウントで発信できるSNSの影響も何気に大きいのだろう。外見と中身の乖離、その幅。許容できる、その範囲。それについては自らがVチューバーだからこそ、私自身は広いほうだと自負している。それでもしかし目前の男がカナタとは到底受け入れられない。違和感が拭い去れない。もしかして私は落胆しているのだろうか。受け入れられないのでなく、受け入れたくないのであろうか。この男が本当にカナタであり、すなわち私の長年に渡ってのライバル、Vチューバ―のセドナであると認めたくないのであろうか。もしかすると切磋琢磨してきた好敵手、その『中の人』を必要以上に美化していたのかもしれない。そうすることで相対的にライバルである己の評価を高め、自己肯定感を高めることに繋げていたのかもしれない。還暦となって未だ承認欲求から深層心理でそうした考えに及んでいたとすれば、少し恥ずかしい気持ちになる。
 アカウント名カナタは、ツイッターでセドナの『中の人』であることを公言している。セドナ自身も、あの可愛らしい人魚の口から「中の人のツイッターアカウントはこちらだよ」と紹介してもいるから公式情報であるとして間違いない。そのタナカカナタが、今、私の目前にいる。
 私が、私こそが、SINBUNSIの『中の人』だとカミングアウトしたならば、彼は一体どんな顔をするだろう。楽しみなようで、そうでないような気もする。しかし職業柄とはいえ、私だけが中の人を知ってしまったのはフェアでない気がする。今後、ライバル関係を続けていくうえで、遠慮なく、気遣いなく、戦うことができなくなってしまいかねない。私は一体どうしたらよいのか。思考がぐるぐると回る。こんな時にアバター同士で会話ができたならば。今や私は生身よりもアバターを着ているほうが上手にコミュニケーションが取れるのだから。むしろリアルではどうやって人付き合いをすればよいのか、日に日に忘れていってしまっている勘がある。
 
「――聞こえてるな? そのまま声を出さずに聞けよ、大輔」
 思わず頷きそうになり「頷くなよ」と、まるで見えているかのように悪友に制される。空耳ではない。完全に、あの男の、田中伸幸の声が、耳元から聞こえている。
「まったくお前はな、大輔……昔から突拍子もないことを唐突にするタイプのアホだったけど、まあ、なんだ……本当に、アホの極みみたいな人間だな? アホだな?」
 そんなことはわかっている。そう反論したくても、警察官の前とあってこちらはなにも言えない。俺のリアクションを待たず、伸幸が一方的に喋りつづけてくる。 
「イヴァンを恐喝するつもりだった、だって? そんなに金に困ってるなら、他にいくらでもやり方あっただろう?」
「まさか僕の代理で参加してもらったパーティーで、そんなふざけたことをやらかそうとしていたなんてな」
「そのうえイヴァンが先に倒れていて、恐喝どころか、一緒に掃除用具入れに隠れただって? おまえ、人生、三文小説かよ? 事実は小説より奇なりを実写版でお送りするんじゃねえよ。ったく」
「しっかしこの世にお前みたいなアホがいるだなんてな。隠れた理由は凶器を持っていたから、だったのな? もう本当にアホだな。アホアホだな」
「なんかもう、一辺、死ねばいいレベルのアホだな?」
 大石と東を前に俺が微塵も応答できない状況を良かれとばかり、伸幸が言いたい放題に言ってくれる。しかもそれが的を射ているから尚さら腹が立つ。
「あれ? 田中さん? どうかしましたか?」
「あっ、いえ……少し、驚いてしまって。こんなに人が……こんなにどころか、これまで、一人でも人が死ぬところに遭遇するなんて、そんなことなかったもので。あまりに現実味がないというか、ちょっとフワフワしてしまって……」
「まあ、人が死んだり、警察に聴取されたり、普通ではありませんからね。そこは理解します。皆さん、緊張されるものですし」
 駄目だ。集中しなかれば。いくら耳元がうるさかろうと、聴取されている最中だということを忘れてはいけない。大石と東が目の前にいるのだ。むしろやかましい伸幸の方がここにいないのだ。優先順位は自ずと知れている。そこをはき違えてはいけない。
「まったくアホだな、大輔、おまえ、僕の声に気づかないふりして、意識は前に向けとけって言ってるだろう。なんであからさまに僕に反応してるんだよ。なんで警官に気取られてるんだよ」
 非難めいた悪友からの声が片耳からだけ飛んでくる。それでどうにか状況が理解できた。イヤフォンだ。間違いない。左耳につけたこれには、実は、翻訳機能なんて付いていなかったのだ。ただの通信機なのだろう。リアルタイム翻訳だと思っていたあれは、最先端のソリューションなどでなく、伸幸がただただその場で英語に読み替えていたのだ。ご丁寧にボイスチェンジャーでロボット風に声を変えて。異様に細かいところまで、それこそ仮想通貨の専門用語まで含め、いやにストレスなく綺麗に翻訳されるわけである。
 今にしてわかる。伸幸は俺がミートアップの会場で収集し、持ち帰った話など、端から聞く気はなかったのだ。そんな曖昧な情報を信用する気なんてさらさらなく、最初から自分の耳で、直接、重大発表を聞くつもりだったのだ。俺は人間盗聴器としてイベント会場に送られていたのだ。俺が伸幸を利用しようとしていた裏で、伸幸も俺を利用しようとしていたのだ。相思相愛というか、持ちつ持たれつというか、お互い様というか、腐れ縁というか、さすがに四半世紀にもなる長い付き合いの悪友である。
「まったくもう、手のかかるアホだな。大輔だな、おまえ。アホの大輔だな」
 気心知れすぎた長年の関係とあって、伸幸には俺に対する遠慮や配慮が一切ない。その口の悪さに思わず言い返してしまいそうになる。それをどうにか飲み込む。自分が悪いことはわかっているけれど、それでも沸々と怒りがこみ上げてくる。おかげでこの世の終わりとまで沈んでいた暗澹たる気持ちがすっかり焼き尽くされてしまった。負けられない。いつしか闘争心に満ち満ちている自分がいる。負けられない。こんなところで。
「それで田中さん、こちらの凶器について心当たりがおありなら少しお話しを聞かせてもらえませんかね? こちらに見覚えがありますか? ねぇ?」
 大石がタブレットで見せてくるそれは、見覚えがあるどころか間違いなく俺が持ちこんだものである。誰かが俺の車から持ち出し、俺に罪を着せるかたちで、それを使って犯行に及んだのだろう。
「やれやれだよ。どこぞのアホが凶器のこと、へらへらと、ベラベラと、警察なんて信用してしゃべるから、こうやって利用されるんじゃねえか。なあ、大輔? しかも僕には内緒にしておいてだぜ? 信じられるか? せっかく僕が良さ気な筋書きを考えてやったってのに台無しだよ、もう。おまえはもう本当にアホだな? なあ、アホの大輔くんだな?」
 駄目だ。どうしても伸幸の言葉が気になってしまう。そんな状況じゃないというのに。ベテラン刑事の大石が今までにないほど真剣な表情で詰め寄ってくる。俺のあまりの挙動不審さに違和感を覚えているのだろう。裏切者の東もあきらかに俺の様子を訝しんでいる。
「田中さん?」
 周囲の闇が殊さら深くなったように感じられた。目を逸らせば、逆に目が合う。大石の視線を避けた先に眼鏡ごしにこちらを覗く大きな男がいる。監視カメラのモニター前で作業をする男のうちの一人だ。手に汗握るようにして、その手に栄養ドリンクの瓶を握り、こちらを横目に気にしている。それもそのはず。映画やドラマでいえばクライマックスに近いシーン、警察官が犯人を追い詰める場面だから。確かに追い詰められている自覚はある。しかし俺は真犯人ではない。いっそここですべてを話すべきだろうか。はたまた別のシナリオを即興で創作すべきか。後者にはそれほど自信がないのだけれど。
 無言の間が無限に感じられ、体中から汗が噴き出す。寒いのに熱い。肺があまり酸素を取り込んでくれない。喉もぎゅっと窄まってくる。食中毒にやられたのではないか。そう思えるほどの腹痛に見舞われる。冷や汗が額に浮くのが感覚される。一体どうしたらよいだろう。これ以上の沈黙はそれこそ犯人だと肯定することと同義となろう。伸幸はリモートだ。この場に実体を持つ味方は一人もいない。味方だとばかり思っていた東こそ、本当の敵である可能性が大いにある始末なのだ。
「……黙秘、ですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「やむをえませんね。では田中さん、監視カメラの映像を交えて、少しお話を聞かせてもらいましょうか? あっ、その前に――」
 そういえば、と大石が思い出したとばかりに東を振り返る。
「東、おまえ、監視カメラの制御をいじらなかったか?」
「えっ? ……ああ、ええっと、えっ?」
「監視カメラだよ。設楽さんに教えてもらって、それからおまえがあれこれしていたんだろう?」
「ああ、はい。データを確認のため、あれこれと。大石さんの端末にもいくつか動画を転送したり、とか。制御系は特には触っていませんが。それがなにか?」
「本当か? おまえ、それ、カメラを停止してやっただろう?」
「えっ、いや、そんなことは……」
「おまえが休憩に行ってる間にそちらの皆さんから質問があったんだよ。あちこちでちょこちょこと録画が停止していたり、過去の録画データが消えているらしくてな。おまえ、コピーじゃなくて切り取りでデータを持っていかなかったか?」
「……えっ、僕……ですか?」
「他に誰がいるんだよ、東」
「ああっと、いや、急いで作業していたので……カメラを停めたり、データを切り取ったかどうかは覚えてはいないんですけど……教えてもらったところ以外で、どこか、もしかして、知らないうちに触っちゃった……のかな?」
「触っちゃったのかな、じゃねえよ」
 大石が大袈裟にため息をつき、やれやれと頭を振る。これだから最近の若いものは、と仕草だけで言っているのがわかる。
「カメラが止まっていたり、録画データの欠落があるところがな、一八階のパーティー会場やら廊下やらトイレ、それからこの一七階の廊下やらトイレ、そのあたりなんだと。あとはエントランスと駐車場か。他はまったくもって大丈夫らしい。っとなると、どう考えてもおまえがデータを抜くためにあれこれ触った範囲じゃねえか」
「……ええっと、そこは、たしかに、はい。僕がデータをコピーさせてもらった……とこですね」
「とこですね、じゃねえよ。コピーをしろよ。ちゃんとコピーを。切り取りをするなよ。それから作業するためにカメラを停止するんじゃねえよ。別のフロアで、今、ナウ、たまたま事件とか起こったら、おまえ、どうするつもりなんだよ? 防犯カメラの映像はありません、とか上司のこっちが怒られるだろうが?」
「……すいません。すぐつけ直します」
「もうつけてもらってるに決まってるだろ。おまえが戻ってくる、ちょっと前にな。まったく、なにやってんだよ?」
 監視カメラを止めていた。録画データを切り取って奪っていた。それも一八階だけでなく駐車場のところまで。すぐさまピンとくる。 俺の車から凶器を取りにいくためだ。その時の痕跡を残さないように東が細工したに違いない。となれば間違いなく犯人は、もしくは犯人グループの一員は、警察官の、この東だ。大石の背後に見える男が急速に恐ろしい人殺しに見えてくる。背後の闇に溶けださんばかりに。背後の闇が凝縮して東になっているようでさえある。
「ああ、すいませんね、田中さん。お待たせしました。それでは少し、映像を見ながら話を聞かせてもらえますか?」
 あっという間に時間が経ってしまった。ろくな言い訳も思いつけていない。いよいよ年貢の納め時か。家族の顔が浮かんでは消えていく。裕子の、陽希の、陽翔の、そして陽葵の顔が。このまま消えてなくなりたい。家族の名誉に傷をつけてしまうくらいならば。彼らを殺人者の妻や子どもとだけはしたくない。けれど、だ。警察の側に犯人がいては証拠もなにも一切ない一般人の俺には分が悪い。悪すぎる。ミステリー小説や映画の主人公じゃあるまいし、現実には悪徳警察官を打ち負かすことなんてとてもできまい。俺はきっと犯人に仕立てられる。そうなると子どもたち三人には殺人犯の子というレッテルが貼られてしまう。それだけはどうしたって避けたい。どうしたって。なにをしたって。自分自身への怒りを超えた、圧倒的な絶望に涙が溢れてきた。視界に映る大石が滲み、殊さら河豚のように見える。とはいえ、八方ふさがり。本当になす術がない。進退、ここに窮まれり。
「ああ、もう仕方ないな。っとによう!」
「……伸、幸?」
 忘れていた。しばらく静かであったから。遠隔に悪友がついていることに。
「もういいや。あきらめたよ。しょうがないな」
「あきらめた? なにを?」
「SINBUNSIに借りは作りたくなかったんだけどな。まあ、あいつなら、でも、逆に、わかってくれるだろ」
「しんぶん……し? なんのことだ?」
 追い詰められて思考停止に陥っているからではない。もちろんそれもあるのだろうけれど、それを別としても、俺には伸幸がなにを言っているのか理解できない。突然、なんの話をはじめたのか。
「しんぶん……田中さん? 今、どなたかとお話してるんですか?」
「えっ? あっ、いや……その……」
「大輔、もういいや。おまえのしてるイヤフォン、目の前のおっさんに渡してつけてもらえ。ちょっと代わりに僕が話すから……って、それもいいや。外して内側の緑色のボタンを押せ。小さいやつだ」
 目の前で怪訝そうに首を傾げる大石を前に、俺は伸幸に言われるがままイヤフォンを外し、その内側にある小さなボタンを押して机のうえに置いた。どうやらそれはハンズフリーのスピーカーモードにするための操作だったらしく、たちまち伸幸の声がイヤフォンから聞こえてくる。美少女の声にボイスチェンジされた、四〇歳のおっさんの声が。
「打倒、SINBUNSI。やあ、セドナだよ」

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