仮想通貨と自律分散型殺人事件 第6話
自分で要求しておきながら、といって正確には伸幸によるツイートなのだけれど、まるきり食べ物が喉を通らない。並べられたお菓子を前に手が止まってしまう。飲み物ですら、ぎりぎりである。大石は監視カメラの映像がある、と言った。それを見てもらいたいのだ、と。間違いなく挙動不審な俺の姿が捉えられている。モニター前の四人が今か今かと出番を窺って大石を振り返る。しかしとうの河豚のような警察官は声を掛けたまま未だなにも動きを見せない。東を待つつもりだったのだろう。彼が出ていった後すぐ、ひとまず小休憩とばかり、スマートフォンの小さな画面に向かった。そして、そのまま夢中になっていた。
ゲームでもしているのか。はたまたチャットか。なにはともあれ還暦近くみえる男が身体を丸め、若者よろしくスマホに熱中している様はなんとも異様である。そのままどうにも止められなくなってしまったのか、東が戻って以降も大石はスマホに夢中である。俺のことなどすっかり忘れてしまったかのよう。さすがにそろそろとばかり東が声をかけようとしたところで、大石がスマホに目を向けたままこちらにちらりとも視線を寄越さず口を開く。
「こうして東も戻ってきたので聴取を再開したいところなんですが、その前にこのまま少し休憩にしましょう。田中さんも疲れたでしょう? まだ先がありますし、今のうちにちょっと楽にしておいてください。実は私たち今日は一日中バタバタしていましてね。お昼抜きでやっていたんですよ。さすがにそろそろ限界なもので、この機に我々も少し失礼しますね。田中さんもお菓子だけでなくお食事もどうぞ。今、用意させますので。場所はここでお願いすることになってしまいますが、そこは何卒ご了承ください」
某かにひと区切りがついたのか、そこでようやく大石がスマホから顔を上げる。そして、そのまま隣の四人組へ顔を向ける。
「そちらのみなさんもよかったらつまんでくださいね。今、用意させますから」
俺や彼らからすれば拍子抜けだ。ここまでずっと休憩のつもりでいて、そこからさらに休憩を告げられたのだから。ともあれ大石は「よっこらしょ」と掛け声をかけて立ち上がると今度は東でなく別の部下へと指示を出し、そのままトイレにでも行くのか席を外した。気がつけば近くには傍らに立つ若く背の高い警察官と四人の作業員のみ。今しかない。俺は縋るような思いで東に声をかける。話がわかりそうな彼に事情を説明するしかないと思ったのだ。誰も殺してはいないのだから。見渡せば他の警察官や作業員もフロアに出入りはしているけれど、誰も彼も忙しそうでこちらを気にしている様子はなさそうである。今なら声を潜めれば東だけと会話ができる。
「すいません、東さん。少しお話がありまして……」
「ええ、はい。なんでしょう?」
警察官が自分一人なのだからやむなし。大石の代わりに話を聞こうとばかり、東は対面の椅子に腰を降ろしてくれる。僕はモニターを覗く四人を横目に気にしながら、切り出し方をあれこれ迷う。
「あっ、僕は日本語なのでそれは不要ですよ?」
一瞬、なんのことかわからなかった。重たい空気を感じ取ったのか、すぐさま自らの耳元を指差しておどけてくれる若者の気遣いにすっと救われる。やはり彼は大石と違ってフラットだ。色眼鏡なく、俺の話を聞いてくれるに違いない。
「僕はやっていません……」
「ええっと、田中さん? なにを……ですか?」
「……ポールさん、でしたよね?」
「ああ、はい。さっきの写真の彼ですね?」
「ええ。そちらの件の犯人と疑われているのは理解しています」
「ああ、大石の聴取がしつこかったのは……すみません。しかし彼も言うようにこれは他の人にも同様で、とりわけ田中さんを疑っているわけではありませんよ?」
「いや、自覚はあります。怪しい行動をしていたと。監視カメラに……きっとあれこれ映っているのでしょう? とてもそこまで意識して行動できていませんでしたから。それでも僕は本当にやってないんです」
俺の告白を受け、東がいよいよ真剣な面持ちとなった。黙って首を傾げ、目顔で先を促してくる。本腰を入れて話を聞こう、と。
「……お恥ずかしながら僕は、今、すごくお金に……困ってまして」
「はあ。まあ、それはみんな同じというか、日本全体が元気がないですからね」
「イヴァン・ニーベンを恐喝して、お金を融通してもらおうと思ったんです。それで、僕は、今日、ここにやってきました」
東が目を見開き、たちまち険しい表情に変わる。それはそうだろう。犯行の自供に近い。それも圧倒的に利己的な動機からの。たまたま未遂に終わっただけで到底許されることでないのは俺もわかる。
「恐喝……犯罪ですよ?」
「わかっています。こうなってみると……その、なんて馬鹿なことを考えていたのかと、自分でも……」
「恐喝とは具体的には?」
「彼をイベント前にトイレで脅して、仮想通貨を……マリナを、送金してもらおうと計画していました。電子マネーならスマホさえあればその場で送金できます。入金の確認もできる。加えてイベントがはじまってしまえば主役のイヴァンは壇上で忙しく、あれこれの対処はできない。そのうちに円に換金してしまえば勝ちだろう、と踏んでいました」
十七階の薄暗く、それでいてだだっ広いフロアに、冷たい静寂が流れる。
「……いや、田中さん。仮想通貨はどこまでもトレースできます。イヴァンのウォレットから流れたそれがどこへ行き、どこで現金換算されたのかは一目瞭然ですよ? すぐにばれます。ご存知なかったのですか?」
「いや、それは知っていました。だからこれは賭けにちかい。でも、それでも、勝てる可能性は高いと思っていました」
「勝てる? 賭けに? それはどういう意味です?」
「相手方に訴えられてはじめて犯罪です。今回の場合でいえば、イヴァンから訴えられなければよい」
「そんなことがありえますか? 僕には非常に勝率が低いと感じますけれど?」
「金額を一億も二億も、となればそうでしょう」
「……違う、というのですか?」
「僕は当面必要な分だけ、五百万とかそれくらを請求する予定でした。今だと五万ドルで六五〇万円です。五万や十万と大台に乗ると体感の印象が大きく変わる。だから四万九千ドルにするか、九万九千ドルにするか。ともあれ億り人らからすればはした金と思える程度を狙っていこうと思ったんです」
「……なるほど。大富豪のイヴァンなら、それくらいのために英語の通じにくい他国であれこれするより、いっそ放置するのではないか。それを狙って、ということですね?」
さすがに若く優秀そうな警察官である。頭の回転が速い。門外漢といっていたのに僕の仕掛けようとしていた界隈特有の駆け引きを瞬時に理解している。
「せっかくのイベントの最中に恐喝された、という悪いイメージもつけたくないでしょう。だから欲をかきすぎなければいけるのでは、と。ついでに凶器で脅して恐喝はしますが、それをしつつも、こちらの事情も話すつもりでした。どうしても子どもの養育費がいるのだ、と」
「富裕層なら同情を買えればそれくらいは見逃してくれる、と?」
「はい。そうです」
「……それで、田中さんはどうしたのですか?」
「イヴァン・ニーベンがトイレに行くのを見計らってついていきました。ナイフとスタンガンを隠し持って」
凶器を耳にし、警察官の鋭い視線が俺を射抜く。
「しかし実際には、恐喝には……うつれませんでした」
「なぜですか? 凶器まで準備し、尾行までしたのに?」
「最後の最後で怖気づき、少し遅れてしまったんです。トイレに入るのが。どうにか意を決して突入したそこはしかし、まだ二人きりで、本来であればチャンス……といってよいのか、やるなら今というタイミングでした。しかしイヴァンさんは僕がなにをするよりも前に既に亡くなっていたんです」
「はっ? えっ?」
「はい、そうなんです。信じられないことに……」
「どういうことです?」
東が身を乗り出して説明を求めてくる。それはそうだろう。恐喝相手が急にトイレで死んでいたなど、小説でもなかなかありえない。
「僕にもよくわかりません。それでもイヴァンさんが亡くなっていたんです。トイレの個室で。もうちょっとわけがわからなくなってしまって、僕はそこでパニックになってしまったんです」
「……嘘、じゃないですよね?」
「疑われても仕方ないんですが事実です。その後、その、もう本当にわけがわからなくなってしまって……僕は死体を見るのもはじめてだし、それも意を決して恐喝しようとした相手が死んでいるし、で……」
「それでどうしたんです?」
「混乱しているところへイヴァンさんを探す声が外から聞こえてきました。まだか、と。僕は慌てて死体を抱え、掃除用具入れに逃げ込みました」
「はっ? なんでですか?」
こちらも当然のリアクションだろう。伸幸にも散々言われた。
「……それが、その、僕は凶器を持っていたし、どう考えても犯人と疑われる状況だったので。どうにか切り抜けよう、それだけを考えて……つい」
「切り抜けられたんですか?」
「はい。探しにきた……ええっと、英語の人でした。その人はしばらくトイレを覗いて、それからそのまま外へイヴァンさんを探しにいったみたいでした。僕はタイミングを見計らって逃げ出しました。駐車場に停めてある自分の車まで」
「車?」
「はい。駐車場にある緑のステップワゴンです」
「車まで、逃げた……イヴァン・ニーベンの死体はそのままで?」
「そうです」
「では、今、皆が捜索中のイヴァンは死体になって掃除用具入れにある、と?」
「いえ、それが違うんです」
「どういうことですか?」
「車でしばらくじっとして、ちょっとだけ落ち着いたところで、これではけっきょく自分が捕まるだろうと思ったんです。やってないのに。だから戻ったんです。トイレに」
「……もしかして、そこで死体を動かしたりしたんですか? さらに?」
「いえ、それも違います。少なくとも僕はなにもしてません。ともかく凶器を車に隠して、トイレに戻りました。そこで警察を呼ぼうと、そう思って」
「警察を? 捕まる覚悟で?」
「いや、僕は……その……」
「その?」
一瞬、すべてを晒そうか、隠そうか、迷う。しかしここまできて嘘をついても意味がないだろうという結論に至る。
「恐喝しようとしていたことは……隠す、つもりでした。凶器を持っていなければ、ただの第一発見者になれると思って。死体を見て驚いてトイレを飛び出し、でもまた戻ってきた。それならカメラにおかしな様子が映っていてもまだ説明がつくな、と」
「しかし死体をあれこれ動かしたのは、どう言い訳するつもりだったんです?」
「最初から掃除用具入れにあったことにしようかと……」
伸幸の筋書きとは少し違うけれど、これも悪くあるまい。俺も小説家志望であるのだ。それなりに筋の通ったストーリーを描けなくはない。極力、嘘の成分を減らし、事実ベースを増やし、可能な限り腹を割って東に話をする。それが最良の結果につながる、そんな気がして。
「たまたま戸が少し空いていて、覗いてみれば掃除用具入れに、おかしな様子で人が入っていた。大丈夫かと頬を叩いたりあれこれしたところ死んでいることがわかり、怖くなって逃げた……」
「でも、そのままにはしておけないから戻ってきて、警察に? なるほど。それほどおかしな感じはしませんね。そうすればよかったじゃないですか?」
「それが次にトイレにいったときに掃除用具入れに死体がなくなっていたんです。僕は慌ててしまって……」
東がさすがに嘘だろうという目を無言でこちらに向けてくる。
「消えていたんです。本当に」
「死体が? いつの間にか?」
「はい。ありませんでした……」
「トイレ……いや、掃除用具入れから? 他になにか変化はありましたか? 死体が消えていた以外に?」
「ああ、そこの、それ。それ、みたいな……」
「それ? どれです?」
俺は先ほど掴みかけた折畳式の梯子を指差して言う。
「あれと同じ梯子も一緒になくなっていました。壊れていないものでしたけど。今どこで使ってるんだろう? ともあれ途方に暮れてトイレをうろうろ徘徊していると……そこで今度はポールさんの死体を見つけてしまって……」
「にわかに信じがたい状況ですね」
「僕もなにがなんだか……そこでもうパニックのまま警察に連絡をしたんです」
「ああ、それで友人経由で第一発見の報を?」
「はい。そうして今に至ってます。僕は本当にやってないんです。殺してなんかいない。家族に誓って。カメラに不審なところが映っていて疑われてしまうのも、パニックで犯人と思われて当然の行動をしてしまったのも、その自覚はあります。でも、やっていないんです。本当に」
東が天井に視線を送り、なにやら考え込む仕草をみせる。そして何かを思いついたかのような顔をする。
「わかりました。ひとまず信じましょう」
「あ、ありがとうご――」
思わず大きな声をあげそうになり、東に表情と手で制される。気づけば立ち上がってしまっていた。モニター前に座る四人の眼鏡が鋭く光ってこちらを見ている。慌てて座り直し、肩をすぼめる。それにしてもお隣のデスクは凄い数の栄養ドリンクの瓶だ。勢いよく動くと振動で崩れ落ちてしまいかねない。
「しかし田中さんが極めて怪しいのは間違いありません。僕としてもすぐに全部を信じることはできない。ひとまずあれこれ調べてくるので、ここで引き続き大石さんの聴取でも受けていてください」
「……わ、わかりました」
暗に秘密だと言わんばかりに小声で話す東につられ、俺も周りを気にしながら同じように声を潜めて応じる。真剣な面持ちの若い警察官が殊さら表情を引き締める。ぴりっと周囲の空気が引き締まるのを感じる。
「いいですね? 逃げないでくださいよ? そうすると僕が怒られてしまうので?」
その表情と声音から、どうにも重要な注意事項を伝えられた気がした。そのため、それが彼流の冗談らしい、と気づくのに数秒遅れてしまった。
「……あっ、ああ、はい。それは大丈夫です」
「では、よろしく!」
挙動不審にどぎまぎする俺に快活な笑みをくれ、その頼もしき若き警察官は格好よく走り去っていく。彼が聴取担当で本当によかった。東のような協力者を得られたことは幸運でしかない。まさしく不幸中の幸い、というやつだろう。まだなにも解決はしていない。それでも少しだけ自分に風が吹いてきたような気がする。ある程度、正直に話したからだろうか。風向きが変わってきている。戻ってくる大石の姿を認めても気分はそれほど悪くならなかった。一縷とはいえ希望が持てたからかもしれない。人間はやはり希望がなければ生きてはいけないのだろう。
「あれ? うちの東は? さっきやっと戻ってきたところだってのに?」
「……ええっと、トイレか、なにか……かと?」
「まったく近頃の若いやつは……あれほど目を離すなと言っておいたのに」
「まあ、でも、僕は逃げていませんから。やましいことなくとも、家族のことがあるので……今さら逃げたりはしませんよ」
「そういうことではないんですよ。業務としてきちんと指示に従い、こなせるかです。こういうことの積み重ね、気の緩みが、いつか大事につながってしまうんですから」
「……そういうもの、ですかね?」
「そういうものです。まあ、いいです。あれのことはよくわかりましたから。次の上司査定のときにちょっと厳しくしてやらないと」
「いや、それはちょっと……」
「ああ、すいません。こちらの話でした」
「いや、しかし、東さん、お仕事がんばっていましたし……」
「この状況で、そう思いますか? これは頑張っていないと、そう言うんですよ。現にどこかに行っちゃってるじゃないですか?」
前言撤回。やれやれしょうがない、と悪態をつく大石は見ているだけで不快になった。東は俺の希望の光、俺のために調べものをしてくれているというのに、それを悪く言うのをどうにも許せない。
「ああ、それはさておき、もうじき食べ物が届くので、もう少しお待ちください。手配はしてきましたから。そういうわけで休憩継続で。聴取は食べてから再開にしましょう」
「……わかりました」
「東にもしばらく休憩だとメールしておくか。まったく手間を取らせやがって、あいつめ」
そういうと大石は再びスマホに集中しだした。根っからのゲーマーなのか、それともSNS中毒か。あるいはお気に入りのユーチューバーでもいるのだろうか。はたまたこう見えて実はなにかしらの調査でもしているのか。
「ねえ、みんな。ちょっといいかい?」
ダーヴィットの別荘でなくオンライン上であっても、こうして四大天使全員で集まるのはひさしぶりだった。マリナは、今、かつてないほど盛りあがっている。だから皆が忙しいのも必然だった。とはいえ、これが頂点ではない。これで隆盛を極めている、とは言えない。言いたくない。まだ一つの段階を超えただけなのだ。マリナにはまだ先がある。
「っと、その前に一ついいですか? イヴァン?」
「レオ? ああ、なにかトラブルの報告?」
「いや、そういうのじゃないです。今日のイヴァンのTシャツ、それはなんというアニメなのかな、って。私好みの絵だったもので」
レオンハルトは、いつも執拗に僕の趣味に関心がある、という姿勢を見せてくる。実際には、日本も、日本のアニメも、興味はないだろうに。それがわかっているからポールとダーヴィットの不快指数が二〇ポイントずつ上昇する。これでもまだ五年前に比べれば、少しはレオンハルトのそうした性質に慣れてくれたほうである。
それにしても面白いものだ。特定の相手は別として、基本的に人と話しをするのが好きでない僕も、このソリューションのおかげで今ではコミュケーションを取るのが楽しくて仕方がない。これは確実にマリナの未来につながる技術だ。さすがは顔認証で世界一の国、日本である。カナタにはあらためて礼を言わなくてはいけない。
「へええ、有名な作品なんですね」
「うん。他にも、これとか、これとか。これも面白いよ」
「おおっ、ありがとうございます。どれも面白そうですね。今度見てみます」
「うん。また感想を聞かせてね。しかし、ロボットものは日本に限るよ。欧米のはちょっと……なんというか、大味だからね。パイロットの苦悩とか心情を味わうには、やっぱり日本アニメだよ」
四分割されたパソコンの画面に自分を含めた四人の顔が映し出されている。そこへオーバーレイするゲージと数字。カナタが開発している感情センシングプログラムによる表示だ。大抵のオンラインミーティングツールにアドオンさせられるそれは画面に映る表情から分析した心理状況を示す。もちろん心を読める、とかそういったレベルのものではない。喜怒哀楽を大まかに算出し、ストレスを感じているか否かを表示する、といった程度、あくまで参考値だ。
それでもしかし、自分の感覚と照らしあわせることで、ひとつの指標にはできる。確信を持つためのツールとして使える。非接触どころか表情からだけで予測算出される心拍数や体温。また、微かな表情筋の動きや瞳孔の開閉などから導き出される諸々の数値。それら画面表示された数字群からAIが総合的に判定すれば、眼前のレオンハルトは、現在の話題に、あるいは僕に、特に好感を抱いていない。かといって嫌っているでもなく、内面的な起伏がまるで起こっていない。まさしく凪、すなわちまったく興味のないことを、さも関心があるように述べている状態である。
あらためて驚くのは人間がこれらの判定を体感だけで実行きていること。ダーヴィットしかり、ポールしかり、間違いなくレオンハルトに対し、AIと同じ判定をくだしている。だからこその不快指数の向上だ。
「さて、それじゃあ本題だ。今回、マリナは十七周年を迎える。そこで記念パーティーを開こうと思うんだ、日本でね」
たちまち画面表示された三人の数値が暴れ出す。表情にはあらわれないけれど「急になにを言い出すのか」と動揺しているのは間違いない。ひと際早く怒りに達っしたのはポールだった。彼がやろうとしきりに誘ってきた十周年イベントを蹴っての、十七周年イベントだから当然だろう。すぐさま牽制に入ってくる。
「レオ……いまマリナは大事な時期だ。なによりプロジェクトの立て込むこのタイミングで、リアルのイベントとは……」
「基本的には僕が企画から何からするし、現地側は日本のホルダーにインセンティブを払って協力してもらういつものDAO方式でいく。みんなへの負担は少ないよ。当日は日本に来てもらわないといけないから、そこの前後は予定を空けてもらわないといけないけどね。まあそこは日本旅行のつもりで楽しんでもらえたら。なんなら君たちの旅費は必要経費だから僕が出すしね」
僕が、イヴァン・ニーベンが、一度言い出したら聞かないのは承知しているポールが、渋い顔で沈黙する。続くレオンハルトはどうせなら二十周年にすべきでないかと提案してきたけれど、僕にとっては十七が特別なのだと一蹴する。もちろん特に思い入れのある数字ではない。たまたま準備が整ったのが今で、それがたまたまあの日の外道の数と一致しているだけで。
「今でも随分と先まで複数の開発予定やプロジェクトが走っている。そこはわかっているな、イヴァンよ?」
「もちろんだよ、ダーヴィット。開発は僕が自分でやっているんだしね」
「それならよいが……しかしイベントというくらいなのだから、なにかしら新しい発表でもする気なんだろう? 新しいアップデートかなにかを入れるつもりなのか?」
「さすがだね。そのとおりだ。そろそろマリナも次の段階に進める時期だと思ってね。今回は重大発表をするつもりなんだよ」
快活に答える僕にもっとも強い警戒心を数値上に示すのは、もっとも長くを共に過ごしてきたダーヴィットだ。彼からすれば的を射た予感、ということになるだろう。なにせすべてを無に帰さんばかりの、すべてを手放さんばかりの、そんな発表をする予定なのだから。
あらためて画面を覗けば、僕を引き取ってくれたときから二十年、ダーヴィットは随分と老いていた。厳しくはあったものの、その溢れんばかりの財で多くの機会を与えてくれたことを、僕は心から感謝している。けれど枯れ枝と新芽が同じ向きで伸びられるわけがなく、気づけば互いの思想は完全に枝分かれしていた。
――理想と現実。
ダーヴィットはまさしく老人らしく保身からの現実路線、すなわち既得権益に固執していた。歳を取ると保守的になるのは世の常だ。もしかしたら脳のどこかに寿命の終わりを感じると入る、そういうスイッチでもあるのかもしれない。
「先に言っておくけど反対の人がいても僕はやるからね? 反対の人はコミュニティから外れてくれて構わない。今回のは決定事項のお知らせって感じ。そこのところ、よろしく」
瞬間、三人の数値がさらに一段階上昇する。パソコンの画面越しにも場の空気がぴりぴりするのが感じられる。間違いなく三人全員が反対を示すだろう。思想のため、未来のため、自らの利を捨てられる人間は本当に少ないから。
DAO(Decentralized Autonomous Organization)、分散型自律組織。Web3.0などと言う言葉とあわせて注目されている、新しいチームの在り方。かねてより叫ばれているけれど、ブロックチェーン技術の出現によって夢物語でなくなってきたことで、最近、界隈で話題にのぼることが増えている。
肝は、非中央集権という思想だ。
権力を持つ者を廃し、メンバーはすべてフラットに置く。チームの方向性は、各々が能動的に行動することで、まるで生き物のように育ち、誰か一人の思惑でなく、自然に創り上げられていく。あるいは共感できるものを見つけて応援したり、そこへ自分もジョインしたり。そうすることで自律的に成長し、維持され、動いていく、まさしく一つの生命体のような体型。なにをするのも誰でも提案できるけれど、なにをするにも誰にも決定権はなく、決定有無は基本的に投票で決められる。
このあたりの解釈は、ダーヴィットにしろ、ポールにしろ、僕にしろ、それぞれに違う部分も多い。まだまだ皆が勉強中だ。答えもない。しかし少なくとも僕の中で譲れない点は、頑張った人が頑張っただけ称賛され、利益を得られる仕組みづくりだ。わかりやすいところでいえば、SNSの機能で「いいね」をたくさんもらった人に多くのインセンティブが入る仕掛けなどである。
けれど、それだけではまだ弱い。不正の入る余地も大きい。僕は正直者が馬鹿をみる世を覆したいのだ。人のため、チームのために貢献し、より多くのメンバーからの感謝を集めた人が富む。その指標として、こうしたセンシングソリューションによって自動的に算出される『好感度』が将来的には使えないかと考えている。だからマリナホルダーの中でもとりわけブロックチェーンに造詣が深く、かつ凄腕の技術者である日本人、アカウント名「カナタ」と交流を深めているのだ。彼が趣味で開発するプログラムはどれも面白く、僕の興味を惹く。応用すればマリナに使えそうなものが多い。
そんなカナタとはチャットでの交流だけなので顔も声もわからない。自称『四〇歳の男性会社員』という情報しかなく、本当のところはまったくもって謎だ。十歳も離れているとは思えないくらいに雑談が噛み合うから、もしかしたら実際にはもっとずっと若く、僕と同じくらいの年齢の可能性だってある。なぜか「打倒しんぶんし」が口癖の、僕に負けず劣らずの変人だ。
僕ももちろん偽名の、素性は最低限しか明かさないカタチを取り、「カナダ」と名乗り、「カナダ&カナタ」でやりとりしている。カナタのDAO論もなかなかに面白い。一見一様、十人十色。そんな手探りの、まだまだ遥か遠く未知の領域なれど、ただ一つ、これだけは僕は確信を持って言えることがある。
――非中央集権という、その名の示すとおり、権力者が存在しては、DAOは成り立たない。
ゆえにもしもそれを本気で牽引する企業があるならば、そのゴールは企業の解散でなければいけない。株式会社と異なるトークン会社などと最近では言われているけれど、なにはともあれ皆がそれぞれに行動し、ある程度自走ができるようになってきたならば、リードする個人や企業は不要となる。むしろ邪魔となる。中央、中心、権力。それらの集中はあってはいけないのだ。これがマリナでいえば、紛うことなく僕たちアークエンジェルの四人にあたる。
「イヴァン、まだまだマリナはホルダーたちで自走できるとはいえないんだ」
「そうですよ。インセンティブ設計だって、まだまた曖昧です。今の時点で手綱を離すなんて論外ですよ」
一気呵成に吠えるポールとレオンハルトとは異なり、ダーヴィットは目と口を瞑っている。内心では誰より怒り狂っているだろう。この恩知らずめ、という言葉が今にも画面越しに聞こえてきそうだ。
「未完成なところもあって多少のトラブルが起こるのはわかってる。でも僕たちだって完璧じゃない。それを僕たちが導けるわけじゃない。ボールは投げてみて、あとはどう転がるかだよ。今の社会に、人間に、先は委ねるしかない。そのうち洗練され、まだ見えないDAOの、Web3.0の、その輪郭が浮かんでくるさ。僕はそう信じてる。つまりは僕らはもう退くべきだ。それぞれの思想は、それぞれのホルダーの中に、それぞれきちんと出来てきている。となれば一部の人間が神だなんだと祭り上げられるべきじゃない」
もはやキリスト教、イスラム教、仏教に迫り、第四の宗教にまで発展しかねないマリナだ。自走できると確信している。あとは僕らが消えるだけだ。もとより上下の序列はつけず、開発者の僕や他の幹部らもフラットであると再三に渡って発信をしているのにも関わらず、それでも僕たちの発言はどこか他と違ったパワーを持ってしまっているのが現状だ。幹部にすり寄って利を得ようとする輩も多い。となれば、それを徹底して廃する。あわせて皆の信仰を、モチベーションを、加速させる起爆剤を置土産に残せたならば最良だ。僕らの死、という最高のカンフル剤を。あとは自分たちでやるしかない、そう思わせるに十分であろう。
「イヴァンよ。わしの耳は確かか? 幹部らは全員引退し、運営として保有してるマリナを開放して、現在のホルダーにばら撒くと聞こえたが?」
「うん、そう言ったよ。ついでに現時点で幹部らが個人でもってるマリナも一度換金するなり他の通貨にトレードするなりで手放してほしい。これは強制じゃなく、お願いだけどね。個人の資産に関するところになるから」
いよいよダーヴィットが口を開いた。しゃがれ声がいつも以上に、重く、低く、揺れている。
「どうやら決心は固いようだが、おまえ一人の思いではどうにもならないぞ? マルチシグの鍵は我々も管理しているのだからな?」
仮想通貨をウォレットから動かすために必要な秘密鍵は分割して他の幹部らにも配っていた。表向きは四分の三のマルチシグ、四つのうちの三つが揃えば解錠可能として。しかし実態は七分の四だ。僕が四つを、そして残りを幹部に一つずつ渡しているにすぎない。 つまり実態としては僕一人でどうとでもできる。
「なんだと! 貴様っ!」
ダーヴィットの怒声を遮るようにしてオンラインミーティングツールをオフにし、強制的に会議を終了させた。新型コロナによる諸々のマイナス面は大きいけれど、これのできるオンライン会議が当たり前として普及されたのはありがたい。ついでに幹部用チャットもしばらくミュートにしておく。僕にはここからやらなければいけないことがたくさんあるから。まずは段取りを、詳細を、固めなくてはいけない。先回りして門司で河豚を釣ったり、トリカブトを手に入れたり、大忙し。ダーヴィットはしばらく怒らせた後、実はあれは嘘で、本当の狙いは不正を働くポールとレオンハルトの排除だとでも持ちかければよいだろう。逆にあれこれ協力してくれるはずだ。自らもその裏で命を狙われる、とは思いもせずに。
「あれ? カナタからだ?」
他愛もないチャットだろう。そう高を括っていたのだけれどしかし、僕は数少ない友人からのメッセージを開くや、その瞬間に固まった。
「――なあ、カナダ? ロボットアニメを見てて思ったんだけど、自動運転で、しかもDAO的なさ。メンバーの投票で動く兵器があったとするじゃん? それで人が殺されたとき、恨みってどこに向くと思う? 復讐とかってさ? カナダならどこにする?」
どうでもよい質問である。特にやらなければいけないことの多い、今は。しかしどうにも放っておけない。僕の琴線に触れ、考えずにいられない質問なのだ。さすがはカナタというべきか。しばらく目を閉じて熟考し、それからキーボードに向かう。まだ思考はまとまっていない。けれど、そのままにやりとりできるのが、このカナタだ。僕の数少ない友人である。
「ロボット、兵器の製造者とか製造会社……かな? どこを攻撃するかとか、そういう行動は投票で決まったって仮定だよね? 投票者が千人いたとして、それを全員割り出すのも、『攻撃する』へ賛成投票した過半数をその中から特定するのも、出来るかどうかわからないし、出来ても一人一人に復讐して回っていたら時間がかかると思うんだよね。現実的じゃない。まして量刑を人数割りとか、分散型組織だからって責任を分散するのは実質的に無理でしょ? 個々をどれくらいのレベルで罰して回ってよいのかなんて、わからないよね?」
「僕もそれを最初に考えたんだ。製造者だって。日本だと銃は勝手に作ったら、作り手が武器製造法とかなんとかで罪になるしさ。でもさ、それって作ったのが兵器だったら、の場合だよね?」
「どういうこと?」
「たとえば自動車とかだったらどう思う? 自動運転のやつ。運転プログラムのミスでなく、みんなの意思で突撃して、轢き殺したケースとかさ?」
「自動車なら製造自体は罪にはならないね。でも轢き殺すとか、そんな機能があること自体がバグでしょ? だから結局は製造会社の責任になるんじゃないの? 単純なセキュリティの問題でしょ?」
「まあ、今のたとえだと……そうなるかな? じゃあさ、未来でさ、お掃除ロボットが当たり前になったり、そういうのが増えてたとするじゃん? いわゆるSF的な人型のロボットみたいなやつ? それが投票で暴れた時は?」
「要するに作る分には問題のないもので、DAOの投票で事故にしろなんにしろ誰かを殺しちゃったとき、その責任はどうなるんだろう、ってこと? なんでそんな物騒なこと考えてるんだよ?」
「あたらしく書く小説は近未来SFにしようと思っててさ。それでいろいろ考えてたんだけど、たとえば主人公がそういうので家族を殺されたりとかした場合、復讐ってどこにするのが妥当かな、って思ってさ」
そういえばカナタは日本の小説家でもあると聞いたことがある。趣味程度にやっているだけ、とは言っていたけれど、この男の書く創作物は今度ぜひ読んでみたい。
「怒りの矛先か。直感的に、最初は、原因を作ったDAOコミュニティに向くんだろうけど、本当にDAOが機能している組織だったと仮定すると、企業と違ってそこにはトップとか幹部とか責任を担う役がいないもんな」
「そうなんだよ。どこを恨めばいいんだよ、って感じでさ」
相変わらずカナタの疑問は鋭い。遊びがてらの思考遊戯ながら、リアルに迫る部分がある。実際、数年後、数十年後に発生しかねないケースだと本気で思わさせられる。
「あとはもう戦争をしたとき、かな?」
「……戦争なんて、とは言えない世の中だもんね。ウクライナとロシアとか見るとさ。そうなったときの、自動運転の兵器をDAOで運用したと考えたら、ってことなら、たしかに……判断は難しいね」
国民の過半数が『敵国、滅ぼすべし』『敵兵、一人残らず殺すべし』と投票し、動き出した兵器がもたらした破壊の責任、たとえばそれが後に戦争犯罪と世界に認定された場合、それは一体どこに帰結するのか。国財ならぬ国罪となるのだろうか。しかし明示的に罰する個人がいなくて、相手方の溜飲が下がるものだろうか。それこそ政治家が代表して罰を負うことになるのかもしれない。非中央集権の欠点の一つは、上手に設計しなければ、逆に責任の所在が曖昧になることだろう。そのあたりまで自動化できて、はじめて本物なのかもしれない。
「僕はさ、カナダ」カナタが言う。続ける。「中央集権が必ずしも善とは思わないんだ。バランスだよ、何事も」
「どういうこと?」
「独裁だとしてもさ、とんでもない善王による治世なら、国民の益になることだってあるだろ? ある程度の権力者がいてこそ、物事をスピーディーに決定できる面もあると思うんだ。日本に住んでるからかもしれないけど、民主主義とかなんとか、なにひとつ決められない今の日本の政治を見てると、ある意味で分散の悪い例そのものだなって思えてならなくてさ」
「そうなの? でも日本でも非中央集権が叫ばれてるじゃないか?」
「もちろん完全に権力分散していないからね。政治家の横領やら不正はちゃんと……って、こういうのって、ちゃんとっていうのか? まあ、ともかくある。権力者による検閲、情報操作とかも。欧米よりはマシだけどね」
「バランス、か」
「そう、バランスだよ。バランス。たぶんね。そんでもって振り子みたいに順繰りなんだよ。それも、たぶん」
「順繰り?」
「独裁善王の素晴らしい世があっても続く二世がゴミだとかさ。少ししたら独裁による弊害って絶対に出てくると思うんだ。っで、暴動が起きて腐った世に風穴が開けられる。それで民主主義になるんだけど、今度はしばらくすると権力が分散しすぎて決めることが決められないグダグダ状態になる。皆が皆、責任を負いたくなくて、どんどんそれが加速する。そうすると?」
「……今度はまた英雄的な権力者の登場が望まれる?」
「そういうこと。腐った世の中をワンパンでぶっ壊すような、強烈なリーダーシップのある感じのね。っで、最初は良いんだけど、また二世とかなんとか、その人の後を担うやつがゴミで、ってそれの繰り返しって感じ?」
「ああ、たしかにそんな気もするね。望まれるのは行ったり来たり。必ずしも非中央集権だけじゃない?」
「そうそう。今の世で望まれているのが、たまたま非中央集権のフェーズってだけ。そんな感じしない? 日本で言えばさ、新型コロナとか、地震とか、あれこれあってさ。不景気極まりない状況にあるんだ。そうすると自然と国民の不満が下に溜まる。沈殿する。っとなると?」
「っとなると?」
「それがあるときから上に向けられるようになるんだ、大概ね。怒りとして」
「上って?」
「政治家とか、お金持ちとか。自分たちがこんなに苦しいのは政治家のせいだ。お金持ちばっかりあんな良い思いしてズルい、ってね。っで、権力者に対するフラストレーションから非中央集権が叫ばれているんだと思うよ? たぶんね」
「ああ、なるほど。そういうとこはカナダでも、まあ同じかな?」
「どっちのだよ(笑)」
「どっち?」
「おまえの名前のカナダか、住んでる国のカナダか、どっちだよ」
「わかってて言うなよ」
「カナダに住んでるからってカナダって安直すぎるんだよ。いい加減に変えろよ、チャットネームを」
「カナタより点が二つ多いカナダ、ってことで気に入ってるんだよ」
「なんだよそれ。なんかムカつくぞ!?」
カナタとのやりとりで思った。たしかに今は非中央集権が望まれているけれど、百年や千年のスパンでみたら、それは確かに変わるのかもしれない。振り子のように行ったり来たり。あるいは螺旋のようにぐるぐると、重なりこそせず、しかし巡り巡るようにして。それでも今の世で望まれているのがそっちなら、それは誰かが成さねばならない。分散型では駄目なのだ。ただ権力を分散させるだけでは、カナタの言っていた何も決められない組織になってしまう。自律分散型、この自律の部分をどのようにシステマチックに設計できるか。それも人間の手が介在しない、自動化されたシステムとして。おそらくはそれがDAOのすべてだ。
「でさ」
「でさ、ってまだあるのか?」
「DAOコミュニティと別のDAOコミュニティが殺し合いになったとするじゃん?」
「だから物騒なんだよ。なんなんだよ、その設定は?」
「物騒じゃないと小説的に面白くならないんだよ。恋愛DAOとか、僕にはそもそも恋愛がよくわからないし。ともかく、っで、だ。なんなら国が、今後、DAOで運営されるようになったとするじゃん? カナダDAOとか、ジャパンDAOみたいな? っでさ、戦争、みたいな? そういうのが起こったとするじゃん?」
国が国民によるDAOで運営される、とは僕の理想のWeb3.0である。はたしてカナタはそこにどんな疑問を持つのか。圧倒的に興味を惹かれる。
「まあ、国じゃなくてもいいんだけど、コミュニティとかさ。ともかくその中の人が、派閥の思想に則って、とある一人が相手方の誰かを殺したとするじゃん? んで、また別の誰かが相手方の別の誰かを殺したとするじゃん? 俯瞰で見たらコミュニティの方針に従って二人が行動したわけで、コミュニティのせいであると思うんだけど、この場合だと、やっぱり実際に手をくだした二人の個人それぞれの責任になるよね?」
「戦争だと個人の責任が問われるのかはわからないけど、宗教系のテロと考えると、個人の責任になるんじゃない? マフィアとかだって、指示に従って殺したとしても、捕まるのは撃ったやつだし」
「だよな、やっぱり? となれば、一見して単独犯の殺人と見えて、実は、コミュニティの方針で憎き敵対民族の絶滅を狙い、各々が各々に能動的に動き、それぞれに一人一殺みたいにして殺していた、とか面白そうかな?」
「小説として、をつけろよ。リアルでそれを面白がってたら、おまえ、ヤバい奴だぞ」
「カナダよりは遥かにマシだっての」
そこで一拍の間が空く。同じことを考えているのだと、なぜかわかりあうことができる。認めたくなく、しかし厳然たる事実について、同じように考えている。先に口を開いたのはカナタだった。
「ぶっちゃけ難しいよな、今の人類に本当のDAOってさ? 表現の自由と検閲の戦い、誹謗中傷とそれを取り締まるがごとし」
今の人類。今の。その物言いにカナタの願いが込められているような気がする。未来であれば、いつか、きっと。
「まあ、そうかもね。パブリックブロックチェーンじゃなくて、コンソーシアムチェーンというのか、ちょっと違うんだけど……」
「参加できる人間を限定したDAO?」
「そう、それ! 誰でも参加できるのが理想だし、DAOなんだけど、そうすると……まあ、どうにもならない奴も入ってきて、逆に組織がうまく機能しなくなる。アンチみたいなのとか、クラッシャーとか。だから参加できる人間を審査して、そのうえでDAOを動かしてみる、みたいな?」
「参加可否の審査を司る役割に権力、集権性がどうしても宿っちゃうけど、まあ、今は仕方ないよね。僕もそれが最良かな、って思う。今の、人類としては」
「どれだけ能動的に各自が行動できるかは、なんのためのDAOか、その活動テーマにもよるけどね。社会的認知を得られるかどうか、社会貢献につながるかどうか。けっきょくはインセンティブだけじゃなく、というか目先のインセンティブよりも、長い目でみてステータスになるか。そういうのが重要かな」
「そりゃあそうだよ。殺し屋DAOとかで、ターゲットだけ決めて、殺した者にインセンティブとかなったら、目も当てられないもん」
「殺し屋DAOって、カナタ、それじゃあただの賞金首みたいな感じじゃん? 日本のアニメによくあるような?」
「ああ、たしかにね。異世界転生する系のファンタジー世界の冒険者ギルドとかも、DAOで運営したりとか、今後はそういうのも出てくるのかな? ラノベとかで?」
