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「バック・トゥ・ザ・フューチャー」論──未来へもどる伏線回収

はじめに

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という、日本人にもわかりやすいタイトル。

このタイトルは、マーティが「未来へもどる」ことだけを意味しているのではありません。

映画を俯瞰したとき、つくり手の視点でも「未来へもどる」動きがおこなわれていることを見ていきましょう。


伏線=未来へもどるためのフラグ

キーワードは「伏線」です。

上映時間という流れのなかで、伏線は「未来へもどるためのフラグ」といえるのではないでしょうか。

はじめての鑑賞であっても、多くの伏線に、みなさんお気づきになることでしょう。それらが回収されていくことも、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の醍醐味のひとつです。

そもそも伏線とは、どのようにつくり、どのように張りめぐらされるのでしょうか。

観客が後から知るものを伏せ、関連するものを先に見せる。ばれないように。さりげなく。

例としてのプルトニウム

たとえばプルトニウム。

リビア(2025年の吹替では北アフリカになっていました)の過激派が反抗声明をだしたというニュースが、オープニングでTVにうつされます。

つくり手はこの映画で、ぜひともリビアの過激派を出したいと思ったわけではありません。

まずあったのは、タイムスリップの映画であること。

タイムマシンの莫大なエネルギー源をどうするか。そこで必要となったプルトニウム。

そのプルトニウムをどうやって手に入れるか。マーティのいうとおり、「そのへんの店で買えるようなしろもの」ではありません。

専門的な施設にあるものを、盗むしかないでしょうか。むずかしそうですし、ドクの印象がわるくなってしまいます。

ワンクッションはさんでみたらどうでしょうか。盗まれたものを手に入れたことにする。専門的な施設からでも盗んでしまえそうな悪役をあいだにはさんでワンクッション。

そこでリビアの過激派です。彼らからプルトニウムを「巻き上げた」というドクは、日本のネズミ小僧的な正義をまとうことができます。さらに復讐の銃弾にたおれ、ドクに罪の報いをうけさせる。

では、ドクとリビアの過激派をどうやって結びつけるか。

プルトニウムと引きかえに爆弾をつくってくれといわれた、とのことですが、リビアの過激派が町の科学者にそんな相談を持ちかけるはずもなく、ドクのほうからアプローチしたとかんがえるのが自然でしょう。

たとえば「プルトニウムだけじゃなにもできんだろうから、代わりにすごい威力の爆弾をつくってやろう」とかなんとか。

タイムマシンのために、ドクはぜひともプルトニウムがほしかったわけで、動機はじゅうぶんです。

とするとドクは、リビアの過激派がプルトニウムを持っていることをどうやって知ったか。新聞か、ラジオか、TVのニュースか。

それなら、TVのニュースを先に流しておけばいい。

われわれ観客にたいしても。

こうして、15分後に駐車場であきらかになるプルトニウムのために、オープニングのTVニュース(スケボーも)という伏線が張られたわけです。

ついでに、ドクがTVのタイマーをつけたまま家を飛びだし、1週間留守にするようなキャラクターであることも演出でき、一石二鳥です。

作品づくりには、こうした一石二鳥、三鳥をいかに生みだせるかが大事なのかもしれません。

伏線か否か

プルトニウム以外にも、「親父に似てきた」「はしたない」などなど、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』には多くの伏線があります。

この映画の場合、多くは「過去への伏線」ともいえるのでややこしいところです。

三部作全体をみるとさらに複雑になります。小ネタも含めれば、時計台はもちろん、ゴールディ・ウィルソン市長やTWIN PINES MALLなどなど。

たとえば市長の場合、1985年にゴールディが市長であることを先に見せ、市長を目指そうと思いつく1955年のシーンを後から見せる、さらに2015年にはゴールディ・ウィルソンJrが市長になっています。

ここで「伏線」という言葉の定義が気になってくるところですが、はっきりさせる必要はありません。

伏線とはいえないものであっても「後に出てくるもののフラグを先に見せる」という点ではおなじだからです。

つくり手と主人公

こうしてつくり手は、未来はもちろんのこと、過去をも書きかえていきます。そのくりかえしで、よりおもしろいストーリーに磨きあげていくわけです。

過去を書きかえるという意味で、そう、つくり手はマーティやドクとかさなります。

1955年にタイムスリップしたマーティは、ドクのアドバイスをうけてジョージとロレインをくっつけました。

変わってしまった過去をもとにもどしただけでなく、ジョージとビフの関係を書きかえることにもなったマーティとドク。

そんなストーリーをつむぎあげた彼らは、登場人物であると同時に、つくり手の優秀なアシスタントでもあったという見方ができるのではないでしょうか。

おまけ──リアルを捨てたリアリティ、TVニュースのむだのない演出

プルトニウムの例で取りあげたTVニュース。オープニングにまず聞こえてきたのは時計の音でした。

カメラが部屋のなかを移動しながらうつします。タイマーがセットされていたとおぼしきラジオがしゃべりだします。

コーヒーメーカーをはさみ、つづいてスイッチが入るTV。ちょうどプルトニウムのニュースです。

お気づきでしょうか。いつのまかラジオの音がフェードアウトしています。

カメラの移動でスムーズに切りかえていますが、おなじ部屋のなかなのに、音の聞こえかたとしては不自然です。

もしほんとうにこの部屋にいたとしたら、時計もラジオもTVも、すべての音が聞こえつづけているはずではないでしょうか。

リアルではありません。が、ここでつくり手が優先したのは、むだのない演出です。

時計、ラジオ、コーヒーメーカーをはさんでTV、トースターをはさんでアインシュタインの餌、をスムーズに見せること。

コーヒーメーカーの大きな音でラジオを消しさり、TVニュースをはっきりと聞かせること。

プルトニウムの伏線を張るためにも、これだけの工夫がこらされていることに気づくと、過去を書きかえるのも簡単ではないのだなと、より一層、実感ができるのではないでしょうか。

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