教育の話が疲れる理由を、そろそろ言葉にしたい
教育の話題を見た瞬間、
なぜか読む前から少し疲れてしまう。
内容が過激なわけでもないし、
言っていることが間違っているとも思わない。
それでも、そっと画面を閉じたくなることがある。
たぶんそれは、
教育の話そのものが重たいからじゃない。
正しさ、善意、期待、理想。
それらが一度に押し寄せてくるとき、
読む側は「考える前に耐える」状態になる。
誰かを責めているわけでもない。
頑張っている人を否定したいわけでもない。
それでも、話題に触れるだけで消耗する。
こういう場面は、教育に限らずよくある。
前提が共有されないまま話が進み、
いつの間にか、個人の努力の話に回収されていく。
「もっと工夫すれば」
「意識を変えれば」
「やる気を引き出せば」
そう言われ続けるうちに、
本来は一緒に考えるはずだった話が、
静かにしんどさへ変わっていく。
だからこのアカウントでは、
答えを急いで出すことをしない。
誰かを動かす言葉よりも、
立ち止まれる言葉を置いていきたい。
うまくいかなかった場面を、
努力不足として片づける前に、
「何が前提として抜け落ちていたのか」を
一緒に眺める場所でありたいと思っている。
新しい年だからといって、
前向きな決意を掲げるつもりはない。
今年も、
すぐ役に立つ話は多くないかもしれない。
でも、疲れずに考えられる余地は、
できるだけ残しておきたい。
読んでしんどくなったら、
途中で閉じてもらって構わない。
必要になったときに、
また戻ってきてもらえたら、それで十分です。
こうした話を、少しずつ整理して置いている場所があります。
読んで疲れなかった方だけ、必要なときに覗いてもらえたら。
👉 Shirutera(シルテラ)
https://shirutera.com/
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