正しい言葉が、人を縛るとき
立場が人を変え、戦いを生む。
ガンダムのこの言葉を、最近あらためて思い出すことが多い。
ここしばらく、市の助成金申請に関わるなかで、行政の関係者とやりとりする機会が増えた。
そのたびに感じる、うまく言葉にしきれない小さなズレがあった。
もちろん、誰かが悪いと言いたいわけじゃない。
むしろ、話せば話すほど見えてきたのは、「人」そのものよりも「立場」が言葉を選ばせている、ということだった。
置かれた立場の中で、
正しい言葉を選ばなければならない。
公平であること。
説明できること。
角が立たないこと。
前例から外れすぎないこと。
そういう“正しさ”は、
社会を動かすために必要なのだと思う。
きっとそれがなければ守れないものも、
たくさんある。
でも、その正しさを選び続けるうちに、
気づけばその言葉のほうが自分を縛っていくことがある。
最初に自分を動かした衝動。
何を守りたかったのか。
なぜこれだけは雑に扱えなかったのか。
そういうものが、
少しずつ見えなくなっていく。
たぶん、私が感じていたズレの正体は、
それだったのだと思う。
相手が冷たいとか、情熱がないとか、
そういう単純な話ではない。
もしかしたら、その人も最初は確かに何かに駆り立てられて、その仕事を選んだのかもしれない。
誰かの役に立ちたかったのかもしれない。
この街を少しでも良くしたかったのかもしれない。
理不尽の少ない仕組みをつくりたかったのかもしれない。
でも、立場を背負い続けるうちに、人は「自分」として話すよりも、「役割」として正しい言葉を選ぶようになる。
そしてその言葉に長く触れ続けていると、いつのまにか、それ以外の言葉がうまく使えなくなっていく。
気づけば、自分を動かしていた衝動よりも、正しく処理することのほうが優先される。
何を生みたかったのかよりも、どう通すかのほうが大きくなる。
立場は人を守る。
でも同時に、その人の火まで覆ってしまうことがある。
私はたぶん、そのことに、ずっと「ん?」となっていたのだと思う。
置かれた立場から、正しい言葉を選ばなければいけない。
そのこと自体はわかる。
わかるけれど、その言葉に自分まで飲まれていく瞬間を見ると、どうしても悲しくなる。
人はそんなに簡単に変わるものではないはずなのに、立場が変わると、まるで別の生き物みたいになることがある。
いや、正確に言えば、その人が変わったというより、その人の奥にあったものが見えなくなっていくのかもしれない。
だから、ガンダムのあの言葉が残るのだろう。
立場が人を変え、戦いを生む。
それは大きな戦争の話だけじゃなく、もっと日常の、もっと静かな場所でも起きている。
会話の中で。
組織の中で。
社会の中で。
そして、もしかしたら自分の内側でさえ。
そんな世界を見ていると、私はやっぱりダンサーという立場でいたいと思う。
それは、ダンサーが自由だから、きれいだから、特別だから、という話ではない。
むしろその逆で、踊ることは、社会の中でとても不安定で、非効率で、説明しにくいものだと思う。
それでも私は、ダンサーでいたい。
社会という、よくわからない大きなものに、簡単に飲まれないために。
身体に戻れる場所を持っていたい。
言葉になる前の感覚を、なかったことにしたくない。
正しさだけではすくいきれないものが、この世界にはたしかにあると、忘れずにいたい。
自分の信念を語りたいわけじゃない。
何か正しい思想を掲げたいわけでもない。
ただ、ずっと魅せられてきた美しい世界を、
信じていたいのだと思う。
説明できるから信じるんじゃない。
役に立つから信じるんじゃない。
自分の考えとしてうまく整理できたから信じるんじゃない。
もっと先に、それはもう、私を捕まえていた。
言葉になる前に。
理屈が追いつく前に。
ただ、どうしても惹かれてしまった。
その引力のようなものを、
私は雑に扱いたくない。
たぶん、天命という言葉でしか呼べないものがあるとしたら、
それはこういうものなのかもしれない。
立派な志や、美しい理念として現れる前の、
もっと剥き出しの衝動。
なぜかわからないけれど、
どうしても放っておけないもの。
何度社会の言葉に触れても、
何度現実に削られても、
それでも戻ってきてしまうもの。
私にとって踊ることは、
たぶんそういうものだ。
だから私は、これからも気をつけていたい。
正しい言葉を使うことはあっても、
その言葉だけで生きないこと。
立場を引き受けることはあっても、
その立場に自分の衝動まで明け渡さないこと。
社会の中で生きる以上、
立場から完全に自由ではいられない。
きっと誰だってそうだと思う。
でもせめて、自分を最初に動かしたものが何だったのかを、見失わずにいたい。
なぜこれだけは雑に扱えなかったのか。
なぜこれだけは譲れなかったのか。
なぜ、何度離れてもまた戻ってきてしまうのか。
その答えを、簡単に手放したくない。
立場が人を変え、戦いを生む。
その言葉を思い出すたびに、
私は同時にこうも思う。
だからこそ、魅せられた世界を信じよ、と。
信念より先に、私を連れていったものを。
まだ言葉にならないまま、
身体の奥に残っている衝動を。
よくわからない社会に飲まれそうになるたび、そこへ戻れる自分でいたい。
そのために、私は踊るのだと思う。
