『オンラインの絆』第13章・エピローグ 9/9
第13章
先生はイージートークで人気講師になって、毎日4~6レッスン予約が入るようになった。尚子はいつもその生徒さんに嫉妬している。毎日レッスンを取っている生徒もいるそうだ。羨ましい。小さな人間だと思う。先生が、有名になってほしい。自分のような英語できなかった生徒を成長させてほしいと思う一方、これ以上人気がでないでと、祈ってしまう。
その頃のレッスンは、英検などの目標がないので、がっつり勉強という感じではなく、日常の事を英語と日本語まじりで話していた。3月29日、息子の引っ越しの手伝いで、徳島に向かう途中、淡路のサービスエリアを先生に見せたくて、予約をした。その時に言ってしまった。全く言うつもりはなかったのに。口から出てしまった。「最近の先生とのレッスンに満足できていない」と。ここ最近の先生との会話は楽しいものだったが、一つ気にかかった。尚子がつたない英語で話すのに、先生は、日本語で返すのだ。この前のレッスンは日本語の方が多かったくらいだった。尚子にとっては、英検2級に向かっていた時の日々が懐かしく思い出された。あの頃、尚子は先生の事はあまり知らなかったし、遠慮もあり、ひたすら英検の事しか話さなかった。お互いストイックだったし、時間を惜しんで勉強していたあの時期は、もう来ないのだと思うと寂しい気がする。
言ってしまって、ちょっと言い方がきつかったかな、先生の気を悪くさせたかなと思って反省した。それで尚子は自分に目標がないからだと思うと言った。先生のせいではないと付け足した。最近の先生は優しすぎるのだ。かといって、厳しくしたら、厳しすぎると不満を漏らすだろう。尚子は自分という人間は実に自分勝手だと思った。先生は、私の不満に対して、全くイラっとした表情もせず、「いくつか案を考えてみますね。」とだけ言った。
翌日、先生がいくつか考えたことを話したいと言ったので、レッスンを取った。尚子は先生が考えてくれたことに感謝し、どういう風に考えてくれたのか期待した。また、昔のような厳しくも楽しいレッスンがしたいのだ。先生の提案は、尚子のそれとは全く異なっていて、あっけにとられた。提案はこうだ。①ネイティブの友達を作る。アプリなどを利用して。②ディスカッションをするコミュニティに入る。③英検1級の勉強を始める。
違う、そうじゃない、尚子は叫びたかったけれど、先生にその気持ちは伝わらない気がして、「いろいろ考えてくれてありがとうございます。」と言った。全然分かってないと心の中では思っていたけれど、ショックで混乱した。
その日、大学時代からの友達である里香に聞いてもらった。里香は大阪の出身で、さばさばした性格だった。今は会社の社長で忙しくしてた。尚子と里香は大学時代ウィンドウサーフィンのサークルが同じで親しくなり、卒業旅行もアメリカに行った。尚子が子育て中は会う機会は減っていた。6年前、尚子が夫と別居したときに里香に相談した頃から、また2人で会うようになった。電話で2時間話すこともあった。里香には何でも話せるし、里香もそうだった。里香は私の気持ちが分かると言った。「先生とのレッスンの話やんね。なんで、外に向くんだろう」と尚子の気持ちを代弁してくれた。先生とのレッスンをよくしたいだけ。昔のように、2人で共通の目標に向かって、試行錯誤しながら、積み重ねていく体験をもう一度したい。里香に「はっきり言いなよ」と背中を押されて、ストレートにそういう事にした。
またその翌日、先生が、もう少し話しましょうと提案した。尚子の怒り、混乱に全く気づいていないようだった。「むっちゃ怒っています!それでも、よければ」と返したら、「またにしますか?」と呑気な返事が返ってきた。尚子が、「怖ければ、またにしましょう」と返すと、「いつでも準備OKです」と全く意に介さなかった。尚子は、彼はその変に冷静なところをいぶかしく思った。先生は人間なのか、もしかしてロボットか何かなのか。
先生は、笑っていたし、尚子も笑った。先生を前にして尚子は怒れない。それでもはっきり言った。「私は、先生と英会話がしたいんです。それなのになんで、他の人としないといけないんですか? これ以上友達作る必要もないし、初対面の人と、愛とは人生とはとか、話したくないんです。それなのに、丸投げのような提案に私はショックを受けました。」まだ先生は理解できていなかったようだ。「もし、先生が数学しましょうって言ったら、私はしますよ。私は先生としたいんです」と続けた。そこでやっと先生は少しだけ尚子の言わんとしている事に気づいた。先生は、「一件落着ですね。」と笑った。
尚子はその後も今までと変わらずレッスンを続けている。いつか、英検1級を受ける日がくるかもしれない。先生と英語での議論をできるように研鑽しようと考えている。
5月のある日、尚子は、里香と京都のホテルに泊まっていた。里香には子供はおらず、仕事の事と親の介護で忙しくしていた。40歳直前に不妊治療をしたが残念ながら授かれなかった。里香と尚子は年に2、3回、大阪や京都のホテルに泊まって、部屋で語り明かす。里香は、「親の介護は出来る限りの事はしたいし、自分では出来る限りの事はしてると思う。でも親の前と社員の前では息を抜く時がない。」と言う。2人はただ聞いて、食べて飲んで笑って過ごす。それが、お互い気心のしれたもの同士、癒しの時間だった。
6年前から別居している尚子に、里香は早く離婚して新しい彼氏を探すように再三言っていた。尚子は、「もし離婚しても彼氏はもういらないよ。」と言うと、「もったいない」「いくつになっても、パートナーはいたらいいと思うよ。」と何度も薦めてくる。
尚子が、先生の事を話すと里香はため息をついて言った。「そんな子供ほどの人は置いといて、彼氏見つけなさい。」「だから、彼氏はいいって、それにまだ離婚していないのに、彼氏なんて作ったら、ややこしいわ。」
エピローグ
イージートークの本社では、新しいプロジェクト「AI講師の導入」について議論されていた。
女性社員が熱弁する。「AI講師の試作品の進捗を報告いたします。尚子と講師Aについて、想像をはるかに超える成果をだせています。尚子は講師Aの予約をコンスタントに入れています。親子ほどの年の差があっても、むしろだからこそ、うまくいくようです。子育てを終わった女性は、これからの人生を見つめなおし、何かしたいと考えています。そして、これは男女どちらにも言えることですが、年の差があることで、安心感、そして、違う事が前提なので、多少の意見の相違も多めに見る事ができます。結論としては、40代以降の女性顧客には、20代の男性講師をあてることです。」
その上司が付け加える。「会いたいという事をチラつかせることで、予約してまでレッスンを取るだろう。絶対に会う事は不可能だがね。」
男性が報告する。「顧客の家族構成や趣味などをあらかじめ入力し、レッスン毎の会話のデータベースを増やすことにより、より顧客のニーズに応じた講師が出来上がります。申し分のない講師です。」
司会者がまとめる。「では、今後は、このタイプのAI講師を量産していくという方向でこのプロジェクトを進めましょう。人件費削減になりますし、誰もAIと人間の区別はつかないでしょう。」
