【読み切り小説】島根転生
1. キャラクターブック(Character Book)
浜田 松太郎(はまだ まつたろう)
性別: 男性
年齢: 17歳
職業: 島根県立工業専門学校 電子工学科の学生
特徴: 明るく元気な性格で、誰にでも分け隔てなく接する。しかし、その精神の中には、前世の天才参謀長ルキウス・セプティミウスの独立した精神が宿っている。ルキウスの精神は、松太郎の行動や思考に干渉し、心の中で会話を繰り広げる。
本作の主人公。巨大ロボット「ケントゥリオ」のパイロット。
ルキウス・セプティミウス
性別: 男性
年齢: 享年40歳(精神体)
特徴: 古代ローマ帝国の天才参謀長。極めて冷静沈着で、戦略的思考に優れる。松太郎の知識と才能の源。松太郎の内なる戦略家。松太郎の行動に助言を与える。
口調: 古風で威厳のあるラテン語交じりの口調。松太郎の心の中で話す。
出雲 咲(いずも さき)
性別: 女性
年齢: 17歳。松太郎とは幼稚園からの幼馴染。
特徴: 基本的にはクールで無愛想。成績優秀で、周囲からは「高嶺の花」と見られている。序盤は未来の記憶がないため、ロボットや古代の技術については全く知らない普通の女子高生。しかし、古代の超技術や島根の神話に深く関わる一族の末裔であり、物語の進行と共に未来の記憶が覚醒していく。
本作のヒロイン。松太郎を導く存在となるが、序盤は松太郎の行動に戸惑う。松太郎に対しては、幼馴染としての親しみと、少しの呆れが混じっている。
ケントゥリオ(Centurio)
種類: 巨大ロボット(ヒューマノイド型)
特徴: 古代ローマの百人隊長(ケントゥリオ)の甲冑を思わせる、重厚で威圧感のあるデザイン。カラーリングは青(知性・冷静さ)と金(威厳・技術)を基調とする。エネルギー源は古代の超技術。
能力: 驚異的な防御力と、前世の松太郎の戦略を学習・実行する高性能AIを搭載。
異形機(アノマリー)
種類: 巨大ロボット(多脚型)
特徴: 全身が黒い装甲で覆われ、無機質で攻撃的。目的は不明。
【読み切り小説】島根転生
第1話:ローマの記憶と島根の空
薄暗い地下施設に、松太郎は立ち尽くしていた。その表情は、普段の明るい笑顔とはかけ離れ、緊張と驚愕に固まっていた。
周囲は、巨大な岩盤がむき出しになった、まるで古代の地下神殿のような空間だ。湿った空気が肌にまとわりつき、遠くから聞こえる「ゴウン、ゴウン」という機械の駆動音だけが、ここが現代の施設であることをかろうじて示している。
松太郎の目の前には、巨大な人型の影がそびえ立っていた。
青と金の装甲。古代ローマの甲冑を思わせる重厚なデザイン。胸部には、威厳に満ちた鷲の紋章が刻まれている。その巨体は、松太郎がこれまで設計図上でしか見たことのない、いかなる工業製品よりも、遥かに洗練され、そして異質だった。その存在感は、松太郎の脳裏に刻まれた前世の記憶、すなわちルキウス・セプティミウスが夢見た究極の戦略兵器の姿と完全に一致していた。
「なんだ、これ……マジかよ?」
松太郎の口から、普段の明るい調子とは違う、驚きと興奮が混じった声が漏れた。
(松太郎の心の中)
ルキウス: (静粛に、松太郎。これは我々の遺産、ケントゥリオだ。驚くのは後だ。まずは状況を分析しろ。この機体の構造は、私が設計した最終案と酷似している。まさか、この極東の島国で再会するとは……)
松太郎は、心の中で響くルキウスの声に、思わず「うるせぇよ、ルキウス!」と叫びそうになったが、なんとか飲み込んだ。
その時、背後から、しわがれた声が響いた。
「『ケントゥリオ』じゃよ。お前さんの、いや、ルキウスの遺産じゃ」
振り返ると、白衣を着た、背の低い老人が立っていた。その瞳は、松太郎の動揺をすべて見透かしているかのようだ。
「ケントゥリオ……」松太郎は、その名を反芻した。
ルキウス: (老人は何者だ? 何か知っているようだが、顔に見覚えがない。警戒しろ、松太郎。この状況は、我々の想定を遥かに超えている)
松太郎は、心の中でルキウスと会話しながら、ここに至るまでの経緯を整理しようとした。
2020年12月21日、冬至の朝。
松太郎は、目覚まし時計が鳴る前に、ぱちりと目を覚ました。冬の朝特有のキンと冷えた空気が部屋を満たしている。窓の外はまだ薄暗く、遠くの港から聞こえる汽笛の音が、日常の始まりを告げていた。
「よっしゃ、今日も一日、元気にいくか!」
松太郎は布団を跳ね除け、勢いよく立ち上がった。彼の明るく元気な性格は、朝から全開だ。
ルキウス: (松太郎。その無駄なエネルギーはどこから湧いてくるのだ。冬至だぞ。古代ローマでは、この日は静かに内省する日とされていた。もう少し落ち着け)
(うるせぇよ、ルキウス! 寒いんだから動かないと!)松太郎は、心の中でルキウスに毒づきながら、手早く制服に着替えた。
朝食は、母が作った温かい味噌汁と、地元で獲れた魚の干物。松太郎は、その素朴な味を噛みしめながら、今日の予定を父に話した。
「父さん、今日、工業専門学校の課題で、たて核原子力発電所の科学館に行くんだ。最新のエネルギー技術のレポートを書かないといけなくてさ」
「おお、そうか。あそこは展示が充実しとるからな。しっかり学んでこい」
松太郎は、朝食を終えると、リュックに工具とノートを詰め込み、玄関に向かった。
「行ってきまーす!」
家を出ると、冷たい風が頬を刺した。松太郎が住む港町は、海が近く、潮の香りが微かに漂っている。彼は、工業専門学校の制服に身を包み、いつもの通学路を歩き始めた。
ルキウス: (原子力発電所か。私が生きた時代には想像もつかないエネルギー源だ。しかし、その巨大な力は、使い方を誤れば、帝国を滅ぼす毒にもなり得る。松太郎、お前は技術者として、その力をどう扱うつもりだ?)
「分かってるよ、ルキウス。だからこそ、俺は平和のためのロボットを作りたいんだ。そのための勉強だよ」松太郎は、誰にも聞こえないように、小さな声で呟いた。
彼は、地元の工業専門学校に通う17歳の学生だ。しかし、彼の精神の奥底には、およそ二千年前の記憶が刻み込まれている。
前世、彼はルキウス・セプティミウス。古代ローマ帝国で皇帝に仕えた、類稀なる頭脳を持つ参謀長であった。彼の戦略は帝国を勝利に導き、その名は敵味方から恐れられた。だが、栄光の絶頂で、彼は味方の毒によって命を落とした。
「もし次があるなら、この知識を、争いのためではなく、人々の平和と技術の進歩のために使いたい」
それが、彼の最期の願いだった。
そして今、彼は浜田松太郎として、電子工学と機械工学を学んでいる。前世の知識と現代の技術が融合し、彼の才能は学校でも群を抜いていた。彼の目標は、自らの手で平和を守るためのロボットを開発すること。
学校で課題を終えた松太郎は、午後の日差しの中、科学館へと向かった。
科学館の内部は、最新の技術と未来的なデザインで統一されていた。松太郎は、展示されている「未来エネルギー炉」の模型の前に立ち止まった。彼は、前世の工学知識と照らし合わせながら、熱心に見つめていた。その表情は、普段の明るさとは裏腹に、極めて真剣で、まるで論文を読み解く学者のようだった。
ルキウス: (ふむ。このプラズマ制御の機構は、私の考案した『三層螺旋構造』を応用すれば、エネルギー効率をさらに高められる。この時代の技術は、実に興味深い)
松太郎は、心の中でルキウスの分析を聞きながら、ノートに改良案のスケッチを始めた。
その時、背後から、透き通るような声がした。
「すごいね、松太郎。そんなに熱心に見てるなんて」
振り返ると、出雲 咲が立っていた。彼女は松太郎の幼馴染で、同じ高校に通うクラスメイトだ。普段はクールで無愛想な彼女だが、松太郎に対しては幼馴染としての親しみを見せる。しかし、今日は松太郎と同じ高校の制服ではなく、白く清潔なワンピースを纏い、深い藍色の瞳で松太郎を見つめていた。その姿は、いつもの咲とはどこか違う、非日常的な雰囲気を漂わせていた。
「おう、咲か。お前も来てたのか。これ、すげぇだろ? このエネルギー制御システム、ちょっとした改良で効率が倍になると思うんだよな」
松太郎は興奮気味に話しかけたが、咲の表情はどこか遠い。
ルキウス: (待て、松太郎。咲の雰囲気がいつもと違う。)
「改良の余地、ね。あなたは、ルキウス・セプティミウスの知識を、この世界で正しく使おうとしている」
咲の言葉に、松太郎の笑顔が凍り付いた。ルキウスの名を、なぜ咲が知っている?
「……何を言ってるんだ、咲。急にどうした?」松太郎は、思わず大きな声で尋ねた。
ルキウス: (松太郎! 大声を出すな! 周囲の視線を集めるぞ!)
松太郎の動揺をよそに、咲は静かに、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。
「でも、改良する前に、壊されてしまうかもしれないよ。あなたの知識が、本当に必要とされるのは、この世界の平和のため。そして、その鍵は、あなたの前世の遺産にある」
その言葉と同時に、科学館の外から、世界を揺るがすような轟音が響き渡った。
ドォォォン!
窓の外、港町の方角に、巨大な黒い影が立ち上るのが見えた。それは、松太郎がこれまで見たこともない、異形機だった。その多脚型の巨体は、現代の兵器では太刀打ちできない、圧倒的な脅威を放っていた。
ルキウス: (あの機体は……! 私が設計したレギオ・オブリヴィオニスのプロトタイプか!? この時代に完成していたのか……!)
混乱する人々の声が響く中、咲は松太郎の手に、古代ローマの紋章が刻まれた起動キーを握らせた。
「浜田 松太郎。ルキウス・セプティミウス。あなたの知識と、あなたの願いを果たす時が来た。これを、ケントゥリオに」
咲は、松太郎を科学館の奥にある、職員専用の非常階段へと促した。その瞳には、未来の記憶が垣間見えているかのように、強い決意が宿っていた。
「急いで。この階段の先、地下深くに、あなたの遺産が眠っています」
松太郎は、咲が何者なのか、この起動キーが何を意味するのか、考える暇はなかった。ただ、目の前の危機と、前世からの使命感が、彼の体を突き動かした。
彼は、起動キーを強く握りしめ、咲の指し示す方向へ、非常階段を駆け下りた。
(回想終了、現在に戻る)
そして、松太郎は今、この地下施設にいる。
「ケントゥリオ……」
松太郎は、起動キーを握りしめたまま、目の前の巨体を見上げた。その青と金の装甲は、まるで夜空に輝く星のように、薄暗い地下で静かに存在感を放っていた。
ルキウス: (松太郎、聞け。あの老人の言う通りだ。あの異形機は、我々の知識を悪用しようとする者たちが生み出した。今、この機体を動かせるのは、お前しかいない。私の知識と、お前の現代の技術、そしてお前の明るい性格で、この危機を乗り越えるのだ!)
老人は、松太郎の表情を静かに見つめていた。
「そのキーは、お嬢さんから預かったものじゃろう。お嬢さんの言う通りじゃ。今、地上では、お前さんの知識と、このケントゥリオの力が必要とされとる」
老人は、ケントゥリオの足元にある、小さなハッチを指差した。
「さあ、松太郎。乗り込むんじゃ。お前さんが、この百人隊長の指揮官(ドミナス)じゃ」
「ケントゥリオ……これが、俺たちの……」
松太郎はごくりと喉を鳴らし、重厚な装甲に覆われた巨大な人型兵器を見上げた。その威容は、前世の自分が理想とし、しかし完成を目にすること叶わなかったローマ軍の最終防衛兵器そのものだった。胸に輝く鷲の紋章は、忘れたくても忘れられない、第二八軍団の象徴だ。
ルキウス: (ふむ。予想以上に保存状態は良い。しかし、動力炉は封印されているはずだ。あの老魔術師――いや、今は老人と呼ぶべきか――彼が何かキーを持っているのか、それとも……)
老人が皺だらけの手で、ケントゥリオの右脚部の巨大な装甲パネルを指差した。
「コックピットへの入り口は、そこじゃ。お主が持つその紋章(エンブレム)を認証装置に当てれば開く」
松太郎が言われた通りにすると、甲高い金属音と共に装甲板がスライドし、内部へのトンネルが現れた。中は意外なほど狭く、しかし人が屈まずに通れる程度のスペースは確保されている。
「さぁ、行け。これがお主の新たな戦場じゃ」
トンネルを数メートル進むと、ケントゥリオの胸部ハッチ――いや、正確には腹部と言える位置に、比較的小さな円形ハッチが見えてきた。そこには、確かにルキウス・セプティミウス家の紋章が彫り込まれた金属板が嵌め込まれている。
「ここか……」
松太郎が震える指で起動キーを近づけると、キーに彫られた凹凸と金属板の隆起が噛み合い、カチリと小さな音を立てた。同時に、赤銅色のハッチがゆっくりと上方へ開いていく。
内部は、まるで古代ローマの神殿の一室を切り取ったかのような、半球状の広い空間になっていた。壁には星座図や戦陣の図などが浮き彫りにされ、中央には人一人が座れる簡素な椅子と、その前に様々な装置が並ぶ操作盤がある。奇妙なことに、現代のモニター類は一切なく、代わりに青白い炎が灯る燭台や、複雑な図形が描かれた水晶版が置かれている。
「なんだよこれ……まるで古代遺跡じゃねぇか」
松太郎が困惑しながら椅子に腰掛けると、背もたれに沿ってシートベルトが自動で伸びてきて固定された。
ルキウス: (ふん、やはりこのような原始的なインターフェースか。効率は悪いが、この時代の人間の魂を直接機体とリンクさせる方式なのだろう。)
「おい、ルキウス! 何かわかるのか?」
(黙って聞け。まずは機体と同調せねばなるまい。左側の水晶板に触れてみろ。そこに己の名と、魂の記憶を呼び起こすのだ)
「名と魂……?」
松太郎は息を整え、左手を水晶板に置いた。
「俺は浜田松太郎。かつてルキウス・セプティミウスと呼ばれた魂を受け継ぎし者なり……?みたいな感じ?」
その瞬間、水晶板が激しく発光し、松太郎の全身に稲妻のような衝撃が走った。意識が肉体から離れていく感覚。瞼の裏に、前世で過ごしたローマの街並み、戦場の風景、そして死に際に見た星空が次々とフラッシュバックする。そして、現代で過ごした島根の町の風景、家族の顔、そして幼馴染の咲の姿――。
ルキウス: (よし、同調完了だ。感じるだろう、ケントゥリオの鼓動を。この機体はお前の一部となった。だが、操作は私が補佐する。お前は全体の意思決定に集中しろ)
「あ、ああ……なんか、機体の重さとか、関節の可動域とか、ぼんやりだけどわかる……!」
松太郎がそう言った直後、頭上の操縦桿が動き、目の前の巨大なメインディスプレイ(先程まで何もない空間だった)に外部カメラからの映像が映し出された。トンネルの先、出口と思われる方向だ。
ルキウス: (進め! まずは地上に出ることだ! 敵の規模を把握せねばならない!)
「わかってる!」
松太郎は操縦桿をゆっくりと押し出す。重厚な金属の軋みと共に、ケントゥリオの巨大な足が持ち上がり、トンネルの床をしっかりと踏みしめた。
ドシン、ドシン……!
トンネル内に響く振動。ケントゥリオが一歩ずつ前進する度に、古代ローマ建築を模した天井や壁がミシリと音を立てる。出口はすぐそこだ。
「ルキウス! あれが出てきた奴だ! 地上の様子はどうなってるんだ!?」
ルキウス: (落ち着け。今、地上のセンサデータを解析している。……む?)
メインディスプレイが切り替わり、衛星画像のように荒いが、松江市の一部を俯瞰した映像が表示された。そして――。
「なっ……なんだよ、これ……!!」
松太郎の顔から血の気が引いた。
画面の中心に、科学館があったであろう場所が映っていた。そこには、見慣れた近代的な建物は影も形もなく、巨大なクレーターができていた。クレーターの縁には、黒煙を噴き上げながら溶解した鉄骨やガラス片が散乱している。そして、その中心で悠然と立っているのは、巨大な黒い多脚生物のような機械。四対八本の細長い脚が不規則に蠢き、胴体には無数のレンズのような光学センサーがこちらを睨んでいる。
「あれが異形機(アノマリー)……!」
ルキウス: (間違いない。形状からして、私が考案した『レギオ・ストラトスフィア』の失敗作、『モデル・クラウデウス』シリーズだ。当時は完成なんてできなかった……)
「じゃあ、やっぱりあいつもルキウスの関係者なのか!?」
ルキウス: (推測に過ぎぬ。問題は、あれがなぜ今、ここで活動しているかということだ。そして、目的は?)
「目的なんて知るか! とにかく止めないと! あいつがいる限り、島根はおしまいだ!」
松太郎は操縦桿を強く握りしめた。恐怖もある。だが、それ以上に沸き上がる怒りと、故郷を守らなければならないという責任感が彼を突き動かしていた。
ルキウス: (よし、ならば行くぞ! 状況判断は私が引き受ける。お前は自分の直感と、この機体の性能を信じろ!)
「了解だ、ルキウス! 行くぜ、ケントゥリオ!」
松太郎の叫びと共に、ケントゥリオの両目が鋭く発光した。背中の大型スラスターから眩い光が噴射され、巨体がトンネルを飛び出すように加速する。
視界が開ける。
トンネル出口から飛び出した先は、海辺近くの空き地だった。目の前には、今まさに崩壊した科学館から這い出してきたばかりの異形機。その不気味な赤い単眼が、突如出現したケントゥリオを認識し、ぐるりと向きを変えた。
ルキウス: (来るぞ、松太郎!まずは落ち着け! 敵の動きを見極め牽制しろ! )
「牽制って、どうやって!?」
ルキウス: (右手の甲にある発射口だ! 握るイメージを持て!)
「こうか!? わかった!」
松太郎が操縦桿のトリガーを引くと同時に、ケントゥリオの右手が拳を握る。その掌の中心が青白く光り、瞬時に小型の光弾が形成された。
「喰らえッ!」
光弾が放たれ、異形機の前脚部分を直撃する。爆発とともに黒い装甲の一部が吹き飛んだが、すぐに奇妙な流体金属のようなものが傷口を塞いだ。
ルキウス: (ふむ、再生能力か。厄介だな)
「効いてないじゃねぇか!」
ルキウス: (いや、ダメージは与えている。再生能力にも限界があるはずだ。弱点を探せ! あの異常なエネルギー反応の中心点を狙うのだ!)
「弱点……わかった!」
松太郎は敵の巨体を凝視する。異形機は損傷をものともせず、八本の脚を器用に使って接近してくる。その巨体からは想像もつかない俊敏な動きだ。
ルキウス: (来るぞ! 援護は任せろ!)
「援護って……うぉぉおっ!」
異形機の前脚の一本が、鞭のようにしなって襲いかかる。ケントゥリオは反射的に後退したものの、その脚の一撃は地面を砕き、瓦礫と土砂を巻き上げた。とっさに左腕でガードしたが、それでも衝撃で大きくバランスを崩してしまう。
ルキウス: (焦るな。お前の粘り強さを忘れるな。相手のパターンは読めている。次の一撃で懐に入り込むのだ!)
「ルキウス……よし!」
松太郎は唇を噛み、敵の攻撃が最も大きくなる瞬間を待った。そして、敵が前傾姿勢で大ぶりの一撃を繰り出そうとした刹那。
「今だぁああっ!」
松太郎は操縦桿を思い切り倒し、ケントゥリオを前方へ突進させた。敵の巨大な前脚が振り下ろされるよりも速く、ケントゥリオは敵の懐に滑り込む。
「よし! おっしゃああっ!」
松太郎は叫びながら右手を伸ばし、光弾を発射しようとした刹那。
ルキウス: (松太郎、罠だ!)
「!!」
敵の懐から突然、隠されていた棘状の刃が高速で射出された。それがケントゥリオの脇腹の装甲を貫き、火花と金属音を派手に散らす。同時に、敵は残りの脚を素早く折り畳み、巨大な質量でタックルを仕掛けてきた。
「ぐぅっ……重てぇ!」
ケントゥリオは弾き飛ばされ、背後の廃墟と化したビルに激突した。コンクリートが粉塵となって舞い上がり、機体の損傷ランプが複数箇所で点滅する。
ルキウス: (ふん、なかなかやるではないか。だが、その程度でこのケントゥリオが屈すると思うか?)
「当たり前だろ! こんなんで諦めてたまるかよ!」
松太郎は額から滴る汗を拭いもせず、操縦桿を握り直す。体中が悲鳴を上げているが、ここで引くわけにはいかない。
異形機は悠然と前進してくる。先程までのダメージは既にほとんど再生され、更に全身から禍々しい紫色のオーラのようなものを立ち昇らせていた。明らかに怒りと、獲物を追い詰めた獣のような愉悦が感じられる。
ルキウス: (松太郎……聞け。あの再生速度とパワーの向上を見るに、奴は本気になったようだ。このままでは埒が明かん。一度、奥の手を使うぞ)
「奥の手……? まさか!」
ルキウス: (そうだ。我がローマ帝国の叡智と、貴様の青臭いエネルギーを一つに束ねる。成功すれば、奴を確実に灰燼と帰すことができるだろう)
「でも、失敗したら……」
ルキウス: (無論、我々もただでは済まんだろう。だが、このまま手をこまねいていても結果は同じだ。ならば、賭ける価値はある)
「……わかったぜ、ルキウス! やってやるよ! 島根のみんなのためにも、こんなところで終わってたまるか!」
松太郎の決意を聞いたケントゥリオが低く唸りを上げる。コックピット内の装置が一斉に稼働し始め、機体全体が淡い黄金色の光に包まれ始めた。外部ディスプレイには複雑な魔法陣のような幾何学模様が展開され、ケントゥリオ自身も僅かに変形していく。背部スラスターはより大きく開き、胸部の鷲の紋章が眩いばかりに輝く。両腕は交差し、その間に超高密度のエネルギーが収束していくのが松太郎にも肌で感じられた。
ルキウス: (行くぞ! 全ての意識を奴の中心に集中させろ! 敗北を知らないローマ軍団の魂を込めて撃つのだ!)
「おうっ!!」
異形機もケントゥリオの変化を感じ取ったのか、咆哮のような音を発し、全力で突進してきた。その巨体が地響きを立てて迫ってくる。
松太郎は歯を食いしばり、操縦桿を握る手に全ての力を込めた。頭の中に描くのは、故郷の穏やかな景色と、そこに暮らす人々の笑顔。そして、幼馴染の咲の姿。
ルキウス: (今だ!)
「うぉおおおおおおおっ!! 島根を舐めるなぁああああああああっ!!」
松太郎の絶叫と共に、ケントゥリオの両腕が大きく左右に開かれた。その中心で極限まで圧縮されたエネルギーが、一条の眩い光の奔流となって解き放たれた。
それはまるで太陽が墜ちてきたかのような光量だった。光の柱は吸い込まれるように異形機のコアユニットに直撃する。凄まじい衝撃波が周囲を蹂躙し、海面が沸騰するかのように水蒸気が立ち昇る。
異形機はその場に釘付けになり、絶叫にも似た断末魔の音を発した。コアユニットを中心に亀裂が蜘蛛の巣のように広がり、内側から膨れ上がっていく。やがて臨界点を超えたのか、紫色の閃光と共に大爆発を起こした。その爆発の余波は凄まじく、ケントゥリオの装甲表面をも焼くほどの熱と衝撃が襲った。
数秒後。
爆炎と土煙が晴れると、そこには異形機の姿は跡形もなく消え去っていた。巨大なクレーターができており、中心には溶けた金属の塊のようなものが僅かに残るだけだった。
「……やった……のか……?」
ルキウス: (……ああ。完璧な一撃だった。奴の生命反応は完全に消失した)
「はぁ……はぁ……やった……やったんだ……!」
全身の力が抜け、松太郎は操縦席で沈み込んだ。意識が遠のきかける中で、遠くからサイレンの音や人々のざわめきが聞こえてくる
ルキウス: (よくやったな、松太郎。お前の勇気とこの機体があればこそだ)
「へへ……当たり前だろ……ルキウスがいたからな」
ルキウス: (……ふん。まあよい。それより、この騒ぎだ。いずれ誰かがやってくるだろう。その前に脱出するぞ)
「おう……」
松太郎は最後の力を振り絞って操縦桿を操作し、ケントゥリオをトンネルへと後退させ始めた。その巨体が再び地下へと消えていく頃には、朝日が松江の街を照らし始めていた。
ルキウス: (さて、松太郎よ。これで終わったわけではないぞ。あのアノマリーがなぜここに現れたのか。そして、お前が持つ我が知識がなぜ狙われたのか。これからが本当の戦いかもしれんな)
「……だな。でもよ、ルキウス。どんな奴が来ようと、俺たち二人なら何とかなるだろ?」
ルキウス: (……全く、お前のその根拠のない自信だけは大したものだ。だが……悪くはない)
「だろ?」
松太郎は疲れ切った顔で、それでもどこか誇らしげに笑った。地下の暗闇の中で、二人の会話は続く。これは終わりではなく、始まりに過ぎないのだから。
ご愛読ありがとうございました!
