#93 アラル海はむしろ美しく死ぬべきである
宿に着くと他の宿泊客がアラル海に行くツアーが高いと言う話を食堂でしていた。私より前に訪れたメキシコ君は4人でタクシーを貸し切って回ったらしい。4人ほど集まればお得に回れるのかもしれないが、ツアーだと1日のツアーで100ドルほどするらしい。ヌクスに来たからにはアラル海は見ておかなくてはだけど、100ドルは高すぎるな…
どうしたものか?と考えていたら、おはよう〜とどこかに行くっぽい感じで目の前を通り過ぎていく男性が。むむっ!どこに行くんだろ?後を追いかけて、ゲストハウスの前でどちらに行かれるんですか?と声をかけると、アラル海だよ〜バスで行くんだとの事。私も着いて行っていいですか!?と確認するといいよ〜今Yandex呼んだところだけどすぐ用意できる?と男性。10分で準備して戻ります!と部屋に戻り顔を洗って日焼け止めを塗りたくり、サングラスと財布、携帯とカメラを掴んで部屋を飛び出す。ゲストハウスの外に戻るとちょうどYandexが到着したところだった。
この男性はフランス人。何回かに分けて世界を回っているらしい。自力でアラル海に行く方法調べていなかったから便乗させてもらえて助かった。公共交通機関でアラル海に行く方法は以下の通り。
公共交通機関でのアラル海(モイナク Mo‘ynoq)への行き方
1: ヌクスのバス停Avtovokzal Saranshaから1日3本モイナク行きのバスがある。25,000コム(280円)
私たちは朝9時発のバスに乗り3時間半でモイナクに到着。
2: タクシーで船の墓場まで。車一台40,000コム(446円)
帰りは15時にヌクス行きのバスがあるのでそのバスで戻って来れる。



荒野を走り抜けたバスがモイナクの町に到着すると、気が付かなかったけど同じバスに2人観光客が乗っていて、私達と合計4人でタクシーをシェアする事ができた。船の墓場まではわずか10分ほど。
船の墓場に到着し、見晴台からかつて海であった荒野を眺める。本当にここは海であったのだろうか?強風が吹き荒れて、巻き上げられる砂に目が開けていられず、思わず背を向ける。


ポツンと取り残された船の残骸達。それを見てもやはり過去にこの場所が海であったとは信じ難い。





階段を降りて荒野に降り立つと風に舞う砂の間から貝殻が顔を覗かせている。やはりここは海だったのか?


船の上に登って遠く地平線を眺めるが、どんなに目を凝らしても水はない。ただただ枯れ果てた荒野を風が吹き抜けていくだけだ。



併設されている博物館を見学する。海であった頃の写真を信じられない思いで見つめる。ここは確かに海だった。九州と四国を足したぐらい、琵琶湖の約100倍もあった、何万年も前から生命を育んで来たアラル海。漁業が盛んで、缶詰工場まであったという。




ここモナイクの住民は皆漁業に従事していたが、無理なソ連の綿花栽培により、アラル海はわずか40年でほぼ消滅するに至り、モナイクの人々に残されたのは、失業、塩害、科学物質を含んだ砂嵐と高い健康被害と乳児死亡率。
「社会主義の勝利のためにはアラル海はむしろ美しく死ぬべきである」
じわじわと怒りとも哀しみともつかない感情が湧き上がってきて胸が締めつけられる。地球にとって最も有害な寄生虫は人類であると思わせられて心が痛い。
帰りも同じバスに乗ってヌクスへ戻る。行きは会話が弾んだが、帰りはなんだかどっと疲れてしまってふたりとも無言のまま、荒野を眺めバスに揺られ帰った。
アラル海の真ん中に作られ、放置されたままの科学生物実験施設、強風に舞い上げられ、拡大し続ける砂漠。近隣の町の高い失業率と病気罹患率。問題は山積みだが、アラル海にダムを作り漁業を復活させようという動きや、有害な砂の移動を抑え、砂漠の拡大を食い止めようという動きは始まっている。希望と絶望が交差するこの場所に、近い将来希望の海が戻ってくることを希求してやまない。
27/Sep/24
